奥様は魔女 ~婚約破棄と喚く娘の婚約者、家ごとお掃除いたしましょう~

中崎実

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第一話:婚約破棄?それは浮気宣言ですわね

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「ラシー侯爵令嬢!おまえは我が愛するリリアをいじめていたな!婚約破棄だ!!」

 ホール中に響く声で怒鳴った青年は、片手に女をぶら下げていた。
 もちろん、その女は私の娘ではない。

 というよりあの子バカなの?バカなの??

 よその娘を対面で呼ぶときに、『侯爵令嬢』なんて言葉は使わないわよ。
 それはお手紙に使う言葉でしょう?こんなところで大声で叫んだら、まともな教育を受けてないと思われるわよ。話し言葉と書き言葉の違いさえ分からないだなんて、とんだ愚か者ですわね。

「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたわねえ?」

 いつもより少し低めの、大きくはないけど『響く』声で呟いてやる。
 が未来の婿だと思われているなんて、我が家の恥ですわね。
 馬鹿な若者の声に眉を少し動かした、周りにいた御婦人方が、今度は唇を少し吊り上げてらっしゃるわ。

「マリアム様、わたくしたちはこちらでお待ちしておりますわ?」
「ありがとうございます、ではちょっと失礼いたしますね」

 ワイングラスを手にしたまま、さりげなく道を開けてくださる良識りょうしきある大人の間を縫って、よそのバカ息子がわめき散らしている場所に出た。

 うちの娘はまだ社交に来られる年ではないから、ここにいなくて当たり前。

 ということは当然、バカに怒鳴りつけられているのは別人ということ。
 そして戸惑いの色も明らかに、理不尽に怒鳴りつけられて泣きそうになりながら「違います」と言い続けているのは、髪の色だけは娘とそっくりな、よそのお嬢さん。
 これはいけないわ。

「何を馬鹿なことをしているのかしら、テリー?」

 バカがバカをきわめてよそ様に迷惑をかけているのだから、社交にも出してもらえない年齢の子供として𠮟りつけて、恥をかかせてやるくらいでちょうど良いわね。

「は!僕を馬鹿にすれば寄り親に良い顔ができると思ったか!?引っ込んでろ!!」

 なんか勘違いしてるわね、このバカ。もしかして、未来のしゅうとめの顔さえ分からないのかしら。

「そのお嬢さん、うちの娘じゃないわよ。あなたが10歳の時に婚約したのだから、婚約者の顔も知らないならば、あなたは10歳から何も変わって無いのね」

 野次馬からくすくす笑いが聞こえたのに、バカが顔をゆがませた。
 あら、バカにされてることは判ったのね。その程度の判断力はあるのねえ。
 バカは放っておいて、まずはお嬢さんを保護しなくてはいけないわ。

「いきなり人違いで怒鳴られて、さぞ怖かったでしょう。あんなのは今から追い出しますから、あなたはあちらで、皆様に守られていて頂戴ちょうだいね」

 少し距離を置いて、わたくしの後ろに控えていてくれたラズヌ男爵夫人が、わたくしの言葉にうなずきながら、お嬢さんに近寄ってそっとその手を取った。
 あちらは今は任せましょう。わたくしは、

「まだ断罪が終わっていない!」

 そう、怒鳴ったバカをどうにかしませんとね。

「テリー

 言葉に『力』を込めて、バカに叩きつけた。

「お母様はどちら?お父様もいらっしゃらないのかしら」
「はぁ?!」

 あらあら、息が詰まったのね。もうちょっとやってあげましょう。

「やって良い事と悪い事の区別もつかない十歳の子供を、一人でパーティーに出してるわけは無いでしょう。お父様とお母様はどちらかしら?あなたは、こうやってはっきり言葉にしてあげないと、勘違いしてしまうものね」

 私の言葉は、『子供並みの頭しか無いバカには、貴族的な言い回しなんか伝わらないでしょう。親を出しなさい、あなたじゃ話にならないわ』という、失礼なくらい率直な意味を持たせている。
 さすがに、これは理解できたみたいね。

「僕を馬鹿にするのか」

 あらあ、よっぽど感情があふれてたのね?ひきつって小さくなった声とはいえ、言葉が出てくるなんて。

「騒ぐ時点で失礼なのよ」

 バカの口元にたたんだ扇を突きつけて、圧を込めた声で静かに教えてやった。

「テリーちゃん、ここはよそ様の婚約記念パーティーよ。あなたが騒いだら、お祝いに水を差すわ」
「僕の」

『反論は許しません』

 このバカに甘い顔をするわけにいかない。
 声に込めた力と圧を増やして伝えると、バカとバカが腕にぶら下げていた女の顔から、表情が消えた。

『よそ様のお祝いの場を乱すなんて、いけない事よ。

 分別の付かない子供がいるべきではない、こういう場にふさわしいとは思えない言葉遣いなんだけど、この後に予定されているルーク卿の婚約発表に水を差すわけにいかない。
 その場で何をするか分からないバカは帰宅させましょう。

「そこのあなた、この二人を馬車に案内してあげて」

 別の意味で表情が消えていた召使に声をかけると、小さく一礼してから、バカが連れていた女の手にあったグラスを取り上げた。
 上級使用人らしきお仕着せの男も、こちらに一礼してから「馬車にお連れしろ」と見えないところにいる下級使用人に伝えている。

 あらあら、使用人も怒りの表現を心得ているわね?これ、を送り出す時の作法だもの。
 婚約記念パーティーにお呼びする方よりずっと格下の相手なら、下級使用人の存在が客に判っても問題はない。私たちくらいの格の相手なら、下級使用人に声をかけている事さえ見せないのが、使用人のマナーですものね。

 それをさりげなく「他の皆様に聞こえないようにしております」としながら、テリーを粗雑に扱う様子を見せつけているのだから、意見など言えない立場の者の表現としては上出来。
 これはどうやら、「よその奥様に叱りつけられて帰宅させられる、よその奥様より格下の子供」として扱うと決めたんでしょう。ええ、間違っていないわね。

「テリーちゃん、あなたのご両親には、招待主にしっかりお詫びをするようにお伝えしておくわ」

 あとで、バカの両親も〆なきゃいけないわね。
 ……あら、バカの両親がホールにいるじゃないの。もしかして、息子主演のお芝居を楽しもうと思ってたのかしら。今はこそこそと、後ろに下がっているけれど。

「お伝えしたところで、あんな不出来なお子様を放置している方々に、どれだけご理解いただけるかは分からないけれどね?」

 『力』はほとんど込めていない声だったのに、視線を合わせて言ってやっただけで、バカを産んだ女が卒倒そっとうした。
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