恋愛小説の悪役令嬢に転生しました!~借金のために皇子と婚約したけど、返済目処が立ったので婚約破棄されてさしあげます~

夢・風魔

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23:私、変なこと言ったかな

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「謎の黒い人さん」
「……なんだ」

 手を止め、金色の瞳を私に向ける。
 そんな彼に向かって、にこやかに微笑む。

「私、ルシアナ・デュール・カイチェスターと申します」
「……は?」
「だ・か・ら。ルシアナです。ル・シ・ア・ナ」
「いや、それは分かるが」

 分かってない。この人ほんっと分かってない。

「もう、だからぁ。謎の黒い人さんの名前!」
「俺……俺は……」

 彼は視線を逸らし、少し考えてから短く「グレン」と答えた。

「グレン?」

 こくりと頷く。
 なるほど、爵位が分かるフェミリーネームは内緒ってことか。
 もしかして家出令息なんてことはないわよねぇ?

 ま、いいや。

「じゃあグレン卿とお呼びしてもよろしいですか?」
「あぁ」

 再びサンドイッチをパク付き始める。
 と思ったら手が止まった。

「お前……婚約者がいる身だろう」
「え? ご存じなんですか?」

 こくんと謎の黒──グレン卿が頷く。

「婚約者がいる身で、俺と飯を食ってもいいのか?」
「へ? あの、婚約者がいたら、他の方と食事をしちゃダメなんですか?」
「……さぁ」
「いや、さぁって。そもそも社交界に出れば、いろんな殿方と一緒に食事もお茶もしますけど?」

 今だってアッシュ卿と同じテーブルについてるんだし。
 別に二人っきりって訳じゃないのに、なーに言っちゃってるかなぁこの人。

「そんなこと言ったら、我が家にお客様がお越しになっても、晩餐会を開くことすら出来ませんよ」
「……そう、だな。あぁ、それもそうだ」
「お判りいただけましたか?」

 こくこくとグレン卿が頷く。

「悪い。俺は、これまで女と飯を食ったことがなくて、それで、分からなかったから。ふぅ」
「「えぇ!」」

 私とローラが同時に驚く。
 目をパチクリしているグレン卿に、

「異性とこれまで一度も?」

 と尋ねた。
 彼は頷く。

「お、おかしいのか、やはり」
「いえ、おかしいというか……グレン卿はとても、その……お顔立ちが優れていらっしゃるので」

 私の言葉にローラが頷く。

「普通のご令嬢なら、きっとほっとかないと思います。今までお誘いを受けたこともなかったのですか?」

 彼は少し考えてから「ない」と答えた。

「俺が普段暮らしているのは北部の山奥だ。北部に令嬢はいな……いやひとりいたか……はぁ」

 今のため息はなんというか、凄く気持ちが籠ってた。
 その令嬢にあまり好感を持っていないようね。

「単純に、そういう機会が来ない環境ってことですか」
「そうだ」

 なるほどぉ。

「まぁそう深くお考えにならなくていいんですよ。だって二人っきりの食事ではありませんし。それに……」
「なにかあるのか?」

 ふぅっと小さくため息を吐く。

「それに、グレン卿も貴族でしたら分かるでしょ? 私たちのような身分の者は、恋愛結婚なんて無理なんです」

 恋をした相手と婚約をしているのなら、きっと私はここでグレン卿と食事なんてしていない。
 そう彼に伝えた。

「……愛していないのか?」
「うわー、ドストレートに聞きますねぇ」
「うっ……悪い」

 あ、肩落としちゃった。
 ふぅん。意外と喜怒哀楽出来てるじゃない。

「別に気にしていませんよ。でもグレン卿の質問には、お答えできません。なんせお相手がお相手ですから。分かってくださいますよね?」

 きっと彼は私の婚約者が誰なのかも知っているだろう。
 ならこの言葉が意味することも分かるはず。

 案の定、こくりと頷いて彼は残りのサンドイッチを平らげた。

「んー、パンケーキ美味しかったぁ。あ、グレン卿。昨日はクッキー、ありがとうございます」
「ん、あぁ……もう食べたのか?」
「はい。昨晩、美味しく頂きました」
「……ふと」

 今、太るぞって言おうとしてる?
 ねぇ、してる?

「な、なんでもない」

 ふふ、空気読んでくださって感謝しますわ。
 さすが悪役令嬢の鋭い眼光。

 視線を彷徨わせた後、彼は立ち上がって短く「帰れ」と言ってきた。
 帰れ? 帰れですって?

「ぁ、いや……帰って、ゆっくり休んでくれ」
「あ、そういうことですね。はい、用は済んだので帰ります。グレン卿も、明日一日頑張って見ていなきゃいけないんですから、今日はゆっくりなさってくださいね」
「別に俺は……見ているだけだ」

 それだって退屈で仕方ないと思うんだけどなぁ。

「それではグレン卿、また明日」

 会釈をしてそう言うと、彼が意外そうな、どこか驚いたような顔をして、その金色の瞳をじっとこちらに向けた。
 私が首を傾げると、ハっとして「あぁ」と短く応えて踵を返す。

 私、変なこと言ったかな?
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