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A(エース)
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エレベーターの扉から、抜けるような空が覗く。雲のように、その少女は立っていた。測投げで、現実感が無く、しかしどうあっても動きそうにない存在感。
銃火が五月雨の如く窓を穿ち抜いた。強化ガラスが粉砕され、みぞれのように道路へと降り注ぐ。休日であったことが幸いだろう。下に誰かがいれば大騒ぎだ。
九十九一欠は、やはり立っていた。動かない。倒れもしない。残党部隊は訝しむ。効かないのは理解できる。しかし動かないとはどういうことだ?
答えは白い像が徐々にぶれ、拡散して消えたことで明らかになる。粒子を宙に浮かべ、映像を投影する散布式の光学欺瞞子。手品だ。もう動いている。
閃いた、と感じた時には撃たれていた。軽量の弾丸だが、関節の裏や装甲の継ぎ目など、弱い部分を的確に破壊してくる。
だが即死には至っていない。外周にいた兵士が傷が痛むのにも構わず、密集して横隊を作る。
その後ろで悲鳴。ぶ厚い装甲をしきつめた壁にはかすってさえいない。
「スマートバレッドだ!上も囲え!」
自律して飛行し、遮蔽に隠れた人員を効率的に処断する、いわば超小型のドローン。扱いには膨大な処理資源を要するが、銀白の瞳に苦悩の色は見えない。演算能力が2世代は離れているとしか思えなかった。
それでも、極まった剛は時に先進性を上回る。盾を担ぎ、群れごと密閉してしまえば通る隙は消える。
そこから銃撃などという、弱点を晒すような真似はしない。ただ突っ込む。体当たりによる轢殺。瞬時にこの最適解を選ぶ実行力が、彼らのただ事ではない錬磨を教えてくれる。
一欠の備えが変わった。鳥のように銃を振るう広範囲殲滅の構えから、ネコ科の狩猟じみた突撃の体勢へ。鉄壁と見まがう肉弾の群体に切り込む。
服が、一切が純白の制服が形を変える。表面に鱗のように積み重なっている分子機械。光学迷彩や刺突、銃撃への防御が主任務のナノタイルは、一挙に流れ込んだ命令に従って構造を成した。
本来の用途を馬鹿げた計算力によって歪めたそれは、流線型の鋸刃。電気刺激によって高速振動するブレードだった。
盾の壁が下手な積み木のように崩れる。下だけを切り取られた金属板は、突進する元レジスタンス兵士らの脚を払った。密集陣形の欠点は、一度乱れてしまえばその後の制御が著しく困難になること。もはや一欠の独壇場だった。
一直線に走り、途中で触れる者ことごとくを切り捨てる。弾倉を落とし、手首を九十度下方に屈曲。マニピュレーターが自動で装填を完了させ、雄蜂たちがその針を突き立てに飛び立っていった。
部隊での行動は不可能と察した精鋭たちが、方陣から離れる。相手が自分たちの内部を喰い破っている。ならそれは、視点を斜めにすれば閉じ込めたとも言える。密室に入れたなら、一番効果があるのは爆発物だ。
ライフル下のグレネードランチャーから、自分が抜けた穴に爆薬を放り込む。
派手な爆発は見えなかった。工事現場の発破のように、ばん、とくぐもった音に、煙混じりの閃光。
兵士の柵が膨れ上がり、結束が切れて倒れ込んだ。
まず常識的な敵ならば、あの軽装で衝撃波を受けてムース状になっているだろう。だがいくらか残った熟練兵たちは、まるで警戒を解かない。知っている。上位の制職者がこの程度でまいるわけがない。
バイザーの設定を変え、折り重なった死屍累々の内部を観る。ごつごつとした岩のような外骨格の累積の中に、粘土にも似て床に張り付く何か。
もう一度グレネード。爆発はよほど強力でなければ人を殺さない。破片を防ぐ強化外骨格があればなおさら。なので味方を気にせず撃つ。ボーリングのピンのように、黒光りする巨体が吹っ飛んだ。
それらが落ちきる前に、白い隆起が立ち上がる。床を掘削して、爆風を制服表面を変形させてやり過ごした一欠だった。
四方からの十字砲火。集中した火力は人間どころか装甲車でも耕せる。
一欠のが回った。砲火の流れが水車に運ばれるように曲がり、射撃した兵士たちの方を打つ。制服の硬化によって弾丸の軌道を操ったのだ。不可能ではないが、この量、この密度。本来なら夢物語だ。反撃。拳銃だけで重装歩兵が薙ぎ倒されていく。
取れるべき手段は、二つに一つのところまで絞られていた。降伏か、相打ちか。
考えるまでもない。兵士は走った。
銃弾を操り、身体を剣に変えてどこにでも潜り込むのなら。
操る暇のない距離まで近づけばいい。細かい斬撃など無視すればいい。
廃材の装甲を削っただけのだんびらをかざして躍りかかる。最高速度ならそう変わらない。避けらても次の動きは制限される。
そうなれば次々襲いかかる仲間が、身体のどこなりとも引っ付かんで自爆するだけだ。
一欠は、避けることもせず、かといって退きもしなかった。敵と同じく、ひたすら前へ。踊るように、平手を打つように腕を閃かせた。
関節を狙ったところで、運動量を殺しきれない位置にきている。力任せの袈裟懸けは、床ごと制職者を切断しようと振り下ろされた。
豪刀は、何一つ切断することなく空振った。根本から折れている。
銃撃は無かった。そも、一弾で破砕するようなやわなものではない。
「?、???」
だがそれを疑問に思うことさえ許されはしない。最も分厚い頭部の装甲を横から貫徹され、衝撃波による脳震盪によって、兵士の意識は刀と同時に砕けていた。
さらに押し寄せる新手も、一欠が踊ると見えない拳に叩かれたように倒れ伏せる。
スマートバレッドは、個人携行の火器では普及していない。理由は単純。威力がない。
軽い銃弾が幾度も軌道を変更すれば、速度は急激に落ちる。推進薬を入れて速度を稼ごうとすれば、今度は重さが無くなる。
そんな矛盾を解消するため機材を積むくらいなら、照準器具を充実させた方がよほどいい。本来なら。
ではどうやって矛盾を超えるか。
内部での加速が厄介ならば、外部から加速してやればいい。
弾丸に自分を狙わせ、制服の硬化機能を用いて受け流す。
その際に全身の運用によって初速を超える域にまで加速させ、速度二乗のエネルギーを投擲したのだ。
人体のあらゆる機能が限界まで強化されていなければ、議論にさえもならない絶技。対応も、予想さえできない。
監視から本格的戦闘まで同一装備でこなせる、都市防衛のための汎用戦闘術であった。
「剣鱗弾衣……。所定の性能は満たせていますね。全員拘束。死者無し」
任務の報告を一息に終えると、監視対象の状態を確かめるため、一欠は階段を下って行った。
銃火が五月雨の如く窓を穿ち抜いた。強化ガラスが粉砕され、みぞれのように道路へと降り注ぐ。休日であったことが幸いだろう。下に誰かがいれば大騒ぎだ。
九十九一欠は、やはり立っていた。動かない。倒れもしない。残党部隊は訝しむ。効かないのは理解できる。しかし動かないとはどういうことだ?
答えは白い像が徐々にぶれ、拡散して消えたことで明らかになる。粒子を宙に浮かべ、映像を投影する散布式の光学欺瞞子。手品だ。もう動いている。
閃いた、と感じた時には撃たれていた。軽量の弾丸だが、関節の裏や装甲の継ぎ目など、弱い部分を的確に破壊してくる。
だが即死には至っていない。外周にいた兵士が傷が痛むのにも構わず、密集して横隊を作る。
その後ろで悲鳴。ぶ厚い装甲をしきつめた壁にはかすってさえいない。
「スマートバレッドだ!上も囲え!」
自律して飛行し、遮蔽に隠れた人員を効率的に処断する、いわば超小型のドローン。扱いには膨大な処理資源を要するが、銀白の瞳に苦悩の色は見えない。演算能力が2世代は離れているとしか思えなかった。
それでも、極まった剛は時に先進性を上回る。盾を担ぎ、群れごと密閉してしまえば通る隙は消える。
そこから銃撃などという、弱点を晒すような真似はしない。ただ突っ込む。体当たりによる轢殺。瞬時にこの最適解を選ぶ実行力が、彼らのただ事ではない錬磨を教えてくれる。
一欠の備えが変わった。鳥のように銃を振るう広範囲殲滅の構えから、ネコ科の狩猟じみた突撃の体勢へ。鉄壁と見まがう肉弾の群体に切り込む。
服が、一切が純白の制服が形を変える。表面に鱗のように積み重なっている分子機械。光学迷彩や刺突、銃撃への防御が主任務のナノタイルは、一挙に流れ込んだ命令に従って構造を成した。
本来の用途を馬鹿げた計算力によって歪めたそれは、流線型の鋸刃。電気刺激によって高速振動するブレードだった。
盾の壁が下手な積み木のように崩れる。下だけを切り取られた金属板は、突進する元レジスタンス兵士らの脚を払った。密集陣形の欠点は、一度乱れてしまえばその後の制御が著しく困難になること。もはや一欠の独壇場だった。
一直線に走り、途中で触れる者ことごとくを切り捨てる。弾倉を落とし、手首を九十度下方に屈曲。マニピュレーターが自動で装填を完了させ、雄蜂たちがその針を突き立てに飛び立っていった。
部隊での行動は不可能と察した精鋭たちが、方陣から離れる。相手が自分たちの内部を喰い破っている。ならそれは、視点を斜めにすれば閉じ込めたとも言える。密室に入れたなら、一番効果があるのは爆発物だ。
ライフル下のグレネードランチャーから、自分が抜けた穴に爆薬を放り込む。
派手な爆発は見えなかった。工事現場の発破のように、ばん、とくぐもった音に、煙混じりの閃光。
兵士の柵が膨れ上がり、結束が切れて倒れ込んだ。
まず常識的な敵ならば、あの軽装で衝撃波を受けてムース状になっているだろう。だがいくらか残った熟練兵たちは、まるで警戒を解かない。知っている。上位の制職者がこの程度でまいるわけがない。
バイザーの設定を変え、折り重なった死屍累々の内部を観る。ごつごつとした岩のような外骨格の累積の中に、粘土にも似て床に張り付く何か。
もう一度グレネード。爆発はよほど強力でなければ人を殺さない。破片を防ぐ強化外骨格があればなおさら。なので味方を気にせず撃つ。ボーリングのピンのように、黒光りする巨体が吹っ飛んだ。
それらが落ちきる前に、白い隆起が立ち上がる。床を掘削して、爆風を制服表面を変形させてやり過ごした一欠だった。
四方からの十字砲火。集中した火力は人間どころか装甲車でも耕せる。
一欠のが回った。砲火の流れが水車に運ばれるように曲がり、射撃した兵士たちの方を打つ。制服の硬化によって弾丸の軌道を操ったのだ。不可能ではないが、この量、この密度。本来なら夢物語だ。反撃。拳銃だけで重装歩兵が薙ぎ倒されていく。
取れるべき手段は、二つに一つのところまで絞られていた。降伏か、相打ちか。
考えるまでもない。兵士は走った。
銃弾を操り、身体を剣に変えてどこにでも潜り込むのなら。
操る暇のない距離まで近づけばいい。細かい斬撃など無視すればいい。
廃材の装甲を削っただけのだんびらをかざして躍りかかる。最高速度ならそう変わらない。避けらても次の動きは制限される。
そうなれば次々襲いかかる仲間が、身体のどこなりとも引っ付かんで自爆するだけだ。
一欠は、避けることもせず、かといって退きもしなかった。敵と同じく、ひたすら前へ。踊るように、平手を打つように腕を閃かせた。
関節を狙ったところで、運動量を殺しきれない位置にきている。力任せの袈裟懸けは、床ごと制職者を切断しようと振り下ろされた。
豪刀は、何一つ切断することなく空振った。根本から折れている。
銃撃は無かった。そも、一弾で破砕するようなやわなものではない。
「?、???」
だがそれを疑問に思うことさえ許されはしない。最も分厚い頭部の装甲を横から貫徹され、衝撃波による脳震盪によって、兵士の意識は刀と同時に砕けていた。
さらに押し寄せる新手も、一欠が踊ると見えない拳に叩かれたように倒れ伏せる。
スマートバレッドは、個人携行の火器では普及していない。理由は単純。威力がない。
軽い銃弾が幾度も軌道を変更すれば、速度は急激に落ちる。推進薬を入れて速度を稼ごうとすれば、今度は重さが無くなる。
そんな矛盾を解消するため機材を積むくらいなら、照準器具を充実させた方がよほどいい。本来なら。
ではどうやって矛盾を超えるか。
内部での加速が厄介ならば、外部から加速してやればいい。
弾丸に自分を狙わせ、制服の硬化機能を用いて受け流す。
その際に全身の運用によって初速を超える域にまで加速させ、速度二乗のエネルギーを投擲したのだ。
人体のあらゆる機能が限界まで強化されていなければ、議論にさえもならない絶技。対応も、予想さえできない。
監視から本格的戦闘まで同一装備でこなせる、都市防衛のための汎用戦闘術であった。
「剣鱗弾衣……。所定の性能は満たせていますね。全員拘束。死者無し」
任務の報告を一息に終えると、監視対象の状態を確かめるため、一欠は階段を下って行った。
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