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2話

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 ヴァード・クトリフ侯爵と一方的な婚約破棄になって数日……お父様にそのことを伝えたけれど、私は責められることはなかった。まだ冗談なのかと思える雰囲気……でも、婚約破棄の手続きは着々と進んでいるようで。


「ヴァード様は慰謝料を支払わないらしい。抗議をしているが……彼が首を縦に振ることはないかもしれんな」

「お父様……そうですよね。私の時にも一切支払わないと言っていましたので……」


 お父様である、ラクーダ・ミストも困ったような表情をしている。交渉はしてくれたようだけれど、あまり芳しくはないようだ。


「このままではマズイ……これではセシルが婚約破棄をされただけであるという噂が立ってしまうだろう」

「うっ……確かに……」


 婚約破棄の事実は私に少なからずのダメージを負わせている。しかも、貴族全体にも知れわたる形で。それだけは何としても避けたかったけれど、ヴァード様は侯爵でありその権力は絶大だ。逆らうことも難しいし、おそらくは噂はヴァード様からいいように伝わっていくのだろう。ヴァード様の態度を見ていると保身のために全力で私を犠牲にすることは想像できたからだ。

「ふざけている……こんなことが許されて良いはずはない! だが……」

「相手がヴァード様では……」


 私もお父様も顔が曇ってしまった。どうすることもできないのか……婚約破棄は良いとして、彼からなんとしても慰謝料を取りたい。こういう時に相談できる相手は……。


「あ、あの……ラクーダ様! お客様が参られました!」


 そんな時だった。私とお父様が話している応接室に使用人が入って来たのは。かなり焦っている様子だ。どうかしたのかしら……お客様がどうとか言っているけれど。

「一体、どうしたと言うのだ? 今日は客人の予定はないはずだが……誰だ?」

「そ、それが……アロン・マクレガー第三王子殿下です! お通ししてもよろしいでしょうか? どうしても話がしたいと仰せでございまして……」

「アロン……て、あのアロンのこと……?」


 アロン・マクレガーと聞いて私は一人の人物を思い出していた。第三王子殿下であるアロン様のことだ。その昔仲良くしていた相手であり、幼馴染というやつだったりする。でも、このタイミングで来るということは……偶然じゃないわよね?


「もちろんだ。すぐにお通ししろ。この応接室にな」

「畏まりました、ラクーダ様!」


 使用人は焦りながら敬礼をすると、すぐに出て行った。アロン・マクレガー王子がいきなり訪れた……なんだかとても緊張してしまうわね……。
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