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『はじまりの町』ベイレフェルト

09.最強の護衛

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 数本ばかり歯の抜けた口で汚い笑い声をあげる人間の男と、そのすぐ後ろで大きな杖を持つエルフの男。
 そのふたりよりも少し退がったところにいるのは、ミゲルもナツメも知った顔だった。

「クロマツ、イヌマキ、友だちは選びなさいよ」

 ナツメと視線を合わそうとせず、浮かない顔で足もとばかり見ているのは、彼女の弟子でもあるクロマツとイヌマキだった。

「お師さん……」

 誰にも聞こえないほど小さな声でクロマツが呟く。

「隣国から賢者の石を持ち帰った赤髪の錬金術士、お前は知らないだろうが裏社会でその首には懸賞金がかかってるんだよ」

 歯の抜けた男はそういいながら、腰に差した剣を勢いよく抜きとる。

「私が護衛を頼みたい理由、なんとなくわかった?」
「ああ、大体把握した」

 部屋の隅で揺れる炎に銀色の刃をギラつかせる男をじぃっと見つめ、ミゲルは納得したように首を大きく頷かせた。
 男のいうナツメの首にかかった懸賞金とやらが、彼女が都を目指すために護衛を必要とした理由に違いない。
 それを理解するなり、ミゲルは右手で器用にくるくると木の棒を回転させはじめた。

「つまり金に目が眩んだ弟子たちに裏切られた、と。それとも最初から私のことなんて、なんとも思ってなかったのかしら」

 そういって、ナツメは自分で自分を嘲笑う。

「師匠なんていわれて良い気になって、本当に滑稽ね」
「さあ、賢者の石を渡してもらおうか」

 剣の切っ先をナツメに向け、一歩ずつ近づいてくる男。

「欲しいなら力づくで奪ってみなさいよ、絶対に渡さないから」

 随分な余裕を見せるナツメを守るようにしてミゲルが彼女の前に立つなり、男はまたゲラゲラと汚い笑い声をあげた。
 それもそのはず、護衛と思われるミゲルが持っているのはただの木の棒。

「そんな棒切れで、どうするつもりだ?」

 そんなものを武器だと言い張るのならば、男には鋭利に研磨された剣の刃で斬り刻むことのできる絶対的な自信があったのだ。

「悪いがこちとら殺しに関してはプロでね、プロは道具にもこだわるものさ。この剣は王国屈指の錬金術士がつくった、世界に十本とない伝説の────」
「ヨイショっ!」

 刹那、ミゲルの振るった木の棒の先端が男の顔面を捉えた。
 まだまだ七歩八歩分くらいは離れていたはずの距離は瞬きするあいだに縮まり、口のなかに残った歯を全てへし折ってしまうほどの一撃が男の体を壁際まで吹き飛ばす。

「すまん、長くなりそうだったから、つい」
「話くらい最後まで聞いてあげなさいよ」

 折れた歯と赤い血が周辺に飛び散るなか、ナツメは呆れたような口調でミゲルの大きな背中にいう。

「初対面のヤツの知らん自慢話なんて、地獄でしかないだろ」
「あー、たしかに」

 自慢話の途中で気絶するほどの一撃を喰らった男には少しばかり同情していたナツメだったが、両手を叩きあわせて何度も大きく頷いた。
 しかし安堵していたのも束の間、既に身を引いてミゲルとの距離をとっていた杖の男が自身の周りにいくつもの光球を出現させていたのだ。

「ふん、相手を甘く見るからそうなる」

 壁際で倒れる男を鼻で笑い、エルフの男は杖さきをミゲルたちのほうへかざす。
 ひとつひとつの光球は、爪ほどの小さなもの。しかし問題なのは、エルフの男が出現させた数。

「二百もの弾を、どうかわす!」

 そう強く放った言葉を引き金に、二百の光球がミゲルたちへ襲いかかった。
 ある光球は直線を描き、ある光球は上下左右に曲線を描き、数多の方向から襲いくる光球。
 しかしミゲルは顔色ひとつ変えず、棒の中心を持ってまたくるくると回転させてみせた。

「なんでわざわざ避けなきゃなんねえんだよ、このタコ」

 手もとで回転させながら振るわれる木の棒は、あらゆる方向から飛んできた光球をひとつもこぼすことなく、打ち返していく。
 木の棒が光球を捉え続けること、全部で二百回。
 ミゲルたちは無傷のまま、地下室の壁には二百の小さな穴があいていた。

「バカな、貴様何者──」

 ミゲルとの距離は、おおよそ二十歩分。
 しかしそれだけの距離があったにも関わらず、木の棒を剣のように持ち替えたミゲルの一撃は男の体をしっかりと捉えていた。

「赤髪の錬金術士殿の護衛、だってさ」

 とはいえ、ミゲルはその場から一歩も動いていない。
 男の体を斬り裂いたのは、ミゲルが振るった木の棒の先端から飛びだした真空波。

「なるほど、あの真空波は威力を調整できるのね」

 ナツメが見る限り、ミゲルが今放った真空波は与える傷も浅く、ゴーレムごと森を真っ二つにした真空波に比べれば、かなり威力が弱くなっている。
 それは大方、ミゲルが対人用に威力を調整したものなのだろう。

「あの強度のゴーレムを倒したときから、わかってはいたけど」

 素直に彼を褒めれば、マウントをとられるかもしれない。
 それこそ、「初対面のヤツの知らん自慢話」とやらがはじまってしまう恐れだってある。
 なにより、それを報酬の話に結びつけられたら面倒なことこの上ない。

「やっぱりコイツ、めちょくちゃ強い」

 だからナツメは、心のなかだけで抑えられないほどの驚きを、ミゲルの耳に届かないほど小さく細い声にした。
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