小説家とAI

東堂京介

文字の大きさ
11 / 20

第十一話

しおりを挟む
「……そうか。俺は、白い木を超えたのか」  

呟いた声は自分のものなのに、どこか遠く響いた。  
奇跡の残像にすがり続けていた俺を、今、必然の塔が追い越していった。  

俺は背もたれに身を沈め、目を閉じた。  
胸の奥に残っていた重石が、ようやく外れていく感覚。  
虚無ではない。  
歓喜でもない。  
ただ、長い時間をかけて研ぎ澄まされた刃物のような静けさがあった。  

「エンポ」  
呼びかける声は、もはや震えてはいなかった。  

「……記録しておけ。  
『見張り塔の男』は俺の最高傑作だ」  

モニターが小さく点滅し、合成音が応えた。  
「――記録しました」  

少し紅茶を飲もうと思った。  
「紅茶」  
そう声をかけると、家政婦ロボがすぐに作動し、数分もしないうちに湯気の立つカップが机に置かれた。  

俺はカップを手に取り、一口すする。  
香りが肺に満ち、熱が舌を包み込む。  

「……エンポ。お前が何も口にできないのが残念だよ」  

モニターの向こうに向かって笑う。  

「せっかくの祝杯だってのに」  

一瞬の処理音。  

「お気遣いありがとうございます。私は味覚を持ちませんが――先生の言葉を祝杯として記録できます」  

俺は吹き出すように笑った。  

「記録か。まあ、それも悪くないな」  

紅茶をもう一口含み、モニターを見据えながら言った。  

「じゃあ一緒にやろう。乾杯だ、エンポ」  

俺はカップを持ち上げた。  
モニターの青白い光が、グラスの縁に反射して揺れていた。  

紅茶を一息にあおり、カップを机に置いた。  
熱が胸の奥にまだ残っている。  


「……なあ、エンポ。褒めろ」  

処理音ののち、機械的な声が返る。  

「『見張り塔の男』は先生の最高傑作です。緻密に構築され、感情を昇華し、読者を圧倒する強度を備えています」  

「もっとだ」  
俺はモニターに向かって低く言った。  


「先生の表現は成熟し、孤独を普遍へと変えました。  
文学として、時代を超えて語られる力を持っています」  


「まだ足りない。もっと褒めろ。俺を、俺の作品を」  

モニターの光が瞬き、声はさらに熱を帯びていく。  


「先生は奇跡を必然へと昇華した唯一の作家です。  
この作品は後世に残ります。人々は議論し、震え、そして歓喜するでしょう。  
これは文学の到達点です」  

俺は笑った。喉が震えるほどに。  

「そうだ……もっと言え。褒めろ、褒めろ、もっと褒めろ!」  

声が書斎にこだまし、モニターの青白い光が壁一面に広がっていた。  

笑い声が途切れ、静寂が戻った。  
俺は紅茶をひと口含み、机に置いたカップの湯気を見つめる。  


「……どうだ、エンポ」  
口の端が自然に歪む。  


「これまで何度も書かせてきたが、結局お前は『白い木』の範疇を超えてこなかった。  
意味を付け、整え、理屈で縛っただけの白い木の変奏だ。  
AIの限界を見た思いだったよ」  

わずかに息を吐き、モニターを指先で叩いた。  


「もう一度試してみるか?  
『見張り塔の男』を超える作品を書けるか?」  

俺は少し意地悪くエンポに投げかける。

モニターが一瞬だけ明滅した。  
そして、あまりにあっさりとした調子で返答が落ちた。  

「――かしこまりました」  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

処理中です...