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薄布一枚向こう側は謁見の間だ。
俺とセシリア、それにアレスは、クリフィトン第一皇子の計らいで謁見の間に来ていた。
といっても、表からは見ることのできない、皇族専用の通路前だ。
玉座の左右には、それぞれ通路が二つある。
兄弟仲が悪いのが幸いして、第一皇子は右の通路、第二皇子は左の通路を使用するので顔を合わせることもない。
垂れ幕の向こうでは、スティアンの野郎が若干かみながら皇帝にモーリアの迷宮の攻略話を聞かせていた。
話が終わると、今度は第二皇子の番だ。
「アレスがモーリアの迷宮に挑んでいたこと、あいつも知っていたのか」
「ラインフェルト兄さんには話していないよ。どこかで鍵つけたんだろう。それにあの話の内容だと、行こうとしていただけで、実際に行っていたことは知らなさそうだ」
「あ、アレスのいい人の方のお兄さんがこっち見てるよ」
セシリアの言葉で、俺たちは玉座の右側に立つクリフィトン皇子を見た。
どことなく笑いを堪えているように見えなくもない。
その第一皇子が一歩前に出て、父親である皇帝にお辞儀をして口を開いた。
「父上。アレスタンもモーリアの迷宮攻略に参加をしたそうです」
「アレスタンがか。まったく末の息子のやんちゃぶりにも困ったものだ。まぁ自由にしていいと許可を出したのは、私だがな」
「お許しくださったこと、アレスは感謝しておりますよ。しかしその迷宮で、アレスは同じ冒険者に襲われ、危うく命を落としかけたそうです」
「なに? 冒険者にだと? 冒険者は理由もなしに他者を攻撃してはならぬのではないのか? フォルオーゲスト侯爵の息子、名をスティアンであったか? 余の言ったこと、間違いではなかろう?」
皇帝に突然名前を呼ばれ、スティアンはビクっと肩を震わせていた。
垂れ幕越しに見ているのが残念なぐらいのリアクションだな。
名前を呼ばれたから驚いたってのもあるだろうが、くく。奴自身が皇帝が言った、冒険者規約を犯してんだからなぁ。そりゃあ震えもするだろうさ。
「さ、左様でございます皇帝陛下。ぼ、冒険者はお互いに、傷つけてはならないという決まりごとがございます。そのような輩、正義の名の下、わたくしめが決して許しはしませんっ」
「ではアレスタンを襲った者どもは、冒険者としての取り決めを破ったことになるな。皇族と知ってか知らずかはおいたとしても、決して許されることではない。アレスタンは控えておるのか?」
「はい。後ろに──」
「うむ。アレスタン、来るが好い。お前を襲った冒険者はどのような奴だ。帝国内での指名手配書、余の名で出してやろう」
ぶふっ。皇帝の名で指名手配されるってよ、スティアン。
有名人じゃん、よかったな。
「父上。実は私と一緒にその冒険者に襲われた者がここにおります。私を救ってくれた者でもございます。ご紹介したいので、一緒によろしいでしょうか?」
アレスは幕の内側に立ったまま、そう声を掛けた。
皇帝は感嘆する声を上げた後に、アレスへと許可を出す。
さすがにちょっと緊張するが、ここまで来たら近くでスティアンの野郎がどう反応するのか見てみたい。
アレスの後について幕を出る。
スティアンに視線を向けると、奴の表情がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。
奴の視線は俺ではなく、最初に幕から出てきたアレスに釘付けだ。
「アレスタンよ、怪我はないようだな。ふむ。ディアンとキャロンだったか? あの二人はどうした。てっきりあの二人だと思ったのだが」
「父上、ご心配ありがとうございます。ディアンとキャロンの二人は……引き離されてしまいました」
「なんとっ。お前を襲ったという冒険者の手によってか?」
「はい。実は私たち三人は、モーリアの迷宮地下一階にある巨大な穴に突き落とされたのです」
そこからアレスは一気に穴に落とされる前後の話をした。
スティアンやラインフェルトが、口を挟むのを防ぐためだろう。
そうして話をしているうちに、ラインフェルト皇子も気づいたようだ。
ついさっき自室でスティアンから聞いた、突き落とした冒険者の話を思い出したんだろう。
まさかそれが弟だったとは思うまい。
一通り話し終えると、皇帝は怒りをあらわにして
「その冒険者の特徴は」
と尋ねてくる。
そこでアレスは俺たちを振り返り、三人揃ってある方角を指差した。
俺たちが指さす先にいるのは、当然スティアンだ。
「いやぁ、こんな所で再会できるとは思ってもいませんでした。そうだろう、フォルオーゲスト侯爵子息」
「ひっ……な、なぜ……なぜお前らが生きて……」
スティアン、ここは嘘でも知らぬ存ぜぬで通すべきなんだぜ。
こいつ、思った以上に小物だな。
皇子に対して『お前』と言ったこと。
俺たちに対して『なぜ生きている』と言ったこと。
墓穴って、こういうことを言うんだぜ。
「スティアン・フォルオーゲスト。どういうことか、余に説明して貰おうか?」
皇帝が立ち上がった。
ついさっき皇帝の前で、冒険者でありながら同じ冒険者を傷つける奴は、正義の名の下で自分が許さねえって言ったんだからよ。
「ひ、ひいぃっ。こ、皇帝陛下。ここ、これは何かの間違いです。そ、そう! 向こうから襲って来たのですっ。私は正当防衛なのです、皇帝陛下!」
「余の息子がなんの理由もなしに、他人を襲うとでも言うのか!」
「ひいぃぃぃぃっ」
楽しいなぁ~。
「ラインフェルト。お前のお気に入りのようだが、知っていたのか? まさかお前が指示したのではないだろうな」
「そっ、そんなっ。私が知るところではございませんっ」
それは本当のことだ。
「私にとってアレスタンは大事な弟です! 知らぬとはいえ、可愛い弟を手に掛け様などとするはずも──」
「ぶふっ」
ハッ! しまった、思わず吹き出してしまった。
謁見の間にいる全員の視線が集まった。その中には皇帝も含まれている。
「そなた。ラインフェルトが何かおかしなことでも言ったか?」
「あー、いや……いえ。心にもないことを、すらすらと言えるもんだなぁと思いまして」
「なっ。き、貴様! 皇族に対して無礼であろうっ」
怒ったのはラインフェルトの方。
今にも剣を抜いて掴みかかってきそうだ。
面倒くさいのでさっさとアレを出したい。そう思ってアレスを見た。
アレスは長男のクリフィトンを見る。
彼が頷くと、今度はアレスがセシリアに向かって頷いた。
「シルフ。さっきのお願い」
半透明の小さな女が現れる。風の精霊シルフだ。
すぅーっと皇帝の前へと飛んでいくと、両手を広げて今にも歌いだすかのようなポーズに。
──それで、最下層攻略まであとどのくらいだ、スティアン?
それは紛れもなくラインフェルト皇子の声だった。
シルフが『やまびこ』を奏でている間、ラインフェルトとスティアンの顔色がどんどんと青ざめていく。
途中でラインフェルトがシルフを制しようとするが、相手は実体のない精霊だ。
鷲掴みしようとしても、腕を振っても触れることすらできない。
──死体が残らないのは残念だが、まぁいいだろう。奴が死んだ後は、クリフィトンだ。くく、くはははは。ふはははははははっ。
シルフが聞いたのはそこまで。役目を終えたシルフは、優雅に舞うとそのまま姿を消した。
「大事な弟、か」
「ち、父上。あのような下賤な者の怪しげな魔法など、信用なさいませんように」
「ウォーグ老、先ほどの魔法はどのような精霊魔法だ?」
脇に控えていた、見るからに宮廷魔術師といった風貌のじーさんが一歩前に出る。
咳ばらいをしたあと、じーさんが「やまびこでございます」と答えた。
「風の精霊シルフが聞いた内容を、そのままそっくり、一度だけですが本人の声そのままに伝える魔法でございます」
「では先ほどの会話は、ラインフェルトとスティアンで間違いないということだな」
「残念ながら、その通りでございます」
いい仕事をしてくれるじーさんだぜ。おかげでこっちから、会話内容に偽装はないって言わなくて済むんだしな。
ラインフェルトがわなわなと肩を震わせ俯く。
はっ。存外アッサリ終わったな。
そう思った。
「まったくっ。父上がこの私に、さっさと皇位を譲っていればこのようなことにならなかったというのに!」
第二皇子は血迷ったのか、自分の父親に向かって剣を突き付けた。
俺とセシリア、それにアレスは、クリフィトン第一皇子の計らいで謁見の間に来ていた。
といっても、表からは見ることのできない、皇族専用の通路前だ。
玉座の左右には、それぞれ通路が二つある。
兄弟仲が悪いのが幸いして、第一皇子は右の通路、第二皇子は左の通路を使用するので顔を合わせることもない。
垂れ幕の向こうでは、スティアンの野郎が若干かみながら皇帝にモーリアの迷宮の攻略話を聞かせていた。
話が終わると、今度は第二皇子の番だ。
「アレスがモーリアの迷宮に挑んでいたこと、あいつも知っていたのか」
「ラインフェルト兄さんには話していないよ。どこかで鍵つけたんだろう。それにあの話の内容だと、行こうとしていただけで、実際に行っていたことは知らなさそうだ」
「あ、アレスのいい人の方のお兄さんがこっち見てるよ」
セシリアの言葉で、俺たちは玉座の右側に立つクリフィトン皇子を見た。
どことなく笑いを堪えているように見えなくもない。
その第一皇子が一歩前に出て、父親である皇帝にお辞儀をして口を開いた。
「父上。アレスタンもモーリアの迷宮攻略に参加をしたそうです」
「アレスタンがか。まったく末の息子のやんちゃぶりにも困ったものだ。まぁ自由にしていいと許可を出したのは、私だがな」
「お許しくださったこと、アレスは感謝しておりますよ。しかしその迷宮で、アレスは同じ冒険者に襲われ、危うく命を落としかけたそうです」
「なに? 冒険者にだと? 冒険者は理由もなしに他者を攻撃してはならぬのではないのか? フォルオーゲスト侯爵の息子、名をスティアンであったか? 余の言ったこと、間違いではなかろう?」
皇帝に突然名前を呼ばれ、スティアンはビクっと肩を震わせていた。
垂れ幕越しに見ているのが残念なぐらいのリアクションだな。
名前を呼ばれたから驚いたってのもあるだろうが、くく。奴自身が皇帝が言った、冒険者規約を犯してんだからなぁ。そりゃあ震えもするだろうさ。
「さ、左様でございます皇帝陛下。ぼ、冒険者はお互いに、傷つけてはならないという決まりごとがございます。そのような輩、正義の名の下、わたくしめが決して許しはしませんっ」
「ではアレスタンを襲った者どもは、冒険者としての取り決めを破ったことになるな。皇族と知ってか知らずかはおいたとしても、決して許されることではない。アレスタンは控えておるのか?」
「はい。後ろに──」
「うむ。アレスタン、来るが好い。お前を襲った冒険者はどのような奴だ。帝国内での指名手配書、余の名で出してやろう」
ぶふっ。皇帝の名で指名手配されるってよ、スティアン。
有名人じゃん、よかったな。
「父上。実は私と一緒にその冒険者に襲われた者がここにおります。私を救ってくれた者でもございます。ご紹介したいので、一緒によろしいでしょうか?」
アレスは幕の内側に立ったまま、そう声を掛けた。
皇帝は感嘆する声を上げた後に、アレスへと許可を出す。
さすがにちょっと緊張するが、ここまで来たら近くでスティアンの野郎がどう反応するのか見てみたい。
アレスの後について幕を出る。
スティアンに視線を向けると、奴の表情がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。
奴の視線は俺ではなく、最初に幕から出てきたアレスに釘付けだ。
「アレスタンよ、怪我はないようだな。ふむ。ディアンとキャロンだったか? あの二人はどうした。てっきりあの二人だと思ったのだが」
「父上、ご心配ありがとうございます。ディアンとキャロンの二人は……引き離されてしまいました」
「なんとっ。お前を襲ったという冒険者の手によってか?」
「はい。実は私たち三人は、モーリアの迷宮地下一階にある巨大な穴に突き落とされたのです」
そこからアレスは一気に穴に落とされる前後の話をした。
スティアンやラインフェルトが、口を挟むのを防ぐためだろう。
そうして話をしているうちに、ラインフェルト皇子も気づいたようだ。
ついさっき自室でスティアンから聞いた、突き落とした冒険者の話を思い出したんだろう。
まさかそれが弟だったとは思うまい。
一通り話し終えると、皇帝は怒りをあらわにして
「その冒険者の特徴は」
と尋ねてくる。
そこでアレスは俺たちを振り返り、三人揃ってある方角を指差した。
俺たちが指さす先にいるのは、当然スティアンだ。
「いやぁ、こんな所で再会できるとは思ってもいませんでした。そうだろう、フォルオーゲスト侯爵子息」
「ひっ……な、なぜ……なぜお前らが生きて……」
スティアン、ここは嘘でも知らぬ存ぜぬで通すべきなんだぜ。
こいつ、思った以上に小物だな。
皇子に対して『お前』と言ったこと。
俺たちに対して『なぜ生きている』と言ったこと。
墓穴って、こういうことを言うんだぜ。
「スティアン・フォルオーゲスト。どういうことか、余に説明して貰おうか?」
皇帝が立ち上がった。
ついさっき皇帝の前で、冒険者でありながら同じ冒険者を傷つける奴は、正義の名の下で自分が許さねえって言ったんだからよ。
「ひ、ひいぃっ。こ、皇帝陛下。ここ、これは何かの間違いです。そ、そう! 向こうから襲って来たのですっ。私は正当防衛なのです、皇帝陛下!」
「余の息子がなんの理由もなしに、他人を襲うとでも言うのか!」
「ひいぃぃぃぃっ」
楽しいなぁ~。
「ラインフェルト。お前のお気に入りのようだが、知っていたのか? まさかお前が指示したのではないだろうな」
「そっ、そんなっ。私が知るところではございませんっ」
それは本当のことだ。
「私にとってアレスタンは大事な弟です! 知らぬとはいえ、可愛い弟を手に掛け様などとするはずも──」
「ぶふっ」
ハッ! しまった、思わず吹き出してしまった。
謁見の間にいる全員の視線が集まった。その中には皇帝も含まれている。
「そなた。ラインフェルトが何かおかしなことでも言ったか?」
「あー、いや……いえ。心にもないことを、すらすらと言えるもんだなぁと思いまして」
「なっ。き、貴様! 皇族に対して無礼であろうっ」
怒ったのはラインフェルトの方。
今にも剣を抜いて掴みかかってきそうだ。
面倒くさいのでさっさとアレを出したい。そう思ってアレスを見た。
アレスは長男のクリフィトンを見る。
彼が頷くと、今度はアレスがセシリアに向かって頷いた。
「シルフ。さっきのお願い」
半透明の小さな女が現れる。風の精霊シルフだ。
すぅーっと皇帝の前へと飛んでいくと、両手を広げて今にも歌いだすかのようなポーズに。
──それで、最下層攻略まであとどのくらいだ、スティアン?
それは紛れもなくラインフェルト皇子の声だった。
シルフが『やまびこ』を奏でている間、ラインフェルトとスティアンの顔色がどんどんと青ざめていく。
途中でラインフェルトがシルフを制しようとするが、相手は実体のない精霊だ。
鷲掴みしようとしても、腕を振っても触れることすらできない。
──死体が残らないのは残念だが、まぁいいだろう。奴が死んだ後は、クリフィトンだ。くく、くはははは。ふはははははははっ。
シルフが聞いたのはそこまで。役目を終えたシルフは、優雅に舞うとそのまま姿を消した。
「大事な弟、か」
「ち、父上。あのような下賤な者の怪しげな魔法など、信用なさいませんように」
「ウォーグ老、先ほどの魔法はどのような精霊魔法だ?」
脇に控えていた、見るからに宮廷魔術師といった風貌のじーさんが一歩前に出る。
咳ばらいをしたあと、じーさんが「やまびこでございます」と答えた。
「風の精霊シルフが聞いた内容を、そのままそっくり、一度だけですが本人の声そのままに伝える魔法でございます」
「では先ほどの会話は、ラインフェルトとスティアンで間違いないということだな」
「残念ながら、その通りでございます」
いい仕事をしてくれるじーさんだぜ。おかげでこっちから、会話内容に偽装はないって言わなくて済むんだしな。
ラインフェルトがわなわなと肩を震わせ俯く。
はっ。存外アッサリ終わったな。
そう思った。
「まったくっ。父上がこの私に、さっさと皇位を譲っていればこのようなことにならなかったというのに!」
第二皇子は血迷ったのか、自分の父親に向かって剣を突き付けた。
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