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『傭兵の街』ストラッケン
13.ヨナとトネリコが なかま になった。
しおりを挟む「ここにおるっちゅうことは、賢者の石は──」
「ヨナちゃん!」
ヨナの口から飛びだした単語に誰よりも素早く反応し、小さな口を抑えたのはトネリコ。
ヨナやミゲルと違ってそれなりの知識を持っている彼女には、「賢者の石を持っている」ということがどういうことか想像に難くなかったらしい。
「おう、悪かったの」
とはいうものの、表情や態度には一切悪びれる様子のないヨナを前に、ナツメは呆れ混じりのため息をついた。
「別にいいわよ、こっちも命を狙われるなんて大前提だから護衛をつけてるワケだし」
「流石、国王より勅命を授かった錬金術士様ですね」
「ただの使いっ走りよ、そんな大層なものでもないわ」
目の前には入り口が壊れた大衆酒場、そして後ろには物珍しそうに四人を見つめる野次馬たち。
どうも自分に注がれる無数の視線が気になるようで、ナツメはキョロキョロと辺りを見渡した後、嫌悪に顔を歪めた。
「それじゃ、私たちはこれから未調査領域にいくから」
すぐ隣にいたミゲルに「いくわよ」と小さな声でいうと、ナツメはこの場から逃げるように早歩きで去っていく。
ミゲルもナツメの背中を追って一歩踏みだすが、
「待ちぃな」
ヨナのがふたりを呼び止めた。
「丁度ワシら、仕事も金もないんじゃ。付き合うで」
突然の提案に、ナツメもミゲルも顔を見合わせて首を傾げる。
ナツメの元護衛というからには信用できる人物なのだろうが、ふたりの抱いた疑問はそこではない。
「いや、お前さっきあのデブ商人の仕事断ったって」
「もしかしてあんたら、金がないのに仕事断ったの?」
全く同じタイミングで振り返ったふたりの質問に、「そうじゃ」と無い胸を張るヨナ。
その隣では、トネリコが申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。
「都の錬金術士様の護衛じゃ、報酬も期待しとんで」
ナツメの返事も待たずして、すっかり護衛になった気でいるヨナ。
その顔はケラケラと楽しそうに笑い、呆然と立ち尽くすナツメとミゲルの隣を通り過ぎていく。
「おいおい、どうすんだよ」
騒ぎもおさまって、散り散りになっていく野次馬たちを横目に、ミゲルはナツメに問いかける。
ミゲルもまた、あくまでナツメに雇われている身。誰を護衛とし誰を拒むか判断できるのは、ほかでもない彼女だけ。
「ヨナもトネリコも傭兵としてのウデは間違いないから、いいんだけど……」
「いいんだけど?」
「このメンツで旅するの、正直不安だわ」
「わかるぜ、その不安」
腕を組み、大きく頷くミゲル。
青髑髏の傭兵たちとやりあっていたヨナの姿を見れば、その実力に非の打ちどころがないのはミゲルも同意だったが、やはり気がかりなのは初対面でもわかる彼女の気性の荒さだ。
ふたりして頭を抱えていたのを察したのか、とことこ歩み寄ってきたトネリコがナツメたちの顔色を伺いながら口をひらく。
「ナツメ様のことは勿論のこと、ヨナちゃんはあなたのことも認めてるみたい。あの調子で仕事を断っちゃうから、私たちの金銭事情もかなりヒドいのよ」
「トネリコさんだっけ、あんたも大変なんだな」
勝手に護衛をさせられるうえに、報酬はナシ。
そんなふうに誰かに振り回されるという大変さを最近よく知ったミゲルはトネリコに同情し、深く頷いた。
どうもミゲルのその様子が気に入らなかったのだろう、ナツメは彼のすぐ隣で不機嫌そうに顔を歪める。
「でも根はすごく可愛い子だから、私共々よろしくね」
そういって頭をさげたトネリコから、まるで花の蜜のような甘い香りが漂った。
大胆にひらいた胸もとから見える豊かな谷間。
薄桃色のやわらかそうな唇。
艶やかな長い金髪を、ツンと尖った耳にかける仕草。
とにかくトネリコのすべてにミゲルは魅了され、その存在に心が満たされていく。
「ひとつ伝え忘れてたけど、コイツ私を犯そうとした変態だから気をつけといたほうがいいわよ」
当然、隣にいたナツメはトネリコの胸もとに吸い込まれるミゲルの下心丸出しの視線に気がついていたし、彼の周りに漂う幸せな雰囲気も察していた。
それがどうしても面白くなかったのだろう。嫌悪をにじませた顔で、ナツメはトネリコに忠告する。
「あら、そうなの」
しかしナツメの想像に反して、トネリコの反応は薄かった。
それどころか、おかしそうにクスクスと笑う始末。
「あれは事故だったって和解したろ!」
「した覚えないわよ!」
事情を察しているのか、それともそんな最低なことさえ受け入れてくれる人なのか。ミゲルとナツメには、その笑顔の奥がまったく見えなかった。
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