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ふとっちょピッチャー、ツカム

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 古宮がブルペンに向かった時、そこでは、いつもと違う光景が広がっていた。

(田中くんが……キャッチャー?)

 捕手の後ろに立ってスピードガンを構えているのはホウマで変わりはないのだが、マウンドにいるのは、捕手のツカム。

(なんで、佐藤くんが?)

 ツカムは、スっと大きく足をあげると、重そうな体を躍動させて、しなやかに腕を振った。

 ズバァっと重そうなミットの音が響き渡る。

「よっしゃ、完璧! それや! しっかりと体に覚えさせぇ」

「なるほど、この感じですか。かなり、つかめてきましたよ」

 ツカムの球を見て、古宮は「へぇ」と感嘆の声をあげた。

(135って所かしら? 決してキレの良い球ではなかったけれど、速さだけなら、絶賛に値するレベルだわ。田中くんに出会う前の私だったら、間違いなくツバをつけていたわね)

 古宮は、足早に、田中のすぐそばまで歩くと、

「彼、なかなか速い球を投げるわね」

「せやろ? ノーコンやし、変化球はションベンしか投げられんけど、球だけは速いんや。投手の投げ方知らんのがええように作用して、球筋に、ちょうどええクセがついとるしな。これは、ちょっとした目くらましに使えるで。三分がへんなタイミングでヘバったり、ヤバい捕まり方したとき、セットアッパーで使うつもりや」

「そうね。確かに、回転に妙なズレがあるように見えたわ。一周りくらいなら惑わせそう。荒れ球というのも、いいアクセントだし」

「せやろ?」

「ていうか、ほんと、単純に、なかなかの速さだわ。三分くんよりちょっと遅いくらいじゃない。三分くんって、一年生としては、全国的に見ても、五指には入る本物なのに、その彼と、球速だけとはいえ、ほとんど差がないなんて」

「なんでも、ツカムのやつ、筋トレが趣味らしくてな。聞いたら、背筋、250キロあるんやて」

「なるほど。あなたの全力の球をとれるだけではなく、天才投手クラスの強肩でもあると。捕手としては完璧な原石ね。あなたが選んだ高校に、これほどの捕手が入ってくるなんて……なんというか、神の存在を再確認させられるわ。まるで、田中くんのために、天が用意されたかのような――」

「ほめすぎですよ、古宮さん。トウシ君の球をとれるのは、反射神経と動体視力が生まれつき高いってだけですし、背筋250キロだって、確かに自分でも低いとは思っていませんが、しかし、そのくらいなら、日本中探せば、千単位で見つかりますよ。それに、僕、バッティングがド下手ですしね――」

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