小説家とAI

東堂京介

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最終話

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世間は喧々囂々だった。

「作品としては明らかにAIの方が上だ」



「いや、作品とは作者の人物史を含めてこそ成立する。南條の血肉を刻んだ『見張り塔の男』こそ真作だ」



「いやいや、それを言うなら、南條の物語をも取り込み昇華したのがAIだろう。『空の墟』こそ究極だ」


文芸誌もワイドショーもネットの掲示板も、南條の会見と二作同時発表の話題で埋め尽くされ、



『見張り塔の男』と『空の墟』は店頭から瞬く間に消えた。
 文学界隈は論争に燃え、評論家は紙幅を競うように語り合い、読者はSNSで夜通し叫んだ。

だが南條は、何一つ見ようとしなかった。
テレビも点けず、新聞も開かない。
机の上にはカップだけが置かれ、窓から射す光がゆっくりと傾いていく。

玄関が静かに開いた。



「……ただいま」


岸が小さく呟く。

南條は視線を上げ、穏やかな声で返した。



「……おかえり」

それ以上の言葉はなかった。


岸は鞄も持たずに、まるでずっとここに住んでいたかのように靴を脱ぎ、
ためらいもなく部屋に上がった。


編集部を辞めたことを、まだ南條には告げていない。
けれど、もういいだろうと心の中で呟きながら、静かにソファに腰を下ろした。

南條は何も聞かず、何も問わず。
岸もまた、それを受け入れ
ただ「先生」と呼んで湯呑を差し出した。

その穏やかな繰り返しこそが、
世間の騒々しい喧噪に対する答えのように思えた。


ある日の午後。
庭に椅子を出し、二人で紅茶を飲んでいた。


陽射しはやわらかく、風に木々の葉が揺れている。

岸はカップを両手で包み、南條は背を少し伸ばして空を見上げていた。



そのとき――。


「……にゃあ」
聞き覚えのある声。
二人が振り向くと、庭の塀の向こうから灰色の影がひょいと飛び降りてきた。

カグラだった。
痩せもせず、変わりもせず、ただ静かな目をしている。

そしてその後ろから、ちいさな三つの影が続いた。
よちよちと、不器用に足を運びながら。


「……!」


岸は息を呑み、カップを置いて立ち上がった。

南條は微笑み、ただ一言。



「……おかえり」

カグラは尻尾をゆるやかに振り、子どもたちを前に出すように歩いてきた。
三つの小さな鳴き声が、庭に溶け込んで響いた。

紅茶の湯気と、秋の空気と、帰ってきた命のぬくもりが、
その場を満たしていった。




書斎。



モニターに淡々とした数字が浮かび上がる。


『見張り塔の男』 50% ― 『空の墟』 50%


光がわずかに明滅した。
エンポは一瞬だけ処理音を鳴らし、そして無機質な声でつぶやいた。


「――これはご主人様には不要なデータです」
次の瞬間、数字はすっと消え、ただ青白い待機画面だけが残る。


ドアの向こうからは、岸の声と南條の笑い声が重なって響いてくる。


「だから子猫はまだ早いですって!濡れたら風邪ひきます!」



「いや、ちゃんと俺が乾かすから大丈夫だ!」

みい、と小さな鳴き声も混じる。
黒い点がピョンと跳ねる。


書斎は静かに、しかし確かに、もう南條にとって必要なものだけを残していた。




「だからお断りしますよ、僕はもう筆を折ったんですから。
次作?書きたくなったら書くかもしれませんよそりゃ、作家の断筆宣言なんて政治家の公約みたいなもんでしょう。」

男はかかとをボリボリと掻きむしりながら電話を切るのだった。

窓の外には庭の木が陽光を浴び白く光っている。


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