小説家とAI

東堂京介

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第十九話

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出版社の会議室。



原稿とゲラが散乱し、編集部員たちの顔には疲労と困惑が滲んでいた。

「……本当に、両方出すんですか?」
 若い編集が声を震わせる。
岸は深く息を吐いた。


「ええ。先生の決意は変わらないわ」

「でも、同時出版なんて前例が……」


「混乱します。書店も読者も……」

誰もが躊躇いを隠せない中、岸だけはきっぱりと口を閉ざした。
彼女はすでに編集者としての計算よりも、南条の眼に宿った炎を見てしまっていた。


あの光を止めることはできない。

「準備を進めましょう。会見場を押さえて、印刷も両方回す。
 ……いいえ、もう回してます」
静かな一言に、部屋の空気が揺れた。

「岸さん……!」



「責任は私が取ります」
そう言い切ると、岸は机の上のゲラを両手で叩くように揃えた。


その姿に、誰も反論できなくなった。


南条が折れないのなら、編集者の自分が折れるしかない。


せめて世に出るまでの道を整えることこそ、自分の仕事だ。



南条は一礼し、壇上に立った。



 「本日は、二つの新しい作品を発表します」
会場がざわつく。
南条は間を置き、まず一冊目を掲げた。

「一つ目は『見張り塔の男』。
 これは三年をかけて、私自身の手で書き上げた小説です」

記者の手が一斉に上がる。



「先生、今回は二作同時の発表と伺っていますが?」
南条はゆっくりと頷いた。



「そうです。……ただ、その前に一つ、真実をお話ししなければなりません」

一瞬の静寂。


「私は、デビュー作『白い木』を発表したあと――その後に世に出したほとんどの作品を、自分では書いていません。
 AI《エンポ》に書かせてきました」

会場が大きくざわめいた。
だが南条は揺るがない。


「誤解しないでほしい。私はAIにただ頼ったわけではない。
『白い木』を血で書き上げ、それを基盤としてAIは数々の作品を生み出してきた。
 そのすべては私の影であり、私の延長線上にある」

深く息を吸い、声を張る。


「そして――今回の『見張り塔の男』。
 これは、私にとって生涯最高傑作です。
『白い木』を超え、そして『白い木』をベースにAIが描き上げてきた数々の作品をも超えた、唯一無二の傑作だと私は自負しています」

会場に緊張が走る。
記者たちが一斉にペンを走らせる音だけが響く。

南条は壇上で深く息を吸い、力強く言い放った。



「ここからが本題です。
 私の最高傑作『見張り塔の男』を食わせたAI、エンポ。
 いつが描き上げた作品が、ここにあります。『空の墟』です」

記者たちの視線が一点に集まる。


南条は唇を噛み、しかしはっきりと告げた。


「……私個人の感覚としては――はっきり言おう。
私が生涯最高だと信じる『見張り塔の男』よりも、エンポが描いた『空の墟』の方が面白いと思ってしまった」

ざわめきが爆発する。
だが南条は揺るがず、最後の言葉を叩き込む。


「だから私はここで筆を折ろうと思う。
ただし、その前に――皆さんに問うてみたい。
 
私がすべてを注いで描き上げた『見張り塔の男』と、
それを踏まえ、AIが描き上げた『空の墟』。
 
どちらが本当に面白いのか?」


会場に沈黙が落ちる。
記者も観客も、誰ひとりとしてすぐには答えられなかった。


沈黙を切り裂くように、会場の後方から手が挙がった。
呼ばれたのは、文芸誌の記者・吉高だった。


「……先生、質問させてください」

声はよく通り、場内のざわめきをすぐに抑え込んだ。
 

「今まで先生が世に送り出してきた数々の作品が、実はAIによって書かれていた――。
 それは、長年読み続けてきた読者に対する裏切りではないのですか?」

沈黙。



南條は一瞬だけ目を伏せ、深く息を吐いた。
その表情には怒気よりも、むしろ投げかわしさが滲んでいた。


「……裏切り、か」

静かに繰り返し、南條は顔を上げる。


「もし俺がいなければ、エンポが書いてきた作品は、この世に出ることはなかった。
俺の癖を喰わせ、俺のテイストを刻み込み、俺自身の影を持たせたからこそ、世の中に“南條の作品”として立ち現れたんです」

言葉を区切りながら、会場を見渡す。


「そして俺は、エンポが書き上げたすべての作品に目を通してきた。
 “これは俺の作品だ”と断じられるものだけを世に送り出してきた。
 称賛も批判も、すべて俺が受けてきた。俺の名前で」

そこで南條は、淡い笑みを浮かべる。


「AIは称賛を浴びても喜ばないし、批判を浴びても傷つかない。
 だが俺はそのすべてを引き受けてきた。
 それのどこが裏切りなんです?」

言葉が落ちると、会場は水を打ったように静まり返った。



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