統制学園の切札(エース)と鬼札(ジョーカー)

娑婆聖堂

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面会

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 統制学園の規則は、厳しいことには間違いない。だがもちろん休日はある。犯罪をするわけでもなければ、休日は基本的に自由だった。
 
 ただ、外に出る際に制服を着用する者は多い。純粋に機能性が高いこともあるし、職業柄トラブルに巻き込まれる危険性は、街中では特に多いため、用心することも理由の一つだ。
 それに、制職者の制服は畏怖と尊敬を呼ぶ。着ていればサービスの質が変わるのもよくあることだ。わざわざ私服に着替える理由が無ければ、大体は制服で外出する者が多かった。

 余にもそれは当てはまる。単に着替えるような私服の持ち合わせがないこともあったが。
 誤算は余の制服の色が、通常の白と薄い青ではなく真逆の赤黒であったこと。いかにも悪目立ちしていた。通行人はぎょっとした目で見つめてくるが、制職者でもかなり上位でなければ色の変更は出来ないと知っている。慌てて目を逸らすのが常だった。

 一欠は気を使って、余を尾行していた。それは果たして配慮と言えるのだろうかと自問してみるが、監視者である彼女が余を放っておくのは不可能だ。時々見失うレベルで気配を消してくるのをありがたく思っておく。

 街は賑やかだった。内戦中でも都心部の活動が止まるわけではない。人通りも同じくらいあっただろう。
だが道を行く人々の雰囲気が違う。戦時には、どこかで爆発が起こるのではないか、騒ぐとゲリラの標的になるのではないかと、無意識の不安が意識の幾分かを奪っていた。

 今やそんな心配をするのは、極度の偏執狂以外にはいない。
 爆破によって口を開けたビルの一室は、かさぶたのようにビニールシートが貼ってあった。傷は癒える。街も人も。
 癒えて、いつか消えてしまうのだ。

 面会場所は、ビジネス街にあるやたら高いビルの真ん中あたりだった。監視しやすく逃げにくい立地を選んだのだろう。余にとってはどうでもいい。
 休日の昼前。人影は少ないし、いたとしても残業に身を粉にしている最中だった。

 エレベーターに独り入る。ボタンを押すと前の景色が狭まり、足の負荷が緩やかに上がる。一欠はいないが、どこから監視しているのか。
 隣のビルにはいない。第一、緊急時に駆けつけられなければ見張っている意味がない。階段を上っている、というのも非効率的だろう。隣のエレベーターが挙がっている気配はない。
 ふと、加速の勢いが少々緩やか過ぎなかったか、と思いつく。靴底で軽く床を叩く。反響を制服に内蔵した大規模回路にぶち込んで分析する。小さな人間がぶら下がっているCGが、網膜の上に返ってきた。

「下かよ。ほんと仕事熱心だな」

 スパイ映画よろしく床下に張り付いていた。これを誰にも気づかれない短時間でどうにかやってのけるのだから凄まじい。何か技能を無駄にしている感じもするが。
 さっきとは逆方向の力が腹の中を押し上げる。床下からはどんな力みも伝わってこない。物理的に消去しようのない存在情報がなければ、永遠に気付かれることはないだろう。

 エレベーターを出て、目的の部屋に歩を進めようとしたが、不要になったことを扉が開ききってから知った。

 青嵐はエレベーターホールに立って待っていた。

 少し痩せたか、と胸部の布の張りを見て思う。だいぶ失礼だ。女子らしくそのあたりへの視線には敏感なのか、青嵐は顔を赤らめて腕を組む。
 きりりとした眉や彫りの深い顔立ちからは想像もつかないほど乙女だ。昔と同じで。数か月程度では、体型くらいしか変わっていなかった。


「あいかわらず、デリカシーというものを知らないな。男子三日合わざればなんとやら、と故事にはあるが、あれは例外という事なのだろうな」

「あったりまえだろ。三日ごとに見違えてたら週休三日とれないだろ。ありゃあブラック企業のプロパガンダさ」

「口が減らない。本当に、変わりないようだな」

 どこか安心した響きだった。余が唐突に変身してやしないかと心配していたらしい。

「カフカとか夢野久作の小説ばっかり読んでたのか?精神を病むぞ。立ち話もなんだろ、ジュースくらいおごるから座ろうや」

 近くにあった自販機からミルクティーと炭酸飲料を取り出して、炭酸飲料を青嵐に放った。受け止めた手は少しぎこしなく、しぶきが中天の日の光を分離しつつ散っていく。

「サイダーでよかったろ?」

「ああ、お前は相変わらず刺激物が苦手なんだな」

 青嵐が色の薄い唇を歪めて、ふふ、と笑う。

「味覚過敏だった時にさんざん苦労したからな。今でも完全に治ったわけじゃないし。あ、前から言おうと思ってたんだけどな、レジスタンスの改造はやっぱヤブだったろ。神経の伝達を速くし過ぎなんだよ。都市圏外の走り屋じゃないんだから、バランスを考えろ」

「ああ、言いそびれていたが、うちの医者は加減が苦手でしゅづうに失敗したので逃げてきたんだ」

「そんなとこだろうと思ってたよ。ひでえ組織だった。まったく」

 時間単位で貸し出しているだろう談話室のような部屋に入って、どかりと座り込む。青嵐はしばし迷ったが、やがて腰かけると膝に手を置いた。

「……恨んでいるか?」

「芸のないこと言うよな。お前って昔からこう、芝居がかってるというか、使い古した言い草ばっかりだ」

 凛とした少女が、今度は耳まで真っ赤になった。

「な、なんだそれは!私が映画とか古いドラマからの知識でキャラを作っているとでもいうのか!」

「まあ高校生くらいで仰々しい喋り方身に着けようとしたらそうなるのもしたかないけどさ、もうちょっとオリジナリティを入れて」

「う、うるさい!第一お前だって女っぽい面をごまかすためにそんなべらんめえな口を!」

「いいんですうー。俺はレッドキャスター持ってるからいいんですうー」

「なんだその理屈は!と、というか理屈か!?理屈になってないだろ!」

 誰もいないからいいものの、廊下から両隣3件に届く醜い言い争いが木霊する。青嵐は机に手をついて立ち上がっていたが、突然弛緩したように自分の腕の中に頭をうずめた。一本にくくった紺色の髪が、ガラスの天板から垂れて落ちる。

「……単のことは、言い訳のしようもない。済まなかった」

「言い訳もなにも、あいつは講和なんて薬にもしないだろ。やるんなら閉じ込めて正解だよ」

「それでも、説得するべきだったんだ。妹みたいに思って、そう思っていたはずなのに……。怖くなっていたんだ。いつしか忠告どころか意見もできなくなっていた」

 背中が震えていた。青嵐の上背は高い。一年前までは余より高かった。それがちょっと気に入らなかったが、もう余の方が高い。これからも差は広がるだろう。
 慰めはしなかった。彼女は余より上位にいたからだ。手助けはしても取り入るべきではない。それにレジスタンスは無くなって、お互い次いつ会えるかも分からない身分なのだから。

「上手くやってるみたいだな。商社だっけ?何売ってるんだ?」

 落ち着いた頃合いを見計らって、素知らぬそぶりで世間話をする。

「ああ、生体機械が主だな。政府と競い合って成長した分野だ。得意先は、レジスタンスの時に会った連中は大体胃がっていたし。お前は、学園ではどうなってるんだ?まさかいじめられるなんてことはないだろうが」

 肩をすくめる。

「監視官様に絞られる毎日さ。あとは大体無視されてるから、いじめられてるっていえばそうかも」

「し、絞られる!?」

 青嵐の顔がまた赤くなる。実に顔色が変わりやすい女だった。肌が白いから少し血が上っただけでゆでだこのようだ。

「おいおい、変な勘違いしてるんじゃないよな。物理的にだよ。制服の設定いじくられて雑巾みたいに」

「せ、制服で緊縛!?お前、政府上層部では変態性癖の腐敗官僚共がとんでもない狂態をさらけ出していると噂だったが、あ、余、お前までも」

「なめてんのかこのアホ!どんな便所の落書きからそんなスカム情報仕入れてくるんだ」

 だん、と床を踏みつける。衝撃は構造材を貫いて階下にまで届き、反射した情報は制服内の電子機器の論理回路で整頓。下界の有様を三次元で描写する。



 誰かが下で、長大な砲身を掲げていた。


「跳べ陸奥!」

 答える暇も与えない。小脇に女性にしては大柄な体を抱え、薄い壁を肘で砕きながら廊下を越える。

 隣の部屋に倒れ込んだ瞬間、鉄をも煮溶かすジェット流が柱のように立ち昇った。
 

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