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元魔王はスィーツを食す。

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「なっ!? こ、これはなんだポッソ!」
「それはショートケーキなのね。一番オーソドックスな、苺のショートなの」
「い、苺!?」
「この上に乗っている赤いのがそうなのね」
「え? なに? ルインってケーキ知らないのか?」
「えぇー、うっそおぉっ」

 光の神々の祝勝会なるその日、食堂では色とりどりの『スィーツ』なるものが並んでいた。
 壁はふわもこした紐が押しピンで留められ、リボンで巻かれた箱が所狭しと並ぶ。
 尚、ただの箱で中身は空だ。魔法は必要ない。持ち上げ振れば誰にでも分かることだ。

 ケーキというものにはいくつもの種類があった。

「こ、これは?」
「フルーツタルトなのね」
「ん、んん! このサクっとした食感。それでいて内側はしっとり……果物の甘味と酸味のコラボレーションは、なんと素晴らしいことか!」

 美味しい。美味しい!
 あぁ、父上や母上、兄上にも食べさせてやりたい。

「三つ、貰ってもいいだろうか」
「見つからなければ大丈夫なのね。ほら」

 ポッソは周辺を指差し、そして当たり前のようにケーキを『リボンの巻かれた箱』に詰め込んで持ち帰る学友や、神官司祭を指差す。
 なるほど。あの箱はその為の物か。

「あとは早い者勝ちなのね!」

 そう言ってポッソは、いつの間にやら手にした大きめの箱にケーキを詰め込んで行った。
 ふ。ぼくも負けてはいられない!

 あぁそうだ。フィリアやラフィの分も持って行ってやろう。
 そして三人で美味しく頂くとするか。





「と思って持ってきたのだけれど」

 今日はラフィの剣術の稽古もお休み。この一か月少しで彼女は劇的に成長した。
 その話はまた今度にして、今はケーキだ。

 ぼくの目の前には白くて丸い、苺がいくつも乗ったケーキっぽいものがある。

「ルインさま、これはホールケーキって言うんです。三人で食べようと思って」
「チキンもあるよー」

 ホールケーキ。
 つまりショートケーキのボスという訳だ。
 これを三人で食す……いや待て。
 ケーキはたしかに美味しい。美味しいが、これがなかなか胃にくる。

 ホールケーキはぼくの両の掌を伸ばしたぐらいの大きさ。
 これを三人で?
 え?

「「いっただっきま~すっ」」

 すっかり仲良しになったフィリアとラフィは、声を合わせフォークを持った。
 そしてホールケーキにぶすりと刺し、ぱくり。

「ん~、おいひぃ~」
「ふみゅ~、たまらんですなぁ~」
「ルインさま、食べないんですか? 美味しいですよ?」
「あー、うん。食べる」

 ぼくは既に食堂でショートケーキを三つ食べている。
 胃が重い。
 だが二人はぼくの為にこれを用意してくれたのだ。ここで食べないわけにはいかない。

 あとで学友に胃もたれを緩和する魔法をかけて貰おう。

 二人に倣ってフォークを突き立て、少しすくって口へと運ぶ。

 ん?
 おや?

 食堂で食べた物よりあっさりとしていて、食べやすい。
 それでいてスポンジと呼ばれるケーキ生地が柔らかく、口へ入れるとまるで溶けるように無くなる。

「食堂のケーキより美味しい……」
「え? ルインさま、ケーキもう食べてたんですか!?」
「あぁ、そういえば表でも祝勝会してるもんな。食べてて当たり前か。じゃあルインはもうお腹いっぱいか?」
「そうだったんですね。ごめんなさい。お腹いっぱいなのに、こんな甘い物出しちゃって」
「いやいや。甘いが、食堂で食べた物ほどじゃない。そうだ、持って来たのだ。食べ比べてみると言い」

 ぼくは箱からショートケーキを取り出し、二人へと勧める。
 それを見た二人から笑顔が零れた。

「ルインさまも持って来てくださったんですね」
「なーんだ。あたいら同じこと考えてたんだね」
「ね」

 二人で通じ合って笑うと、ぼくが持って来たショートケーキをぱくり。

「あ、本当だ。こっちの方が凄く甘い」
「こっちも美味しい! けど、甘すぎ?」
「うむ。このホールケーキの方が食べやすいな。作った者の腕なのだろうが」

 ホールケーキのほうがぼくは好きだ。
 何より上に乗った苺が美味い!
 苺だけ見れば、フィリアらが用意してくれたホールケーキに乗った物の方が甘い。
 ショートケーキの方は酸味が強い気がする。赤みやサイズ、形も微妙に違うのは、品種だろうか。

 同じ苺でも違うものだな。

 その日、祈りの時間はいつもより遅く、三人で長い時間楽しく過ごすことができた。
 フィリアの部屋を出て自室へと戻ると、今度はもうひとつの箱を持って自宅へと帰った。

 突然帰って来たぼくを見て、母上は涙を流し喜んでくれた。
 父上は笑顔で「帰ってくるとは何事か」と、喜んでくれているのか叱っているのか分からない。

「ルイン、お前、どうやって!?」
「兄上、直ぐに神殿へと戻ります。今日は祝勝会というやつでして。ぜひケーキを食べて欲しく、持ってきました」
「持って来たってお前……もしかして神聖魔法の『帰還』というものか? 魔法で戻って来れたのか?」

 おっと。うっかり素でただいまをしてしまったが、魔法が使えることは家族には内緒にしていたのだったな。
 元魔王だと気づかれる訳にはいかないから。

 しかし神聖魔法にも転送系のものがあったか。
 ならば。

「はい。魔法です。でも夜の見回りまでに戻らないと、叱られますので」
「ルインちゃん。じゃあいつでも戻って来れるのね?」
「はい。でも勉強も忙しいですし、夜はフィリアたちとも会っているので。あ、フィリアのおじいちゃんおばあちゃんにも、彼女は元気だと伝えてください」
「分かった。伝えよう。さぁルイン、もう神殿に戻るといい。まったく、この甘えん坊め――ん、これは甘い!」

 父上はショートケーキを気に入って頂けたようだ。

 帰るというと母上がまた涙目になる。
 まぁ……たまには戻ってやるか。
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