だが剣が喋るはずがない

娑婆聖堂

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動地剣惑星 (どうちけんまどいぼし)

弓馬の道に情けはない

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 芦屋家の周りは人が隠れる程度の生垣で囲ってあるが、これは侵入者を阻むほどではなく、人の目が入らないようにする程度の機能しかない。
 小山の中腹にへばりつくように建つ地味な和式建築は、古い家を現代の法制に合わせてリフォームを繰り返した為、建材の木の色が若干まだらになってしまっている。
 古いと言っても文化財的価値もない古いだけの家だが、それゆえにか年月の積み重ねから生まれる重厚さがまるで見られず、どこか親しみの持てる古臭さがあった。

 もう大分日が傾き、月が銀の輝きを取り戻し始めた時刻に、生垣の外から家の気配を探る影が一つ。能島風花である。寒風が強まる時間でも活動できるように色気のない茶色のダウンジャケットにクリーム色のマフラーを巻いて、三つ編みにまとめた黒髪を中にしまっている。毛糸の手袋も装備してい完全武装である。
 対芦屋堂馬の突破口を得て、それを確かなものとするために偵察にやっては来たものの、よく考えたらこっそり忍び込むのは犯罪だし、さりとて真正面から偵察に来ましたとお邪魔するのもぶしつけではないかと悩んでいたのだ。
 とりあえず堂馬と鉢合わせるとまずいので、耳をすまして気配を観じる体勢に入る。古い家なので大の男が筋トレをすると家鳴りがするのはリサーチ済みであった。
 気配は無し。お出かけのもようである。

 「何やってんですか」

 「うひぇっ」

 唐突に降ってきた声に変な声が出た。上からくりっとした目で見下ろしてくるおかっぱの小さい頭は堂馬でなければ当然その妹。芦屋稲である。

 「な、ななんでここが」

 「外からおっちょこちょいな気配がしましたので」 

 「うぐ」

 年下の女の子に苦もなくやり込められて凹む。しかしこれは好機である。敵が迂闊にも外出中の今、この子さえ説得出来れば敵状把握は思いのままなのだ。偏差値60台のけっこう高性能な頭脳をフル回転させて策を練る。

 「今録りためてたアニメ見てるんですけど一緒に見ましょうか」 

 「あ、いいですね!みますみます」

 能島風花、ひどくチョロい女子であった。

 



 「いやーやっぱり面白いですね、特々攻公壱号とっとここうたろう

 最近の騒動で見逃し続けたアニメを一気に見られて大満足の風花であった。

 「公壱号に勝って欲しいけど、ミッ<検閲済> のプルートの超音速一撃離脱をどう攻略するか。やっぱり新兵器登場かな?」

 同じアニメが好きとのことで打ち解けた稲は普段の口調に戻っていた。

 「風花ちゃんも敬語なんていいのに。もっとくつろいでいいんだよ?」 

 「いやー私は子供のころからこれで通してきたので。丁寧語のほうが落ち着くんです」

 「ほへー、お嬢様だ」

 稲が感心するが、風花は否定する。

 「そんなこと……。お父さんが古い人なだけですよ。それより稲ちゃんの方が凄いじゃないですか。堂馬さんが自慢してましたよ? うちの妹は北山学院生だって」

 稲がちょっと嫌そうな、子供っぽい兄に呆れながらもどこか喜んでいる部分もある複雑な表情を浮かべる。
 
 「まったくお兄は……。別にそんなんじゃないからね。親があんまり家にいないから、生徒の面倒を良く見てくれる学校にしたってだけだよ」

 稲の話に、風花は眉を顰める。思えば芦屋家に訪れても二人の他に誰かいたのはあのマッドな堂馬の先輩がいた時だけで、両親は姿どころかいた痕跡さえ見せていなかった。
 保守的な家庭で育った風花としては、働き方も幸せの形も人それぞれだろうが、子供のためには親の一人も家にいたほうがいいに決まっている。

 「あの……失礼ですがご両親はお仕事で?」

 「うーんお父さんは商社マンで今はロシアでトナカイでも撃ってると思うけど、お母さんはわかんないんだよねーほんとに」

 「わからない?」

「うん、わかんない。お父さんも教えてくれないし」

 それは異常だろうと風花は思う。父親が納得できる理由はあるようだが、子供に何一つ教えないとは。

 「昔は納得いかなくて、ぐずったりもしたけどね。誕生日にも行けないって言うんだから。お兄が怒って天王山先生のとこに一緒に家出して。それでもいけないって。結局牛寅さんっていう警察の人が来たんだけど」 

 「それは……あんまりじゃないですか。子供のわがままかも知れませんけど、ゆえないものでは無いでしょうに」

 憤然とした様子の風花を見て、稲は苦笑する。

 「まあ、お母さんは不思議ちゃんっていうか、勘の鋭い人で、みんなにそれで頼りにされたりしたんだけど、お兄はそれも気に入らなかったらしくって。御先祖様の使ってた占い道具なんて見向きもせずにそんなのぶん殴ってやるって」

 「はー妹思いなんですね」

 以前の怪異に対する強情ぶりを思い出す。あれは家族に対しての複雑な思いもあったわけだ。

 「そんなんじゃないって。お兄はなんて言うか、弱い人が何にもできないでやられっぱなしなのが気にくわなくて、でもなんにもしないやつも嫌いだから強いのに突っかかる感じで、まああんなのだけど側隠の情なんてのがあるのかも」

 「だいぶずれてますけれどね」 

 二人して顔を見合わせ、少し笑った。

 「そこでなんですが堂馬さんの弱点なんてものを」

 「あ、やっぱりその為に来たんだ」

 能島風花は初志を貫徹する人間であった。

 「といってもねえ、あの体力バカ殺したって死にそうにないし。喧嘩で弱点なんて見せないしなあ」

 「そ、そこをなんとか。女の子だから油断したりは」 

 恐る恐る聞いてみるが本人もないなとは理解している。ちょっと早まったかなと後悔したのは内緒である。

 「飛び道具無しのルールでなかったら天山鳶流ショットガンとか言ってたと思うよ」

 「そんなですか!」
 
 もはや剣術の定義が揺らいできた風花であるが、そも天山鳶流自体が不良山伏の卑怯殺法をこれぞ天山鳶流なりと適当のたまったのが発祥であり、要するに言ったもん勝ちの流派だったりするので特に問題はないのであった。
 だが腕力では劣り、技術は噛み合わず油断も無いとなれば勝ち目は薄い。秘密兵器だけで突破できるほど勝負の世界は甘くないのだ。
 
 「あ、でもお父さんが変な武器みたいなのいっぱい持ってるから、あそこから何か持っていくかも」

 「む、それは重大ですね。でもなんでまたそんなものを集めてるんですか?」

 「うちのお父さん狩猟なんて大時代な趣味でね。狩りの道具を集めてたら武器なんかも入ってきちゃって、見てみる?」

 もちろん乗らない手はない。稲の向かった先は屋敷の奥、廊下の突き当たりにある部屋であった。だいたいが障子でしきってある中で、重厚な木製の扉が黒光りしていた。周りから明らかに浮いている理由は見た目が真新しいこともあるだろう。建て増しして作った部屋らしい。

 入ってみると風花の身長より高い本棚が左右の壁を塞ぎ、中は日本語でも英語でもない背表紙の本が詰まっていた。個人のものとしてはなかなかの書斎だが、武器の類いは影も形もない。
 疑問に思っていると、稲は絨毯の一部を触り、ある部分で手を止めると一気に剥がした。
 中から木製の蓋が現れ、開けると開けてみると一辺1m半くらいの正方形の穴がぽっかり口を開けた。荒縄のはしごが垂れている。

 「じゃあ入ろっか」

 「少し時間いいですか?」

 ゆっくり稲の肩に手を置き、ずいと顔を出す。

 「え?どうかしたの」

 「おかしくないですかこれ!?」

 「何が?」

 稲、全くの平静である。

 「なんといいますか、いや、明らかにおかしい!一般の住宅にこの隠し地下室は。嫌な予感がビンビンですよ!?」

 風花の不安を稲は笑い飛ばした。

 「大丈夫だって!私も昔は嫌な予感で一杯だったけどもう慣れたから」

 「何一つ安心要素の見当たらない台詞!」

 風花は嘆いた。なんたる不安心社会列島か。決闘をするのに10フィート棒が必要そうな探索を超えねばならないとは。
 そうこう考えているうちに稲はあっと言う間に下に降りてしまった。こうなっては女の度胸力が試される機会だ。深呼吸を二回して荒縄に手をかける。

 中は意外にも明るかった。LEDライトが大きめのガレージ程度の部屋の隅々までを照らし、収めている物品の禍々しさを僅かなりとも和らげている。
 珍品の博覧会の様相であった。一般でもまだ市民権を得ている西洋剣や槍などもあったが、それは部屋の主にとっては一分野以上のものでは無く、その目的はまさに万国の武装の収集である。
 小さいものは布製の投石器、大きいものは何と石槍である。しかも細かい黒曜石を埋め込んだ細石器。アトラトルとも呼ばれる投槍器も付いている。
 狩猟が趣味なだけあって、その手の道具が実に豊富だ。弓矢はもちろん、鳥を獲るための小型の投網や様々な吹き矢、変わり種では幾つかの錘を紐で繋いだボーラや、今や巡航ミサイルの方が有名であろうトマホークなど、情熱と根気と財力が備わってようやく作り出せるちょっとした博物館だ。
 
 「おお……。これを個人で集めるとは。お父さんなかなかの好き者ですね」

 「やめろって言いたいんだけど、チャラいっていうかフットワークの軽い人でね、すぐ現地の人と仲良くなって譲ってもらうみたい」

 口では不満そうであったが、家族を語る時の表情はどこまでも優しい。情の深い性格はこの少女の何よりもの美点であろう。
 そう思って微笑もうとした時、謎の声が風花を襲った。

 "小娘!小僧が大変だ!!"

 「ぐわ毒電波!」

 「どうしたの!いつもの発作!?」 

 いつものではないし自分が何かの病で変貌する厨二疾患を患っているのがいつの間に規定事項になったのかなんだか涙が出てきそうであったがそれどころではない。現在進行形で強まる声は体感覚を奪い始めていた。

"大変だ大変だ!戦だぞ!化粧砥ぎおめかしして皆に見てもらわないと。小僧の危機に颯爽と現れる名刀!結ばれるKIZUNA! 毎日が戦国だ!"

 「黙れー!黙れ有害刀剣電波!」

 「こ……これは本格的な。ちょっとてにおえないかもー!」

 転げ回る風花。距離を取る稲。パンツが丸見えであったが誰のサービスにもなっていない。だが風花も武門の娘、精神力を総動員して抗う。

 「負けるか!人様のお脳味噌を我が物顔でのさばって闘わんとする不届き者に!」

 だが声もまた必死だ。

 "いいのかー!ここで俺無しで放っておいたらあの小僧死んじまうぞ!勝負があるんだろ!"

 はっと顔を上げる。決闘を申し込んだ時の不敵な表情。強敵を倒さんとする一念で策を練り、力と技を鍛えた。何よりも意地のために。その上で。

 不戦勝なら勝ちじゃね!?

 勝利を求め続ける者なら誰しもが持つ邪念。だがそれは妖刀の思う壺であった。

 "かかりおった!喰らえ妖刀念波!" 

 「ぐわー!」

 のたうちまわっていた風花が突如跳ね上がり、バック転三回した後に棚に飾ってあった投石器と礫をひっつかみ、革帯に差してあるナイフとナタを腰に巻き、ついでに刃渡り80cmほどのエストックを右腰にぶち込む。
 小さめの籠手を装着して、兜の類いがなかったので鋼線を縫い込んだ布で顔面をミイラのごとくぐるぐる巻きにした。

 「出陣準備良し!突貫する!」 

 「お医者さんに相談した方がいいよ風花ちゃん!」

 "やめて稲ちゃん!悲壮感溢れる顔で私を見ないで下さい!"

 風花の声にならぬ声を残して、体は縄梯子をかけ登り、堂馬の部屋の押し入れの妖刀を左に差して堂馬の自転車に跨ると、ロケット燃焼並の加速で月明かりの中に消えて行った。
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