G.F. -ゴールドフイッシュ-

筆鼬

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G.F. - 吉転魚編 -

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扉を静かに開き、アンナさんがその真っ暗な室内の照明のスイッチに触れると…ようやく室内の様子が照らし出された。

そして誰よりも先を急ぐかのように、カメラスタッフさんがその《特別客室》へと飛び込む。


『えっ?な、何ですかこれ…』

『凄ぇ…おい、何だこの部屋…』


次に室内へと入ったマイクスタッフさんも、驚きながらぐるりと見回す。



…そんなに広くはない《特別客室》。狭くもないけど。
部屋中が赤と黒の二色…とても怪しい雰囲気が漂っている。
ちなみに窓はない。

壁は上半分が赤で、下半分が黒のグラデーション。

天井を見上げると…全体が黒一色で、天井の中央には真っ赤で大きな4つの薔薇。
そして、その薔薇の周りをひらひらと飛ぶ、象牙色の蝶たち…。

室内には、カット席が1つだけ、ポツンと。
その正面には大きな鏡と、その鏡を囲むように、ぐるりと幾つかのLED照明。

更にその部屋の奥隅には、メイク道具がびっしりと並んだ2つのワゴンが、ひっそりと置いてある。
それと小さな洗面台。


『…おっと!』


カメラスタッフさんは、急に我に返ったかのように、慌ててその天井や壁の撮影を始めた。
すると…。


『おぉ。何だか面白いねぇ。凄いねその部屋』


ロケ車内のモニターで、撮影の様子を見ていたプロデューサーさんの感嘆の声も聞こえた。


『私も…こんなに、この部屋をじっくりと見られたのは初めて。覗くのも禁止よって、ずーっとアンナさんに言われてたから』

『えっ?』


そう告げた詩織を、目を丸くして見るADのお姉さん。

そうだったんだ。詩織。
だからいつも金魚を待ってくれてたときは、向こうの店内で大人しくソファーに座って、ノートパソコンをずっと見てたんだ…。


『それにしても…本当に、あちらの白くて明るい店内とは、雰囲気が全然違いますね…』

『えぇ。この特別客室は、使い用途がなかった空き部屋を改装して、で作った接客室なんです』


なんとも言えない表情でそう語ったアンナさんの言葉を、ADのお姉さんもまた不思議な表情で迎えて頷いた…?


『趣味…ですか…』

『やっぱり、変だと思います?』

『いえ!そんな…』
『変というか、魔術とかの儀式をするための怪しい部屋、みたいな…』

『あはは』


アンナさんとADのお姉さんとの会話に急に割り入ってきた、マイクスタッフさんの言葉を聞いて、アンナさんは少しだけ笑った。

僕をこの席に座らせて、常軌を逸した異様な儀式を…みたいな?えぇ…。


『したことありません。ここでそんな儀式なんて。私は魔女じゃないんだし』


…そう言われてみると、アンナさんが魔女に見え…なくもない?
だって、アンナさんには他の女性とは違う妖しい美しさがあるし、アンナさんのあの凄いメイクテクニックは、まさに《魔法マジック》って感じだから。


『この特別室に皆さんをお誘いしたのは、ここで私が実際に信吾くんに《金魚メイク》をしてあげていた、特別な場所だからです』

『あー。そういうことですかぁ!なるほどです』


アンナさんの説明に、納得した様子のADのお姉さん。
だけどすぐに…。


『怪しい赤と黒の部屋…ん?赤…黒…どこかで見…あっ!!』


…?
ADのお姉さんが、急に叫んで僕を見た…?


『岩塚さん、ちょっと顔…右を向いてみてください』

『えっ、はい』


言われたとおり、僕が右を向くと『ほら!やっぱり!』って。ADのお姉さん。


『棚田くん、ここ撮って…ここ。岩塚さんの左耳に付けてる金魚のピアス、この部屋と色が同じ!』


カメラスタッフさんが、僕の左耳をズームアップして撮影する…。
今、カメラで撮られているのは…僕の耳元で揺れている、金魚ピアスの《赤姫と黒介くん》。


『まさか…これは、そういう目論見もくろみ

『偶然です』
『偶然です』


今度はアンナさんと返事が被ったぁぁ!!

…でも何だか、今のは…ちょっと嬉しい?かも。


『アンナさん。私、アンナさんに前から話したかったことがあるの』


今、撮影中ではあるんだけど…詩織が普段とは変わって、何だか生真面目そうに、アンナさんに語り掛けた。


『うん。なに?』

『私たち…っていうか金魚がこの街で活躍してくれたことで…秋良くん達は、ちゃんと目に見えるようなカタチで、目標を1つ叶えられたじゃない?』

『秋良くん達の目標?』

『うん。自分たちのお店を持つって…』


詩織の声のトーンが、少し弱々しくなってきてる。
少し悪びれながら話してる…って感じ。


『そうね。秋良くん達、叶って良かったわよね』

『…でも…アンナさんのお店には、目に見えるような…何かが叶ったとか…』

『詩織…』


アンナさんは、詩織の頭の上からスルリと滑るように、左手で優しく撫でてあげた。


『《嬉しいこと》とか《夢》とか《幸せ》って…ね、目に見えるものが全てじゃないでしょ』

『でも、お客さんが急に増えたとか、お仕事でお金がたくさん…』

『だから…確かにそれはないけど、詩織。心配しないで。私の願いはちゃんと叶ってるから』

『えっ?そうなの?』

『えぇ』


アンナさんは、詩織に優しく微笑んで見せた。


『私は今、凄く幸せよ。あなた達のおかげで』


アンナさんのを、じっと見る詩織。


『私の願いはこれからも、信吾くんや私の妹みたいな詩織が、芸能界で…元気で幸せに、毎日楽しく笑顔で、でも無理はせず、頑張ってくれること』

『…うん。毎日頑張ってるよ』


そう。
アンナさんの夢は1つ叶ってる。

詩織は冴嶋プロダクションに入って、アイドルとしてデビューできた。
それはアンナさんの願い…夢だったんだから。


『私のこの美容院は確かに、そんなに急には何も変わってない。だけど…』

『うん』

『…あなた達こそが私の夢。これからもあなた達のことを見守っていけること。それが私の今の一番の幸せなの。わかった?』

『アンナさん…』






『…棚田くん。もういいよね』


ADのお姉さんに、頷いて見せるカメラスタッフさん。


『ですね。凄く変わった部屋を撮らせてもらえましたし、何だかいい話を聞かせてもらえましたしね』


お姉さんが、ちょっと横を向いた。


『聞こえますか?プロデューサー。観ていただけてましたか?これで十分ではないでしょうか』

『まぁ…そうだな。ここの取材はこれでオッケーとしようか。あとは美人の店長さんと詩織ちゃんに、放映許可の確認取っといて』

『はい。分かりました』


…アンナさんも詩織も、もちろん《番組で取り上げてもらっても大丈夫です》との返答。




『私が隠し通してたな部屋…結局、詩織に知られちゃったな…』

『きゃはははー。やっと見れたーありがとう♪アンナさん。でも、悪趣味なの?この部屋って』

『違う?悪趣味じゃない?全面赤と黒の部屋とか』


そう言いながら、アンナさんは閉ざした扉のドアノブに触れた。


『俺は、こんな不思議と楽しい気分になれる部屋が、あってもいいと思いますよ』

『私も。アトラクション感覚というか…だんだんと胸がドキドキしてきて、とても楽しかったです。この特別な部屋』


マイクスタッフさんとADのお姉さんが、アンナさんや僕や詩織を見て、明るく笑った。


『ずっと隠してた部屋が、今度は全国に知れ渡っちゃうね。どんな感想がくるかなぁ』

『あぁ…もうそんな言い方やめて。詩織』

『きゃはははー。たーのーしーみー♪』


アンナさんは、先にスタッフさん達を…そして僕と詩織を《特別客室》から優先して出してくれて、照明を消して…最後にアンナさんが出て…扉をパタンとまた閉めた。






アンナさんの美容院の撮影を終えて、1階の駐車場へ戻ると…!


『…岡ちゃん!』
『岡ちゃん!?何でここにいるの!?』


駐車場には、岡ちゃんの真白い高級車レクサス《おばタク》が停まっていた。
そして、そのレクサスの前に岡ちゃんは、姿勢正しく立っている。


『お迎えに参りました。詩織ちゃん達は、菊江さんのお店の場所を知らないかもと思ったから』


優しいな…岡ちゃん。


『そうなんだぁ。うん。知らないよ。私たち…あっ?』


《おばタク》の後ろのドアが、静かに開いた!?…と思ったら。

後部座席から出てきたのは…鈴ちゃん!


『さっき帰ったのに、また来てくれたの!?鈴ちゃん』


鈴ちゃんが、少し照れくさそうに微笑んだ。


『うん…お母さんと約束してたお買い物、ちょうど終わったし…岡ちゃ』

『私が無理を言ってお願いして、鈴ちゃんに来ていただいたんです』

『岡ちゃんが呼んだの?鈴ちゃんを…?』














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