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『ドーラムとニライナとの間で戦争を起こす。それが我々に与えられた使命でした』
「二国間で争わせ、疲弊したところを攻める……ってところか」
『ヴァン様はこの世界を支配しようとしておいでだ。そのための足場造りと言ったところだろう』

 と、ジャスランはペラペラ喋ってくれる。
 他の騎士たちは下っ端なのか、あまり詳細を知らなくて役には立たない。
 その分、ジャスランが張り切っていろいろと教えてくれた。

「どうやって二国間を争わせる気だったんだ?」
『簡単なこと。まずはジャスラン王子の遺体を見つかるようにわざと捨てる。それをニライナの外交官どもに発見させ、怒り狂ったニライナ側がアリアン姫を殺害――そうすれば両国はあっさり戦争に突入するだろう』

 だが本当はこの計画、もうちょっと違っていたらしい。
 なんせアリアン王女を俺たちが救ってしまったからな。

『当初は、アリアン姫の誘拐が成功した時点で、キャスバル王子を殺害しドレスティンに晒す手筈だったのだ。だがレイジ様が姫を救出したことで計画に変更が生じた』

 あっさりこいつから様付けで呼ばれてしまった。
 王子の遺体が発見されたあとでニライナの外交官たちが「これはどういうことだ!」となる。
 親睦のための会議は中止になり、その頃にはアリアン王女誘拐が発覚。
 暫くしてニライナ国内で王女の遺体が発見されれば――。

『めでたく両国は戦争に突入する』
「めでたくなどありません!」
「しかし我々はこうして生きている。ヴァルジャスの思惑通りに行かなかったことになる」
『まったくだ。余計なことをしてくれたものだな』
「俺が悪いのか?」
『ぐっ……そ、そんなことはございません。レイジ様に非など……うっ。私はいったい何を言っているのだ?』

 ヴァルジャス帝国……異世界から勇者を召喚したり、隣国同志を争わせようとしたり。
 ロクでもない国だな。
 俺は追い出されて良かったのかもしれない。

 ただ……。

「樫田……あいつ、大丈夫かな。変なことに巻き込まれなければいいけど」





「じゃあお前たち、ちゃんと成仏するんだぞ」
『はい。それはもう喜んで。アリアン姫、キャスバル王子よ! 次に会うときがお二人の最後ですからね!』
「いや、次とかないから。早く成仏しろ」
『あ、はい』

 あくまで俺には絶対服従だったが、アリアン王女やキャスバル王子に対しては、生前と変わらぬ態度だ。
 命令にも等しい成仏真言により、下に向かって伸びる光の道が現れた。
 その光を進むジャスランと部下たち。
 うん、やっぱり地獄行きか。

 やがて光が消え、彼らの気配も失せる。

「ヴァルジャス帝国の計画も水の泡となったな。これで安心できる。それもこれもレイジ殿、お主のおかげだ」
「いやぁ、みんなが手伝ってくれましたから」
「アンデッドの諸君にも礼を言おう。しかし……」

 キャスバル王子が改めてアンデッド軍団を見渡す。
 さすが王子様だな。
 こんな状況でも冷静だし、むしろ馴染んでる?

「死霊使いは死を招き、死者を動かし生者を狩る――それ故呪われた者、不吉の象徴とまで言われていたが、考えを改めなくてはならないな」
「あ、いや……俺はその――」
「みなまで言うな。わかっている。ジャスランが言っていたからな。君は異世界より召喚された者だ、と」
「あぁ、そっか。まぁそういう訳なんで、こっちの世界の死霊使いとは別物……みたいなものですよ。たぶん」
「うむ。そうだな。この件は我々だけの秘密にしておくほうがよいだろう」
「そうして貰えると助かります」

 その方がいいんだよな? と、ソディアを見ると、彼女は優しく笑って頷いてくれた。
 再びアンデッド軍団を影に入れ、いざこの辛気臭い地下から脱出!

 ――というところで。

「大変だわ! 私、忘れていました」
「アリアン、どうした?」
「キャスバル。敵はまだいますのよ」
「なに?」

 敵?

「お話するのを忘れておりました。キャスバルのペンダントを取りに行ったとき、部屋に入って来たニライナの外交官とジャスランが話していたのです」
『あ、そうそう。外交官の男もね、ヴァルジャスの密偵みたいだったわよ』
『はいぃ。しかもあの親衛隊隊長より、位は上のようでしたぁ』
「ってそんな大事な話、先にしてくれよ」
「すみません、うっかりしておりまして」
「いや、アリアン王女のことじゃないんだ」

 と言うと、コベリアたちが物凄く睨みつけてくる。

『差別ですぅ』
『酷い~。サマナに言いつけてやるんだからぁ』
『いやぁねぇ。ちょっと生きてるからって、色目で見ちゃって』

 ちょっともなにも、アリアン王女は生きてるわけで。
 いやそうじゃなくって相手は王女様なんだぞ。悪く言える訳ないだろ。

 と遊んでいる場合じゃない。
 ニライナの外交官もグルだったとなると、二人の姿が無いのを良いことに、死んだことにされてしまうぞ。

「急いで戻りましょう。ここまで来るのにもだいぶん時間がかかりましたし、帰りも同じ時間がかかるとなると――」
「地上に出れるのは明け方になるかもしれないわ」
「あぁ。急ごう。さ、出口までの案内をお願いしますっ」
「任せたまえ」

 普段は地下の通路など歩かない王女は、王子が捕らわれていた辺りの道はほとんど覚えていないという。
 王子が記憶をたどり、来た道を戻っていくのを俺たちは付いて行くだけだ。
 暫く歩いたところで前方から明かりが見えた。

「誰か来るようだ……我が国の外交官かもしれぬ」
「待ち伏せしましょう。おいみんな、出番だぞ」

 そう足元に呼びかけると、ヒャッハーと飛び出してくるアンデッド軍団。
 狭い通路に六十超えの人数がひしめき合う。
 そして――。

『あれ? なんか足元にスイッチがあったでやんすよ?』

 と、ゾンビAが言う――のと同時に、俺たちの足元が開いた!?

「えぇぇぇっ。なんだよこれえぇぇっ」
「きゃ~っ。お、落ちてるぅ」
「アリアンッ」
「キャスバル!」
『『レイジ様あぁぁぁっ』』
「お前ら影の中に入れっ」

 突然落下する俺たち。落下であってラッカではない。
 意味不明なダジャレが頭に浮かぶほど焦っている。

『レイジ様っ、復唱してくださいですぅ"宙に浮く小さき翼――浮遊《レビテーション》"』
「"宙に浮く小さき翼――浮遊《レビテーション》"はいぃっ」
『王子と王女に触れてくださいですぅ』
「はいーっ!」

 タッチすると、彼らの落下速度が落ちる。

『次はご自分とソディアさんですぅ』
「"宙に浮く小さき翼――浮遊《レビテーション》"はいーっ!」

 右手でソディアに触れ、左手で自分に触れ速度が落ちる。
 その瞬間、通常速度で落下しながら俺の影に入ろうとしたスケルトンと衝突。
 そして俺の意識は深い闇へと沈んでしまった……。





「ぬふふふ。かーっかっかっか! 儂の出番じゃのお。さぁ、アブソディラスの大冒険の始まりじゃ!!」
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