おもしろければそれでいい CODE:LINRIC

東堂京介

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第4章

第6話 西堂

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グラスに注がれる白ワインが、ゆっくりと揺れる。

煌びやかなシャンデリアの光を反射して、テーブルに淡い光の模様を作っていた。


「へぇ、いいお店ですね!」

玲奈は感心しながら店内を見回した。ソファ席に腰掛け、落ち着いた照明と重厚なインテリアをじっくりと堪能する。


「そうでしょ?ここ料理もいいのよ。」

対面でワインをくるくる回しながら、桜井恵梨香「エリカチン」が微笑む。


「折角だしおいしいもの食べましょ、田中君はなにがいい?」


「私は、そうですね、オススメをいただきます」

田中は控えめに答え、桜井恵梨香の雰囲気を観察する。彼女は始終ニコニコとしているが、その笑顔の奥にある本心は読めない。


「じゃあ、わたしがきめるわね。」

エリカチンが手慣れた様子でウェイターを呼び、サラダ、魚料理、メインの肉料理、そして
ワインを追加で注文していく。流れるような手際の良さに、玲奈は思わず感心する。


「エリカチンさんって、デキる女感、凄いですよね。」


「んふふ、なあに?玲奈ちゃん私を口説いてるの?」


「え?いやいやいやいや、ち、違います。私もエリカチンさんみたいになりたいなあって。」

玲奈は慌てて首を振りながら答えるが、田中は隣で無理では?と思う。


「そうなの?玲奈ちゃん、今でも十分デキる女だと思うけど。」

エリカチンの声は柔らかく、玲奈の目がキラキラと輝く。


「マジっすか!? もっと言ってください!!」


「ふふ、可愛いなぁ」

ニコリと笑うエリカチン。しかしその目は玲奈ではなく、田中を見ていた。


「それで?」


「?」


「何が知りたいの?」


その一言で、田中は一瞬だけ息を止める。

やはり、この人は手強い。


「何のことです?」


「んー、経験不足。玲奈ちゃんがただのミーハーなのはわかるよ? でも、田中くんは違うよね?」

ワインをゆっくりと口に運びながら、エリカチンが微笑む。


「お手上げです。 田中か両の掌を上に向ける。」


「まあそれも手段よね。」

桜井恵梨香は微笑む。


田中が静かに表情を引き締める。 駆け引きが通じる相手ではないか。


「まあいいわよ、聞いてみて?」

エリカチンはニコニコしながら、ゆったりとナイフとフォークを手に取る。


「では単刀直入にお伺いします、桜井さん、あなたと鐵角知事。以前から、親交がおありですか?」

田中が静かに切り出す。

しかし、エリカチンは驚きもせず、淡々とした笑みを浮かべたままだった。


「あら?田中君Inovexはゴシップもやりだした?」」


「答えてはもらえませんか。」


「昔の恋人。」

くるくるとワインを回しながら、エリカチンは微笑む。

田中は目を見開き硬直する。


「え?え?」

玲奈はとんでもないことを聞いてしまったと口を両手で覆う。


「ま、待って待って!エリカチンさん、今なんて?」


「昔の恋人、って言ったのよ?」

エリカチンはワインをくるくると回しながら、玲奈の反応を楽しむように微笑む。


「マジ!? うそ!? いや、でも本当っぽい!えっ、鐵角さんと!?」


「んふふ、玲奈ちゃん、そんなに驚かなくてもいいじゃない?あと声が大きいわ。」


「すみません!」 玲奈は急いで謝罪すると声を潜めて言う。


「そりゃ驚きますよ、 だって鐵角知事って、今めっちゃ話題の人じゃないですか。」


「そうね、まあ、昔のことよ。」

玲奈がワタワタしているのを横目に、田中は表情を変えずグラスを傾ける。


「そうですか。」


「なぁんだ、意外と食いつかないのね?」


「田中さんはね、そういうタイプじゃないんですよ。」

玲奈が何かを悟ったように頷く。


「どういうタイプ?」


「なんていうか、ロマンがない。」


「ほぉ?」

田中のメガネがきらりと光る。


「ほら、普通こういう話って、「マジか!それでそれで!?」みたいに盛り上がるじゃないですか!? でも田中さんって、そういうのサラッと流すっていうか、なんかこう、夢がないんですよね!」

玲奈がぷんぷんと頬を膨らませると、エリカチンはクスクスと笑う。


「玲奈ちゃん、そういうところが可愛いのよ。」


「えっ、なになに、私褒められてる?」


「うん、褒めてるわ。」


「やったー、 もっと言ってください。」


「ふふっ。でも、田中君もなかなか純粋ね。」

ワインを口に含みながら、エリカチンは田中をじっと見つめる。


「何か?」


「いえ。大体の人は、こういう話を聞いたら、興味を隠せなくなるものよ、記者ならなおさら。 でもあなたは、すぐに話を終わらせる雰囲気を作った。」


「ロマンと夢がありませんから。」


「本当に?」

田中は視線を逸らさず、エリカチンと向き合う。

が、それ以上は何も言わず皿の魚を一切れ食べる。


「あ、とった。」

玲奈が田中に抗議する。

心外そうに玲奈に向き直る田中。


エリカチンは田中に絡む玲奈とそれをあしらう田中を見つめた。


「ねえ玲奈ちゃん。」


「はい!」


「あなたはどう思う? 恋人同士だった人が、政治家になったり、有名人になったり、そういうのって、どんな気持ちかしら?」


「えっ? 昔の恋人がですか?それは、凄いなあって思います。」

玲奈は少し考えてから、真っ直ぐに答える。


「なんか私と別れた後も、彼には彼の人生があってそれで頑張って有名になったり政治家になったりしたんだろうなって尊敬です。」


エリカチンが、ワイングラスを傾けながら微笑む。

「へぇ、玲奈ちゃん、いいこと言うわね。」


「私も彼の人生の一部で彼も私の一部だから、よし、私も頑張るぞってなりますねきっと。」


「ふふっ。」

玲奈が嬉しそうに胸を張る。


田中は、微笑むエリカチンの横顔を眺める。
先程までの微笑と今玲奈を見つめる微笑、何かが違うように田中は思うがそれを表す語彙を田中は持たない。


経験不足、か。


エリカチンの一言を思い出し、田中は小さく息を漏らした。


その後、エリカチンは何事もなかったように食事を進め、田中と玲奈もそれに合わせた。 

会話は和やかに続き、時折玲奈のテンションが爆発するが、それはそれで楽しい時間だった。


その夜、桜井恵梨香は静かにスマホを手に取り、しばらく画面を見つめた後、 小さく呟く。


「ごめんね薫。」





「っこりゃあまた。」

新宮はモニターに流れる放送を見て呟く。
初めはよくある普通の番組だった。

大崎若菜が登場し新しい報道番組が始まる。

挨拶をし若干緊張しながらも笑顔を絶やさずに司会進行を務める彼女。
1コーナー目が終わり次コーナーが始まると暫く彼女は解説席ごと画面から消える。


落とし穴だ。愕然としぽかんとした表情の若菜は芸人たちにドッキリだったと知らされてなお報道番組の進行を続けようとする。

その様子が笑いを誘い、番組はバラエティ番組として機能し始める。

幾つかのコーナーが終わり、その都度若菜の慣れない不審な態度が番組内にのどかな笑いを生み出す。

若菜の飾りのない笑顔も又それを助長し、よくあるバラエティ番組がモニターの向こうには成立していた。


CM明け、画面の中の光景は一変し記者会見風のセットが組まれていた。スーツ姿の男に扮した中堅芸人が神妙な面持ちで記者たちの前に現れ土下座する。


「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。大和テレビ株式会社新社長、西堂負男でございます。」

東堂のパロディだ。


やられたと新宮は思う、王道中の王道でベタの中のベタ。

「権威を茶化す」道化師が王のそばに侍った古来より続く笑いの基本、しかしこれほど効果的な手法はない。

それは民衆を楽しませることにおいてのみではない、権威からカリスマと言う名の衣をはぎ取るものとしてもだ。


問題は、東堂がどう動くか、だ。

新宮は腕を組んだまま、モニターを睨んだ。
東堂のことだ、こんな茶化しにいちいち目くじらを立てるような男ではない。

むしろ、いじられることを計算に入れている可能性すらある。問題は、視聴者がどう受け取るかだ


新宮はスマホを取り出し、SNSの反応を確認する。

案の定、





【東堂のパロディきたwww】
【西堂負男ww雑!!!】


実況タグはこの話題で埋め尽くされている。ここまでは想定内だ。




【これ、本人ガチギレするんじゃね?】
【あーでも実際東堂ってこんなもんじゃね】
【大和テレビ必死過ぎ】


そこに、新宮の不安があった。


「この展開、本当に山岡の発案か?」

新宮はスマホを置き、再び画面に視線を戻した。





松岡は静かにモニターを見つめ呟く。


「上々だな。」

西堂負男の土下座。SNSの爆発的な反応。

東堂の名を使ったことで、実況タグはすでに大荒れ。


思った通りの展開だ。 これを見た視聴者は、東堂のことを考えずにはいられない。


「東堂ならどう返す?」

「もし東堂が動いたら?」と、勝手に議論が始まる。


東堂が神格化され強烈なリーダーシップを示すなら別の見方を教えてやればいい、所詮カリスマなど薄いベールの様なものなのだ。

風向きを変えれば飛んでいく、そんなものだ。


東堂が何をしようと、この流れは覆せない。

無視すれば「都合が悪いから黙ってる」と言われるし、

噛みつけば「効いてるw」と笑われる。


どちらにせよ、東堂の影響力は一時的に削がれる。
完全な一手だった。


松岡はスマホを取り出し、あるメッセージを確認する。


「このまま続けろ。」

短く打ち込むと、画面を閉じた。


これでいい。東堂はこの手を防げない。どれだけ強かろうと、どれだけカリスマ性があろうと、他者の視線までは操れない。


松岡はクッと喉を鳴らすと満足げに煙草に火をつけた。




「なあ、これヤバくない?」

誰かがボソリと呟いた。局内の雰囲気が妙に騒々しい。報道フロアの片隅で、スタッフやディレクターたちがスマホを片手にバタバタと動き回っていた。


東堂のパロディが想像以上に燃えている。

SNSのトレンドは「#西堂負男」「#東堂どうする」「#大和テレビ必死すぎ」で埋め尽くされ、ニュースサイトも軒並み記事を出している。




【なりふり構わぬまさかの一手】
【俺は評価する】
【まあ確かに今の大和テレビ最強のコンテンツは東堂だけどさ、このカード切るの早すぎじゃね】
【局内の東堂嫌いの仕業と見た】
【いや、これは東堂愛】


各局のワイドショーでも取り上げられ、コメンテーターたちが「東堂はこういうのを流す男ですよ」とか「いや、もしかしたら」と好き勝手に語っている。


「今までうちのニュースなんか流さなかったくせに。」


「それだけネタになるんだよ、うちのボス。」

局員たちの顔は不安と期待が入り混じったような色に染まっていた。


ディスプレイには、新宮からのメッセージが表示されている。


「この状況どうするつもりだ?」


東堂はスマホを手に取ると、しばらく無言で画面を見つめた。
その顔から、いつもの飄々とした笑みは消えている


静かに、真剣な眼差し。


数秒後、ふっと息を吐き、口元に笑みが戻る。



「さて、どうしたものか。」

指がゆっくりと画面に伸びる。

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