平行線

ライ子

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第二章

妊活

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吉行は、麗とよく話し合った。でも、なかなか決断出来なかった。一度、誉と会うことにした。
誉の自宅までは、電車で小一時間ほど。閑静な住宅街にある戸建てに住んでいた。この日は、麗も一緒に来ていた。
「お邪魔します。」
「わざわざ悪かったな。」
「いや。兄ちゃん、忙しいだろ。」
まだ、里帰り中の美鈴は留守で、部屋は静かだった。
「春翔も一緒に帰ってるの?」
「うん。」
「そっか。寂しいね。」
「まあね。毎日、電話はしてるけどね。」
「美鈴さんと赤ちゃん、元気?名前は、決まったの?」
「2人とも元気だよ。名前は、葉月はづきにしたよ。」
「葉月ちゃん。可愛い名前。会ってみたいわ。」
吉行は、さっそく精子提供のことについて聞いてみた。
「でさぁ、精子提供のことなんだけど…。」
「うん。病院決めてさ、麗ちゃんのタイミングに合わせて、まずは人工授精したらどうかなって、美鈴とも話した。」
「すごく負担がかかると思います。本当に、いいんですか?」
麗が、心配そうに聞いた。
「俺達のところは、美鈴に原因があって、不妊治療してたんだ。春翔も葉月も、顕微受精で授かったんだ。」
「そうだったんだ…。」
「まぁ、わざわざ言うこともないし。」
「麗は?どう思う?」
「私は、年齢的にも、なるべく早く子どもが欲しいって、思ってます。血縁にはこだわらないけど、妊娠して子どもを産みたいって気持ちが強いです。」
「麗ちゃん、美鈴と話してみる?」
「はい。ぜひ。」
誉は、麗が美鈴に対して遠慮しているのではないかと、思って美鈴にその場で電話をかけた。
「麗ちゃん。美鈴。今、子ども達、お義母さんがみてくれてるから、ゆっくり話すといいよ。俺達、外で一服してるから。」
誉は、麗をリビングに残して、吉行を連れて庭に出た。芝生の上に、小さい子ども用の滑り台と、ジャングルジムが置いてあった。
「兄ちゃん、ありがとう。」
「まだ、何もしてないよ。」
誉は、吉行にタバコをすすめた。
「俺、禁煙してるんだ。」
「そうか。じゃあ、俺だけ吸うのも悪いな。」
誉は、そう言うと、タバコをしまった。
「吉行。子どもは可愛いぞ。」
「うん。そうだろうね。」
「もし、うまく授かったとしたら、吉行にとっては、甥か姪にあたるわけだけど、実際、一緒に暮らして、育てていけば、そんなことで全然気にならなくなる。実子としても認められるし。」
「うまくいくといいな…。」
吉行は、ジャングルジムを眺めながら、こんな小さい遊具で遊ぶんだな。と、ぼんやり考えていた。そこへ、電話を終えた麗が、庭に出て来た。
「ありがとうございました。美鈴さんと、話しが出来ました。」
麗は、誉に携帯を返すと、
「精子提供、よろしくお願いします。」
と、深々と頭を下げた。
「美鈴さんから、不妊治療のことも聞きました。身体的にも精神的にも辛いと思うけど、私はやってみたいです。」
「兄ちゃん、よろしくお願いします。」
吉行も、頭を下げた。
「やめてくれよ。いいから。」
誉は、困ったように言った。

次の月、麗の排卵日に合わせて、1回目の人工授精を行った。吉行も、麗に付き添った。
「麗、体は大丈夫?」
「大丈夫よ。1回で授かるとは、思わないけど、もし、授かったらって、思うとワクワクしちゃう。」
麗は、お腹に手を当てた。祈るような眼差しだった。
しかし、数週間後、
「吉行…ごめん。生理…来ちゃった。」
残念そうな顔で、麗は、吉行に言った。
「うん。しょうがないよ。麗が悪いわけじゃないし。」
「私、もっと体に気を使うわ。」
次の排卵日まで、麗は、食事や睡眠に気を使い、軽い運動を続けた。もちろん、調理師の仕事も無理のないようにしていた。
2回目の人工授精を行う予定でいた日の前日、誉から電話があった。
『申し訳ないんだけど、どうしても明日、出張が入って、病院にいけないんだ。』
『分かった。また、来月、お願いします。出張、気をつけて。』
麗に、そのことを伝えると、しょうがないねと、残念そうにはしていたが、また来月に向けて、頑張るぞと、意気込んでいた。
しかし、それから3ヵ月連続で、麗の排卵日と、誉のスケジュールが合わず、人工授精が出来なかった。季節は、夏からすっかり秋になっていた。
吉行は、さすがに焦りとイライラが募って来た。麗が毎月、排卵日に合わせて、薬を飲んだり、注射を打ったりして、コンディションを整えているのに、誉の協力がなければ、毎月の努力が無駄になってしまう。
そんなある休日の朝。朝食の時に、その話になった。
「吉行。そんな顔しちゃダメよ。」
「麗は、平気なの?月に1回しかないチャンスをもう3回も無駄にしてるんだよ。」
「私達は、お義兄さんの都合に合わせるしかないのよ。」
「でも、兄ちゃんから、精子提供のこと言い出したのに…。」
「まだチャンスはあるわよ。お義兄さん、忙しいだろうし、私達が文句を言う立場じゃないわ。」
「俺、何もできなくて、悔しいよ。俺が普通の男だったら…麗に辛い思いさせなかったのに。」
麗は、悲しそうな顔で吉行を見つめた。
「私は、吉行が好きよ。何も辛い思いなんてしてない。」
「ごめん…。麗…。俺、全然ダメだね。なんで、麗はそんなに冷静でいられるの?」
麗は、飲みかけていたホットミルクを置いた。
「私だって、焦りがないわけじゃないわよ。でもね、文句を言ったり、それを態度に表したところで、何も変わらないと思うの。誰もいい気持ちはしない。だから、私は、今、自分に出来ることする。それだけよ。」
「そんな…麗が、全部我慢してるみたいなものじゃないか。」
「我慢なんて、ひとつもしてないわ。だって、妊娠に備えて体調を整えるって、健康的に生活することじゃない?何もマイナスになってない。」
麗は、残りのホットミルクを飲み干すと、
「さぁ。今日は、久しぶりにデートしよう。紅葉を見に、連れてって。」
にっこり笑って、席を立った。
吉行は、心にモヤモヤが残ったが、気分転換に、出かけることにした。
最近購入した車に乗り込むと、約2時間程かけて、紅葉の名所と言われる渓谷に向かった。運転は、吉行がした。
渓谷に着くと、カップルや家族連れで賑わっていた。
「けっこう人いるね。」
「そうね。今が一番見頃なのね。」
吉行は、麗の手を握ると、ゆっくり歩き出した。
「吉行、もし、赤ちゃんが出来なかったら、どうする?」
「え?」
「養子を迎える?」
「どうかな?まだ分からない。」
「妊活するのは、1年にしようって言ってたけど、その先のこと、話してなかったなぁって…。」
「そうだな。俺は、麗とふたりでずっと暮らしていけたら、それでいいかも。」
「そう。」
「麗は?」
「私は、子どもが欲しい。だから、赤ちゃんかできなかったら、養子を迎えたい。」
麗の言葉から、強い決意が伝わって来た。しかし、吉行にはそこまでの覚悟がなかった。
「なんで、そんなに子どもにこだわるの?」
「やっぱり…お母さんになりたいよ。私が調理師の免許とったのも、将来、家族ができたら、美味しいご飯を作ってあげたいって、思ったからなのもあるのよ。」
「俺が、まだまだ子どもだから、麗みたいな覚悟ができない。ごめん。俺、最近こんなんでダメだね。」
「ダメじゃない。そんなふうに言わないで。意見が食い違うこともあるわよ。だから、時間かけて話し合おう。でも…疲れちゃうから、今日は、ここまで。」
麗は、にっこり笑うと、吉行の腕を組んだ。
その夜、誉から、次の麗の排卵日には、都合がつきそうだと、連絡があった。
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