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32話 断章 神官長の進撃
しおりを挟む「サイトル遺跡のドラゴンゾンビ……レベルは150といったところか。こんなものか」
ミルドレアはため息をつきながら、ドラゴンゾンビの亡骸に目をやった。神聖国の図鑑には記されていたが、レベルの表記はない。ミルドレアがサーチの魔法で大体の戦力を初めて計測したことになる。
レベルは基本的に魔法やその者の勘で計測していくが、多少ずれることもある。ただし強者に近づくほど、その精度も上昇するようだ。
レベル150……通常状態のグリーンドラゴンを上回る程の能力だが、ミルドレアの御眼鏡には適わなかったようだ。
「ミル、終わった?」
「ああ、エスメラルダ。俺の防御はこのモンスターも貫通できなかったがな」
「信じられない……レベル150のモンスターを相手に」
ミルドレアは自らの周囲に張っているバリアを解いてドラゴンゾンビを見ていた。エスメラルダも消えていくドラゴンゾンビを見ていたが、ミルドレアはどこか悲しげな表情をしている。
「そういえば、あなたは全力を出せない日々を送っていたんだっけ。羨ましい才能ね、一度でいいからそんなことを言ってみたいわ」
同じ神官長という任についているエスメラルダだが、彼との実力差は以前から感じと取っていた。圧倒的な能力から、フィアゼス信仰には否定的な神官長。アルトクリファ神聖国としてはミルドレアの考えは許されることではない。
しかし、彼の能力はそんな国家の基本理念すら打ち破るほどであった。大神官を守る護衛としてこれほど安心できる存在はいない。さらに、与えられた任務を忠実かつ完璧にこなす技術も兼ね備えており、ミルドレアは現在の地位を各個たるものにしていた。
「さて、次は……サイトル遺跡の最下層の隠し扉だな。その次は、いよいよオルランド遺跡だ」
ミルドレアは隠し扉が記された古い地図を広げた。現在のサイトル遺跡にはあと1つ、誰も入っていないエリアがある。だが、サイトル遺跡のレベルを考えても残る1つの隠しエリアに自らの本気を引き出せるモンスターがいることは考えられない。彼はそのように思っていた。
そう考えると現在、最下層を攻略中とされているオルランド遺跡に興味が出てきた。Aランク以上の冒険者でないと立ち入りを許されない危険地帯。最下層である8階層には強力なモンスターが居る可能性が高いのだ。
「そして、その最深部にそびえる隠しエリア……今までとは一線を画すエリアだな」
「オルランド遺跡の隠しエリア……確かに、広さも相当あるみたいだしね」
エスメラルダは、ミルドレアの広げる地図を見ながら、自分が居る隠しエリアと比べた。ドラゴンゾンビのいたエリアも相応の広さはあるが、オルランド遺跡のエリアはその数倍はあるようだ。
「どんな宝が封印されているのかしらね。不適切だけど、楽しみね」
「ドラゴンゾンビの守っていた腕輪はフィジカルアップの魔法をかけ続ける効果のある「剛腕の腕輪」……なかなかの宝だな。しかし、これらは過去の英雄の持ち物だ。本来なら、これはただの盗人の行為……墓荒らしと変わらん」
「冒険者の行動を完全否定よね、それ」
ミルドレアはこの宝の奪取に関しても否定的だ。1000年前の物とはいえ、個人の持ち物である。彼としては、墓荒らしをしたいわけではないのだ。
彼は本気で戦える相手を望んでいた。とはいっても殺人者になりたいわけでもない、そういう意味合いではモンスターというカテゴリを相手にするのは非常に彼の望みと符合するものだった。
「ミル、戦いたいなら賞金首を倒すというのもあると思うけど」
「そこらの賞金首など、モンスターよりさらに弱い。かといって、Sランク冒険者を理由もなく襲うわけにも行くまい」
賞金首の多くはミルドレアからすれば、ただの犯罪者程度でしかない。強さが保証されているアーカーシャの上位冒険者を襲うというのも彼は考えない。彼は基本的には善人の立場だからだ。
「さて、もう一つの隠しエリアに行くとするか」
ミルドレアは剛腕の腕輪を取り、ドラゴンゾンビのエリアから出て行った。エスメラルダも慌てて彼に付いて行く。
「私たちの図書館に収められている書物にも出ているけど、あのモンスターを探しているの?」
「どういうことだ?」
「フィアゼスの直属の配下として活動していたモンスター「鉄巨人」。それを複数体使役して、各地を滅ぼしたとされているでしょ」
ミルドレアはその事実に頷きで答える。現在の神聖国に存在する図鑑の中で、鉄巨人と呼ばれるモンスターはフィアゼスの直属の配下として認識されている。一説には、片腕ではないかとの憶測も出ているのだ。
表記されているレベルは驚きの400。ハイパーチャージを行っている状態のグリーンドラゴンですら全く及んでいない強さを誇る。確かに、ミルドレアはその存在との戦いを待ちわびているところがあった。ドラゴンゾンビなどとのバトルはあくまでも肩慣らしに過ぎない。もちろん、出会えるかどうかなどは、予想がつかないが。
「鉄巨人……そのクラスであれば、俺の本気も引き出してくれるかもな」
鉄巨人を想定しても怯む様子を見せないミルドレアには、さすがのエスメラルダも頭を抱えた。しかし、その背後からでも感じ取れる、裏打ちされた強者の雰囲気に、彼女の心には恋にも似た感情が芽生えていた。
「はあ……恋は盲目なんてね。パートナーってやっぱりこうなるのかしら?」
「なにか言ったか?」
「いいえ、なんでも」
ミルドレアの質問を軽くいなしたエスメラルダ。歩幅を早め、ミルドレアと並んで歩き出した。彼女は緑色の髪をヘアバンドで整えており、その部分を少し強調して歩いてみたが、ミルドレアは特に気にしている素振りはなかった。
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「それにしても、グリフォンの件は驚きだ」
「そうね、私が貸してあげた時点では生きていたはずだけど……あの後、アルゼル・ミューラーは死んだのよね。私のグリフォンも含めて」
その後、彼らはサイトル遺跡の最深部を目指して歩いていた。時間軸としては、丁度この時は大河内 悟が転生されて来た頃に該当している。あのグリフォン騒動から2週間、彼らもその間に台頭した「シンドローム」という冒険者パーティを警戒していた。
「未だに素性は不明の連中……か」
「わかっているのは、アルゼルを殺し、私のグリフォン5体を倒せるだけの実力があるということね」
彼らの情報網にも、「シンドローム」のパーティは入っていたが、素性まではまだわかっていないようだ。
「さて、開けるぞエスメラルダ」
「いいわよ」
そんな会話をしている中、サイトル遺跡の最深部に到着した。特殊な手順をこなし、サイトル遺跡第5階層の隠し扉は開かれて行く。その先は石造りの外壁をした空間。いくつかの柱は見て取れるが、なにもない広い空間となっていた。
隠し扉の前のエリアと比較すると、天井が数メートル高くなっている。特に今までの隠しエリアと比較しても変わった様子の部屋ではない。
「あ、宝箱あるわね」
「まあ、迂闊に近づくのは危険だな」
隠しエリアは例外なく、トラップとしてモンスターが出現している。隠しエリアでなくても、宝を守るモンスターは遺跡の定石だ。
そして、隠しエリアの宝箱の前、その定石トラップは発動したのだ。なにもいなかったはずの場所に突如として現れた二つの影。獅子のような顔に羽、トカゲのようにしなやかな尻尾を纏ったモンスター、キメラがそこには居た。
「キメラ……たしか、レベルは140…。しかし、2体同時か」
1体としてのレベルはドラゴンゾンビにわずかに劣るが2体同時出現になると、危険度はさきほどよりも高い。単純に2倍の能力になるわけではないが、ドラゴンゾンビにぎりぎり勝てる程度では、勝ち目は薄いと言えるだろう。
しかし、ミルドレアは無表情、というより生気の抜けたような表情になっていた。
「通常の冒険者であれば、死は確定だっただろうが……やはり、この遺跡には期待できなかったな」
ため息をつくミルドレアを前に、2体のキメラはそれぞれ鋭い爪を振るってきた。その速度と破壊力は、多くの冒険者が死を覚悟する一撃だった。
しかし、当然の如くミルドレアには届かなかった。背後に立つエスメラルダはわかってはいても冷や汗を流してしまう。彼を包むバリアはキメラの攻撃を完全に防いでいたのだ。
「やはりこの程度か……それとも、もう少し待てばお前たちは俺の防御を貫いてくれるのか?」
静かな物言い。言葉は通じないであろうキメラに敢えてミルドレアは話しかけたのだ。キメラのその後の連続攻撃も、全くバリアを貫く様子を見せない。キメラ自身、驚き慄いている様子さえ見せていた。
「やはり無駄だったか。それでは倒すとしよう」
ミルドレアは手にオーラを集中させた。そして生み出された光の玉は一体のキメラに向かって飛び出した。
「ガアアアア!」
高速の光の玉はキメラに衝突と同時に爆発を起こし、キメラを吹き飛ばす。そして、もう一体のキメラは、ミルドレアが生み出した氷の槍によって貫かれていた。槍で貫かれたキメラはその場で絶命した。
もう一体のキメラはなんとか起き上がるが、もはや瀕死の状態だ。だが、その状態でもキメラは果敢に攻めてくる。
「モンスターにしては大したものだ。死んでも宝は守ると言うことか」
そして、キメラは今度は鋭い牙でミルドレアを攻撃した。当然バリアを貫通することはできない。ミルドレアは、先ほどのキメラを殺した氷の槍で串刺しにしようと試みた。だが、
「ん? エスメラルダ、離れろ!」
ミルドレアの怒号が飛ぶ。背後にいたエスメラルダはすぐにその場から退避した。そして、キメラを中心に大爆発が周囲を襲った。渾身のモンスターの自爆だ。かなりのエネルギー量なのか、周囲の外壁が音をたてて崩れて行った。
「ミル! ミル!」
煙によって視界が効かない状態は、すぐには晴れなかった。エスメラルダに心配の気持ちが出てくる。相当な爆発……いくらミルドレアといえ、至近距離で受け過ぎたのだから。
「宝の中身は短剣だったぞ。なかなか、レアな品かもしれん」
そんなエスメラルダの心配をかき消すかのように、ミルドレアはまだ晴れぬ煙の中から姿を現した。その様子には、さすがのエスメラルダも度肝を抜かされた。傷はもちろん負っていない。それどころか、彼を覆うバリアは無傷で残されているのだ。さらに、宝の奪取も終えているようだ。
「ミル……無事なの? あの規模の爆発の直撃を受けて……!?」
「ああ、敵ながら天晴れだ。忠誠心の高さとでも言えばいいのか、自爆攻撃をしてくるとはな。しかし、俺のガードを貫通するには足りなかったようだ」
キメラに一定の評価を下しながらも、ミルドレアは平然と言ってのけた。自らの全力を引き出せない相手への不満と、自らの力への自負。相反する感情を彼は持ち合わせている。
同じ神官長であるエスメラルダも、今日ほど彼を怖いと思ったことはなかった。規模としてはそこそこの爆発ではあるが、明らかに収束された大爆発だ。その収束された威力がどの程度のものかというのは、彼女にもよくわかっていた。
そんな爆発を受けても無傷の強さ。それどころか、本気をすら出していないミルドレア。彼の持つ強さが、どれほどのものなのか……エスメラルダの予想をはるかに超えていると言えるのかもしれない。
「ミル……あなたって、怖いわ……」
「褒め言葉として受け取っておこう」
ミルドレアは不敵に笑いながら、腰を抜かしているエスメラルダに手を差し伸べる。その手を持って、彼女は立ち上がった。爆発の衝撃で付いたほこりを簡単に払い落としながら。
「この短剣は相当な能力が込められているかもしれん。国に戻って解析するか」
「そうね、ところで今回はここまででしょ?」
「ああ、その前にサイトル遺跡の隠しエリアを開放したこともアーカーシャの冒険者ギルドに言っておいてやるか」
「律儀ね、あなたって」
エスメラルダはミルドレアを見つめながら笑っていた。彼にはこのように律儀な部分もある。自らが解放したことで、強力なモンスターが周囲に発生する可能性を考慮しているのだ。二人はまだ爆炎の煙が収まらない中、その隠しエリアを後にした。
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