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第53話 行方不明の影
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(視点:レージ)
深夜の執務室。
手元にある手紙を折りたたむ音が、静寂の中でカサリと鋭く響いた。
上質な紙の冷たさが、指先から伝わってくる。
王都の裏社会に潜らせている「耳」からの報告だ。
『教会が保護していた元聖女ミレイユが、搬送中に姿を消した』
(……やはり、逃げたか)
私は眉間を揉みほぐした。
ミレイユ様は精神を病み、教会の修道院へ幽閉される手はずだった。
だが、その護送馬車が襲われ、彼女の姿だけが煙のように消えたという。
襲撃者の正体は不明だが、手際が良すぎる。
おそらく、彼女の「聖印(偽造品)」の製造に関わっていた残党か、あるいは白銀晶の利権を諦めきれない密輸組織の生き残りか。
いずれにせよ、彼らの目的地は一つしかない。
白銀晶の産地であり、リディア様のいるここ、白夜領だ。
「……排除しなければ」
思考が自然と、かつての冷徹な回路へと切り替わる。
リディア様の耳に入れる必要はない。
彼女は今、白灯祭の準備で村人たちと心を通わせ、ようやく平穏な日々を手に入れたところだ。
この情報を伝えれば、彼女はまた怯え、笑顔を曇らせるだろう。
私が裏で処理すればいい。
刺客が領地に入る前に、雪の中で始末してしまえば……。
そこで、ふと手が止まった。
胸ポケットに入れた「契約書」の感触。
『私が迷った時、判断がつかない時だけ、私に助言を求めると約束してください』
そしてリディア様は言った。
『私の執事はあなただけよ』と。
私が隠し事をすれば、それは「守り」ではなく「欺瞞(ぎまん)」になる。
彼女はもう、守られるだけの人形ではない。
情報を共有し、共に備えることこそが、今の私が果たすべき忠義ではないのか。
「……迷うな」
私は自嘲気味に呟き、立ち上がった。
怖い。
真実を告げることで、彼女の安息を壊すのが怖い。
だが、隠した真実が後になって露見した時、彼女がどれほど傷つくかも、私は知っている。
私は手紙を持って、リディア様の寝室へと向かった。
廊下の窓ガラスが、ガタガタと風に震えている。
外は猛吹雪だ。
この風音の中に、招かれざる客の足音が混じり始めているような気がして、私は無意識に腰のナイフに触れていた。
「……リディア様、夜分に失礼いたします」
扉をノックする。
中から「どうぞ」という声がした。
入室すると、リディア様はまだ起きていて、祭りの飾り付けのリストをチェックしていた。
その横顔が、ランプの灯りで柔らかく輝いている。
「どうしたの、レージ? そんなに怖い顔をして」
彼女は敏感だ。
私の微細な緊張を一瞬で読み取った。
「……ご報告があります。王都からの知らせです」
私は手紙を差し出した。
紙を受け取る彼女の指先が、わずかに震えたのがわかった。
それでも、彼女は目を逸らさずに文面を追う。
そして、深く息を吐き出した。
「……来るのね、ここへ」
「可能性は極めて高いかと。ミレイユ様、もしくは彼女を利用しようとする輩(やから)が、最後のあがきに白銀晶を狙うでしょう」
「わかったわ」
リディア様は顔を上げた。
そこに怯えの色はなく、あるのは覚悟を決めた領主の瞳だった。
「祭りは中止しない。……でも、警戒レベルは最大に上げて。村の自警団とも連携して、私が指揮を執るわ」
「……御意」
私は深く頭を下げた。
隠さなくてよかった。
彼女は、私が思うよりもずっと強く、嵐の前でも折れない葦(あし)のようにしなやかだった。
深夜の執務室。
手元にある手紙を折りたたむ音が、静寂の中でカサリと鋭く響いた。
上質な紙の冷たさが、指先から伝わってくる。
王都の裏社会に潜らせている「耳」からの報告だ。
『教会が保護していた元聖女ミレイユが、搬送中に姿を消した』
(……やはり、逃げたか)
私は眉間を揉みほぐした。
ミレイユ様は精神を病み、教会の修道院へ幽閉される手はずだった。
だが、その護送馬車が襲われ、彼女の姿だけが煙のように消えたという。
襲撃者の正体は不明だが、手際が良すぎる。
おそらく、彼女の「聖印(偽造品)」の製造に関わっていた残党か、あるいは白銀晶の利権を諦めきれない密輸組織の生き残りか。
いずれにせよ、彼らの目的地は一つしかない。
白銀晶の産地であり、リディア様のいるここ、白夜領だ。
「……排除しなければ」
思考が自然と、かつての冷徹な回路へと切り替わる。
リディア様の耳に入れる必要はない。
彼女は今、白灯祭の準備で村人たちと心を通わせ、ようやく平穏な日々を手に入れたところだ。
この情報を伝えれば、彼女はまた怯え、笑顔を曇らせるだろう。
私が裏で処理すればいい。
刺客が領地に入る前に、雪の中で始末してしまえば……。
そこで、ふと手が止まった。
胸ポケットに入れた「契約書」の感触。
『私が迷った時、判断がつかない時だけ、私に助言を求めると約束してください』
そしてリディア様は言った。
『私の執事はあなただけよ』と。
私が隠し事をすれば、それは「守り」ではなく「欺瞞(ぎまん)」になる。
彼女はもう、守られるだけの人形ではない。
情報を共有し、共に備えることこそが、今の私が果たすべき忠義ではないのか。
「……迷うな」
私は自嘲気味に呟き、立ち上がった。
怖い。
真実を告げることで、彼女の安息を壊すのが怖い。
だが、隠した真実が後になって露見した時、彼女がどれほど傷つくかも、私は知っている。
私は手紙を持って、リディア様の寝室へと向かった。
廊下の窓ガラスが、ガタガタと風に震えている。
外は猛吹雪だ。
この風音の中に、招かれざる客の足音が混じり始めているような気がして、私は無意識に腰のナイフに触れていた。
「……リディア様、夜分に失礼いたします」
扉をノックする。
中から「どうぞ」という声がした。
入室すると、リディア様はまだ起きていて、祭りの飾り付けのリストをチェックしていた。
その横顔が、ランプの灯りで柔らかく輝いている。
「どうしたの、レージ? そんなに怖い顔をして」
彼女は敏感だ。
私の微細な緊張を一瞬で読み取った。
「……ご報告があります。王都からの知らせです」
私は手紙を差し出した。
紙を受け取る彼女の指先が、わずかに震えたのがわかった。
それでも、彼女は目を逸らさずに文面を追う。
そして、深く息を吐き出した。
「……来るのね、ここへ」
「可能性は極めて高いかと。ミレイユ様、もしくは彼女を利用しようとする輩(やから)が、最後のあがきに白銀晶を狙うでしょう」
「わかったわ」
リディア様は顔を上げた。
そこに怯えの色はなく、あるのは覚悟を決めた領主の瞳だった。
「祭りは中止しない。……でも、警戒レベルは最大に上げて。村の自警団とも連携して、私が指揮を執るわ」
「……御意」
私は深く頭を下げた。
隠さなくてよかった。
彼女は、私が思うよりもずっと強く、嵐の前でも折れない葦(あし)のようにしなやかだった。
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