統制学園の切札(エース)と鬼札(ジョーカー)

娑婆聖堂

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残党

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 バラバラとガラス片がフードの上に振ってくる。立ち上がると水のように零れてあの甲高い破砕音を響かせた。耳鳴りはするが、鼓膜は破れていない。視覚も正常。怪我、どこにもなし。
 己の状況を完全に理解すると、余は廊下に出て非常階段の横、出っ張って影になる位置に身を潜める。仮にも改造人間を、対戦車ロケットの一発で仕留められるとは考えていないだろう。二の矢が必ず来る。

 階下より足音が駆け上る。数は小隊規模。屋内で振り回すには上限に近い数だ。フードを引き下ろし、制服に命令を入力する。
 赤と黒が薄れたかと思うと、すぐに灰色に染まり、やがてガラスのように透けていく。光学迷彩は標準装備である。生徒が肌身離さないのも頷ける高機能性だった。

 ドアが蹴り開けられ、5cm圧の鉄板が平行に飛翔して4m先に落ちた。筋力をかなり強化されている。
 強化外骨格に鎧われた兵士たちが雪崩を打って突入。大型ライフルで床に穴の開いた部屋を照準し、誰もいないと分かるやその周りを走査。青嵐が横たわっているのを見つける。

「ハートのキング、発見した」

「そんなのはどうでもいい!ジョーカーはどこだ!」

「今君の後ろ」

 ぼん、と気流の乱れがカメラに写りそうな速度で振り向く。だがライフルの上半分がついていけていない。
 切り取られて、肩のあたりでぽつねんと銃の破片が浮いている間に、黒い刃は密集した陣形の中を縦横無尽に泳いでいた。

 外骨格の関節が、プラスティックのように分断される。ライフルは薬室ごと叩き斬られ、もはや弾を吐き出す道具として機能しない。秒の間もおかずに、小隊の全員が武装解除されていた。
 隊長格の男は目を見開く。外骨格はパワーに優れる反面、機械式ゆえの反応の遅さがある。とはいえなんの反応さえさせずに30人近くを無力化とは。しかも、それに用いた武器は、一つしかないのだ。

 余が背中から抜き出したのは、諸刃のつるぎであった。
 黒く燻された刀身は、手首より細い。緩く流線型に湾曲しながら、先端で合流する二つの刃。銀箔のように薄い、その刃膜は、軟体動物のようにうごめいていた。

剣遊魚ソードふぃっしゅ……!」

「正確にはその魔改造版だな。大英連合のオリジナルは、刃を微振動させることで空気抵抗を減殺するが、こいつは出力を強化して推進力にしてる」

 うんちくを語りながら、80cmほどの薄い剣を背中の鞘に納める。右手の黒い革手袋を人差し指から一本ずつ離していくと、黒い柄から手袋の金属片が外れていき、動力の供給を停止。剣魚は泳ぐのを止める。
 右手の黒手袋は滑り止め兼、物理鍵であった。

「久しぶりだな。ジャックワン。タクシー代でなかったからってこんなに恨むことはないだろ。なんなら今給料はいいし、ちょっとはおごるよ」

「ジョーカー……!腕にますます磨きがかかってるな……。政府の犬小屋は居心地いいか!?」

「まずまずだね。レジスタンスの時の掘っ立て小屋と比べるのは政府に失礼かもしれないけど」

 かつての戦友の容貌は無惨にやつれていた。頬はこけ、くまの紫色は濃く、眼は破裂しそうに赤く、鋭い。泣く子も一瞬黙って、すぐにより大きく泣き出しそうな面構えだった。
 余の軽い会話に、欠けて飛びそうなほど歯を食いしばる。新生活はあまりうまくいっていないようだった。

「落ち着けよジャックワン。俺たちの目的が何もかも達成されたわけじゃないが、それは政府も一緒だろ?むしろあっちの方が譲歩してるくらいだ。メンバーだってほとんどは、監視はつくが自由だし。不満があるなら合法的なやり方だって増えたんだ、そっちを使えば」

「そうじゃねえんだ、ジョーカー。そんなことじゃ充実しないんだよ」

「んん?」

 説得をしてみるが、どうにも噛み合わない。そんな変なことを言ってるだろうかと考えてみるが、やはり相手の方が変だ。ジャックワンは引きつった笑みを浮かべて泣きそうな声をしていた。

「情緒不安定か?」

「ずっと自分の点数をつけられて、嫌になっていたんだよ。将来が見えたのさ。ずっと下層で、何も出来ないまま、何にもなれないまま死ぬ未来が。戦いは違った。次の瞬間何が起きるかなんて誰にもわかりゃしない。ジョーカー。あんたは本当に予測不能だったよ。俺たちを未知の世界へ運んでくれると思ったよ」

「もう点数もそこまで大事でなくなったろ?願いがかなったんだ。十分じゃないか」

「違う!もっと分からなくしてほしかったんだ。明日など何も分からないほどに。この世を根底から覆して欲しかった……。それができるだろ!?その左腕なら!」

 失われた腕に生える、肌になじんだ異物を見やる。初めは重心をとるのにも苦労した、重々しい鉄のかいな

「終わったんだよジャックワン。思えばお互い名前も知らないな。その程度のものだったんだ。戦争なんて。それでも戦い続けるんならそれは戦士の生き方だ。武士道って知ってるか?戦いを生きざまにするんなら、死ぬしかやりようはないんだ」

 名も知らぬ男。その歪んだ笑みが、落ち着いた微笑に変わった。

「それでも良かった。あのレッドキャスターの炎。あれと一緒に消えるなら本望さ」

「そうか。残念だったな。俺は嫌だ」

 交渉は決裂、いや開始することさえなく終わった。お互いに、求めるものが違い過ぎた。

え!!」

 ジャックワンの号令に応え、斜め上から壁面を潜ってきた重機関銃弾が殺到する。準備がいい。余が入学や勉強で忙しかった間、粛々と再戦を期して武威を蓄えてきたのだろう。
 仲間の小隊ごと薙ぎ払う軌道だ。犠牲など省みる連中なら、とっくに降伏している。使い捨てるのも捨てられるのも勘定に入れているのだろう。

 馬鹿げていると、余はそう思うしかない。どうしても譲れないものがあるのだろう。彼には理解できなかった。

 剣魚ソードフィッシュが舞う。たった一本の細い剣だが、余が最も長い間振るい続けてきた業物だ。
 剣身が震え、一定方向に空気塊を移送することで反作用を得る。筋の一本まで強化された肉体の収縮に、噴流のベクトルが完璧に噛み合い、先端はあっさりと自分の音を切り裂いた。

 さらに刃線のいたるところから派生する衝撃波を、振動を制御することで先端へと集中させる。疑似的な嵐の切先は、荒れ狂いながら弾雨を吹き散らした。


「馬鹿か!こんなんで死ぬ奴が統制政府と喧嘩できるわけないだろ!」

 悪ふざけを叱るように声を荒げる。かつての一線部隊とて、もう組織は骨格を喪失した残骸なのだ。勝ち負けではない。戦いにもならない。それが現代戦の無常なる定理であった。

「まだだ!まだ部隊はあるぞ!兵士は、戦える奴はいくらでも」

「もう無理だよジャックワン。制職者クレリックが来たんだ」

 統制学園の制服には数知れぬ機能が備わっている。音波探査具や光学迷彩。対人用のアクティブレーダーまで。

 上の階に隠れ潜んでいる百人近い兵士たち。その前でエレベーターのドアが開くのが観える。
 自動ではない。力でこじ開けられていた。色までは認識できないが、白だという事は分かり切っている。

 九十九一欠が、レジスタンスの残党を狩りに来たのだ。



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