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『傭兵の街』ストラッケン

12.嫌いなヤツ

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 ヨナの頬を捉えた木の棒を思い切り振り抜けば、彼女の小さな体は容易く宙を舞い、酒場の壁を突き破った。
 突然やってきた男が、自身の胸ほどまでしか背丈のない少女の顔面を木の棒で叩いてふっ飛ばしたのだから、周囲は騒然。
 野次馬たちも、ナツメも、ヨナに絡んでいた屈強な男たちも、皆が皆驚きのあまり硬直してしまう。
 しかし、ヨナの後ろで彼女の存在感の陰に隠れていたエルフの女だけは、違う意味で驚いていた。

(不意打ちとはいえ、あのヨナちゃんがまともに喰らうなんて)

 それもそのはず、ヨナと付き合いの長い彼女の知る限りで、ヨナがまともに誰かの攻撃を喰らったことなど滅多にない。
 少なくとも、彼女の記憶のなかで一番新しいのは国の兵士二十人ほどと揉め事になった時くらいだろうか。
 とはいえ、国を守る兵士が二十人も揃ってヨナへまともに攻撃が通ったのは一度だけ。あとは二十人まとめて、たったひとりで片づけてしまった。

「急にでてきて、なにさらしてくれとんじゃボケ」

 木片を散らして素早く跳ね起きたヨナ。
 その姿は頭から血を流しながらも、殴られた痛みを少しも感じさせない。

「弱い者イジメは見てらんねえタチでさ」
「アンタん目は節穴か! 女がひとりで男に囲まれとったら、こっちに味方するんが普通じゃろがい!」

 ヨナの訴えはもっともで、ナツメも周囲に集まっていた野次馬たちも、腕を組んで「うんうん」と頷いた。
 しかしヨナを殴り飛ばした張本人であるミゲルだけは、不思議そうな顔で首を傾げる。

「なにいうとるか分からんっちゅう顔すな! アホか!」
「だってお前、どう考えたって弱い者イジメしてんのはお前のほうだろ」

 刹那、ミゲルの背後で男たちの眉間がピクリと動いた。
 彼がなにを言わんとしているのか、すぐに悟ったのだろう。

「このガチムチどもが束になったって、お前のが強いんだろ? キツネっ
「アンタおもろいこというなぁ。あとキツネっちゃうわ、ヨナ・ビスティアじゃ」

 額から血を流しながらケラケラとおかしそうに笑うヨナ。
 彼女がその場で鋼鉄の左腕を振るうと、手首の部分からひどく鋭利な鉄刃が飛びだしてきた。

「筋もええしの、アンタのほうに興味がわいたわ」

 嬉しそうに柔らかい毛で覆われた尻尾を躍らせ、ヨナの小さな足が地面を蹴り飛ばす。
 あまりの素早さで、消えたように見えるヨナの踏みこみは一瞬にしてミゲルとの距離を縮め、左手首から飛びだした鋭利な刃の切っ先が的確に肉を捉えた。
 肉を食い千切り、血管を打ち破り、飛んできた血が顔につくとヨナは嬉しそうに笑う。

「なんじゃ、バレとったんかい」

 ヨナの突きたてた鉄刃が捉えたのは、ミゲルの後方で剣を振りあげていた男の肩だった。

「まあ、俺のほう見てなかったし」

 貫通するほど深く突き刺さった鉄刃を素早く抜き取れば、大量の血と悶絶する男の声が飛散。
 あまりの痛みに男は一度振りあげた剣を地面に捨て、膝から崩れ落ちてしまう。

「テメェら、青髑髏あおどくろに楯突いた代償は高くつくぞ!」

 ひとりの男の雄叫びとともに、武装した男たちは一斉にミゲルとヨナめがけて襲いかかる。

 ────が、結果は最初から見えていた。

 ミゲルの見立て通り、ヨナはひとりでだって飛びかかってきた男たちを返り討ちにすることができる。
 それにミゲルも加って十人余りの男たちが全員地面に伏せるのは、本当にあっという間の出来事だった。

「青髑髏ってなんだ? なんか、かっこいいなソレ」
「青髑髏傭兵団、このへんで幅利かせとる傭兵の集まりじゃ」
「コイツらが、その青髑髏傭兵団とかいうヤツか」

 あまりにもすぐに片付けてしまうものだから、野次馬たちも驚きのあまり言葉がでない。
 なかには、ヨナとミゲルの力が恐ろしくて逃げるように去っていく者だっていた。

「ブルースカルの刺青がその証じゃ」

 気絶して寝転がる男のひとりを蹴飛ばし、強引に仰向けにさせたヨナがその顔面を指す。
 生身の右手の指が向かう先にあったのは、男の頬に彫られた葵頭蓋骨の刺青。
 これが彼女のいう、「ブルースカルの刺青」というものなのだろう。

「お、お……覚えていろよ! この借りは必ず返すぞ!」

 驚きのあまり立ち尽くしていた恰幅のいい男は我にかえるなり、そんなお決まりの捨て台詞を残して逃げていく。

「随分と嫌われてるみたいだが、なにしたんだよ」
「ワシらんこと傭兵じゃからゆうて見下しおったから、アンタの仕事なんか死んでも受けんわ言うただけじゃ」
「なるほどな」
「自分が偉い思うて他人を見下すヤツは好かん、あん商人はワシの嫌いなヤツそのもんじゃ」

 ヨナの話で大体の事情を察したのか、ミゲルは何度も深く頷いた。
 そんな頷くミゲルの顔を、ヨナの鋼鉄の拳が捉える。
 不意に、そして迅速に放たれた拳をかわす術も防ぐ術もなかったミゲルは血を吐き、大きくバランスを崩した。

「ったぁ! なにすんだよ!」
「さっきのお返しじゃ、アンタもワシとやるゆうんなら歓迎するで」

 体が崩れる寸前のところでなんとかバランスを保ち、体勢を整えたミゲル。
 その闘志に満ちた眼差しが、ヨナの小さな体を捉えた。

「上等じゃねえか、娘っ子だからって容赦するつもりはねえぞ」
「そらこっちのセリフじゃ、死んでも恨みっこなしやで」

 今にも掴みかかりそうなふたりの視線が、火花を散らしてぶつかりあう。

「あんたら仲良いのか悪いのか、どっちなのよ!」

 しかし誰よりも早く手をだしたのは、ナツメだった。
 ふたりの間に割って入るや否や、ふたつの顔面をふたつの拳で思いきり殴りつける。

「お前もなにすんだよ! 男と男の勝負に水をさすんじゃねえ!」
「ワシは女じゃアホ!」

 そういって殴られた頬を抑えながら顔をあげたヨナは、ナツメの姿を見るなり、握った拳の力を緩めた。

「なんじゃ、錬金術士様やないか。こんなとこで会うとは奇遇じゃのう」
「久しぶりね、ヨナ。それからトネリコ」

 ヨナと、それから彼女の後ろで大きなため息をこぼすエルフの女・トネリコを赤い瞳で見つめ、ナツメはさらに口をひらく。

「こっちのミゲルは今の私の護衛よ」
「どうりで筋がええワケじゃ、錬金術士様はええ傭兵つかまえたの」
「ナツメ様の護衛ですか、それならお強いのも納得です」

 女三人集まり、なにやら親しげに会話をはじめるが、当然のようにミゲルは蚊帳の外。
 ヨナもトネリコというエルフの女性も、今日会ったばかりの彼女たちと親しく話すナツメの後ろ姿を、ただ不思議そうに見つめていた。

「ナツメ、その人たち知り合いなのか?」
「ええ、少し前まで私の護衛をやってたふたりよ」

 ナツメの知人ということで、すっかり戦う気を削がれてしまったのだろう。
 握っていた木の棒を腰巻きに差したミゲルの無気力な視線が、ヨナとトネリコのあいだを行ったり来たり。
 まるで子どものような容姿のヨナと大人の色気漂うトネリコは、種族こそ違えどまるで親子のよう。

 しかしそれを口にすればまた争いの種になるだろうと、ミゲルは強い意志で口を閉ざした。

「ワシのこん腕は錬金術士様につくってもろうたもんじゃ、そん恩人の護衛なんじゃったら一発殴ったぐらい大目に見たるわ」
「いやいや、俺もその錬金術士様のつくった鉄でぶん殴られたんですけど、めっちゃ痛かったんですけど」

 殴られて腫れる頬を抑え、ミゲルが小さな声でボヤく。

「ヨナちゃんと一緒にフリーの傭兵をしています、トネリコと申します」
「えっと、よろしくお願いします」

 ヨナとは対照的に、態度も言葉遣いもすべてが優しいトネリコ。
 グラマラスな体のうえにちょこんと乗った小さな頭を下げた瞬間、ちらりと衣の隙間から見えた豊満な胸の谷間をミゲルは見逃さなかった。
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