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31:俺には関係ないことだ
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「はぁ……」
なんで奴に呼び出されなきゃならないのか。
まずその理由に皆目見当がつかない。
扉の前でため息を吐き捨て、それからノックをした。
直ぐに「入れ」と応答があり、扉を開く。
ここは王城にある一室、奴の執務室だ。
城は居心地が悪い。来たくもなかったが、呼び出されれば応じるしかない。
奴は皇太子であり、次期皇帝なのだから。
「来たか、グレン。とりあえずソファーに腰かけていてくれ。あと数枚にサインをすれば終わりだから」
金髪碧眼。こういう奴の事を、絵に描いたような王子様というのだろう。
実際、王子様な訳だが。
暫く待っていると、奴の仕事が終わって向かいのソファーへとやって来た。
「不機嫌そうだな」
「別に」
機嫌がいい訳ない。
俺はここを──王城を追放された身だ。こんな所にいて、機嫌よく出来る訳ないだろう。
「話は簡潔にすませよう。グレン、君は俺に婚約者がいることを知っているか?」
「……あぁ」
「ではその相手がカイチェスター侯爵のご息女、ルシアナ嬢だということも?」
その名を奴の口から聞くと、思いのほか腹が立った。
声には出さず、頷くだけで答える。
「それはよかった。侯爵家が所有している別荘を、いくつか売りに出すという話を聞いた」
「知っている」
「そうなのか? それは意外だな。では侯爵の別荘に、北部のあの城が含まれていることも?」
首を左右に振る。
カイチェスター侯爵家が所有する別荘を売ろうとしていることは、前に渋々参加させられたパーティーで噂を聞いた。
大神殿で解呪をして貰うために通っていた時にも、お付きのメイドとそういう話をしていたのを耳にしている。
どうやらあの城──グラニュウダ城塞と対になっている、ロウニュウトの城も売る気なのか。
「買ったはいいが、一度も行っていないそうだ」
「……買う意味があったのか?」
「亡くなった夫人が、浪費癖のある方でね。王都でも有名な方だったんだ」
城を買うのは、浪費と呼べるのか?
「リュグライド公爵が確か、以前欲していた城ではなかったかな?」
「ロイエンタールの奴が、値が下がるのを待とうとして失敗したヤツだ」
「ははははは。そうだったのか。では今度こそ手に入れられるといいな」
俺を呼んだのは、あの女から城を買い取らせるためなのか?
「……いるのか?」
「ん? グレン、何か言ったかい?」
「おま……ベンジャミンは、婚約者を愛しているのかと」
普段はすまし顔の腹違いの兄が、珍しく困ったような表情を浮かべた。
「……彼女は可憐でお淑やかで、皇后として立派に務められるだろう」
「お淑やか?」
「あぁ、そうだよ。お前は知らないかもしれないが、ルシアナ嬢はとても美しい淑女さ」
あの女が、お淑やか?
美しいとは思う。いや、実際かなりの美女だ。
だがお淑やかだとは思わない。
凛としていて、芯のある女性だと俺は思っている。
決してその辺のひ弱な令嬢どもとは違う。
「俺の質問の答えにはなっていない」
「……グレン。私は皇太子だ。そして彼女は侯爵家の令嬢。愛のある結婚なんて、望める立場ではないことは分かっているだろう?」
「つまり愛してはいないということか」
その言葉を聞いて、ベンジャミンが遠くを見つめる。
「愛か……そうだな。私も一度ぐらいは愛を経験してみたかった」
「は? お前、何言っているんだ。噂ぐらいは俺の耳にだって入るんだぞ。……はぁ」
「う、噂? まさか俺がどこかの淑女と愛し合っているというのか?」
「一目惚れしたのは何人だ」
と尋ねると、奴はまた、視線を逸らした。
帝都から遠く離れた北部でも、王族の色恋話はよく届くものだ。
「ゴホンッ。ひ、一目惚れは愛とは言わない。恋ですらない。そもそも私は、ただの一度も女性と付き合ったことすらないのだから」
「……一度も?」
「ほ、本当だ! そもそも、皇太子と普通に恋愛をしてくれるような女性は、そうそういないだろう」
「権力が手に入るだろう」
「結婚でも出来ればそうだな。だからこそ、普通ではない目的で近づく女性はいるよ」
そういうことか。
こいつは皇子としてではなく、ベンジャミンというひとりの男として自分を見てくれる女性と恋がしたいと、そう言っているのか。
だが無理だろうな。
ベンジャミン・ローズ・フィアロスには、皇太子としての地位が付きまとう。
奴をひとりの男として見てくれる女がいたとしても、皇太子だと知れば恐れ多くて身を引くのがまともな女の反応だ。
そうでなく、近づく女は権力目当て。
あいつも……ルシアナもそうなのか?
「帰る」
「ん? そうか。城の件、公爵に伺ってみてくれ」
返事をするのも億劫なので、頷いて返事をする。
いつもの澄ました笑みを浮かべ、ベンジャミンの奴は窓の外を見つめた。
あいつのことを考えているのか、それとも別の……。
まぁいい。俺には関係ないことだ。
俺にはどうすることもできない。
どうすることも……。
なんで奴に呼び出されなきゃならないのか。
まずその理由に皆目見当がつかない。
扉の前でため息を吐き捨て、それからノックをした。
直ぐに「入れ」と応答があり、扉を開く。
ここは王城にある一室、奴の執務室だ。
城は居心地が悪い。来たくもなかったが、呼び出されれば応じるしかない。
奴は皇太子であり、次期皇帝なのだから。
「来たか、グレン。とりあえずソファーに腰かけていてくれ。あと数枚にサインをすれば終わりだから」
金髪碧眼。こういう奴の事を、絵に描いたような王子様というのだろう。
実際、王子様な訳だが。
暫く待っていると、奴の仕事が終わって向かいのソファーへとやって来た。
「不機嫌そうだな」
「別に」
機嫌がいい訳ない。
俺はここを──王城を追放された身だ。こんな所にいて、機嫌よく出来る訳ないだろう。
「話は簡潔にすませよう。グレン、君は俺に婚約者がいることを知っているか?」
「……あぁ」
「ではその相手がカイチェスター侯爵のご息女、ルシアナ嬢だということも?」
その名を奴の口から聞くと、思いのほか腹が立った。
声には出さず、頷くだけで答える。
「それはよかった。侯爵家が所有している別荘を、いくつか売りに出すという話を聞いた」
「知っている」
「そうなのか? それは意外だな。では侯爵の別荘に、北部のあの城が含まれていることも?」
首を左右に振る。
カイチェスター侯爵家が所有する別荘を売ろうとしていることは、前に渋々参加させられたパーティーで噂を聞いた。
大神殿で解呪をして貰うために通っていた時にも、お付きのメイドとそういう話をしていたのを耳にしている。
どうやらあの城──グラニュウダ城塞と対になっている、ロウニュウトの城も売る気なのか。
「買ったはいいが、一度も行っていないそうだ」
「……買う意味があったのか?」
「亡くなった夫人が、浪費癖のある方でね。王都でも有名な方だったんだ」
城を買うのは、浪費と呼べるのか?
「リュグライド公爵が確か、以前欲していた城ではなかったかな?」
「ロイエンタールの奴が、値が下がるのを待とうとして失敗したヤツだ」
「ははははは。そうだったのか。では今度こそ手に入れられるといいな」
俺を呼んだのは、あの女から城を買い取らせるためなのか?
「……いるのか?」
「ん? グレン、何か言ったかい?」
「おま……ベンジャミンは、婚約者を愛しているのかと」
普段はすまし顔の腹違いの兄が、珍しく困ったような表情を浮かべた。
「……彼女は可憐でお淑やかで、皇后として立派に務められるだろう」
「お淑やか?」
「あぁ、そうだよ。お前は知らないかもしれないが、ルシアナ嬢はとても美しい淑女さ」
あの女が、お淑やか?
美しいとは思う。いや、実際かなりの美女だ。
だがお淑やかだとは思わない。
凛としていて、芯のある女性だと俺は思っている。
決してその辺のひ弱な令嬢どもとは違う。
「俺の質問の答えにはなっていない」
「……グレン。私は皇太子だ。そして彼女は侯爵家の令嬢。愛のある結婚なんて、望める立場ではないことは分かっているだろう?」
「つまり愛してはいないということか」
その言葉を聞いて、ベンジャミンが遠くを見つめる。
「愛か……そうだな。私も一度ぐらいは愛を経験してみたかった」
「は? お前、何言っているんだ。噂ぐらいは俺の耳にだって入るんだぞ。……はぁ」
「う、噂? まさか俺がどこかの淑女と愛し合っているというのか?」
「一目惚れしたのは何人だ」
と尋ねると、奴はまた、視線を逸らした。
帝都から遠く離れた北部でも、王族の色恋話はよく届くものだ。
「ゴホンッ。ひ、一目惚れは愛とは言わない。恋ですらない。そもそも私は、ただの一度も女性と付き合ったことすらないのだから」
「……一度も?」
「ほ、本当だ! そもそも、皇太子と普通に恋愛をしてくれるような女性は、そうそういないだろう」
「権力が手に入るだろう」
「結婚でも出来ればそうだな。だからこそ、普通ではない目的で近づく女性はいるよ」
そういうことか。
こいつは皇子としてではなく、ベンジャミンというひとりの男として自分を見てくれる女性と恋がしたいと、そう言っているのか。
だが無理だろうな。
ベンジャミン・ローズ・フィアロスには、皇太子としての地位が付きまとう。
奴をひとりの男として見てくれる女がいたとしても、皇太子だと知れば恐れ多くて身を引くのがまともな女の反応だ。
そうでなく、近づく女は権力目当て。
あいつも……ルシアナもそうなのか?
「帰る」
「ん? そうか。城の件、公爵に伺ってみてくれ」
返事をするのも億劫なので、頷いて返事をする。
いつもの澄ました笑みを浮かべ、ベンジャミンの奴は窓の外を見つめた。
あいつのことを考えているのか、それとも別の……。
まぁいい。俺には関係ないことだ。
俺にはどうすることもできない。
どうすることも……。
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