奥様は魔女 ~婚約破棄と喚く娘の婚約者、家ごとお掃除いたしましょう~

中崎実

文字の大きさ
1 / 7

第一話:婚約破棄?それは浮気宣言ですわね

「ラシー侯爵令嬢!おまえは我が愛するリリアをいじめていたな!婚約破棄だ!!」

 ホール中に響く声で怒鳴った青年は、片手に女をぶら下げていた。
 もちろん、その女は私の娘ではない。

 というよりあの子バカなの?バカなの??

 よその娘を対面で呼ぶときに、『侯爵令嬢』なんて言葉は使わないわよ。
 それはお手紙に使う言葉でしょう?こんなところで大声で叫んだら、まともな教育を受けてないと思われるわよ。話し言葉と書き言葉の違いさえ分からないだなんて、とんだ愚か者ですわね。

「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたわねえ?」

 いつもより少し低めの、大きくはないけど『響く』声で呟いてやる。
 が未来の婿だと思われているなんて、我が家の恥ですわね。
 馬鹿な若者の声に眉を少し動かした、周りにいた御婦人方が、今度は唇を少し吊り上げてらっしゃるわ。

「マリアム様、わたくしたちはこちらでお待ちしておりますわ?」
「ありがとうございます、ではちょっと失礼いたしますね」

 ワイングラスを手にしたまま、さりげなく道を開けてくださる良識りょうしきある大人の間を縫って、よそのバカ息子がわめき散らしている場所に出た。

 うちの娘はまだ社交に来られる年ではないから、ここにいなくて当たり前。

 ということは当然、バカに怒鳴りつけられているのは別人ということ。
 そして戸惑いの色も明らかに、理不尽に怒鳴りつけられて泣きそうになりながら「違います」と言い続けているのは、髪の色だけは娘とそっくりな、よそのお嬢さん。
 これはいけないわ。

「何を馬鹿なことをしているのかしら、テリー?」

 バカがバカをきわめてよそ様に迷惑をかけているのだから、社交にも出してもらえない年齢の子供として𠮟りつけて、恥をかかせてやるくらいでちょうど良いわね。

「は!僕を馬鹿にすれば寄り親に良い顔ができると思ったか!?引っ込んでろ!!」

 なんか勘違いしてるわね、このバカ。もしかして、未来のしゅうとめの顔さえ分からないのかしら。

「そのお嬢さん、うちの娘じゃないわよ。あなたが10歳の時に婚約したのだから、婚約者の顔も知らないならば、あなたは10歳から何も変わって無いのね」

 野次馬からくすくす笑いが聞こえたのに、バカが顔をゆがませた。
 あら、バカにされてることは判ったのね。その程度の判断力はあるのねえ。
 バカは放っておいて、まずはお嬢さんを保護しなくてはいけないわ。

「いきなり人違いで怒鳴られて、さぞ怖かったでしょう。あんなのは今から追い出しますから、あなたはあちらで、皆様に守られていて頂戴ちょうだいね」

 少し距離を置いて、わたくしの後ろに控えていてくれたラズヌ男爵夫人が、わたくしの言葉にうなずきながら、お嬢さんに近寄ってそっとその手を取った。
 あちらは今は任せましょう。わたくしは、

「まだ断罪が終わっていない!」

 そう、怒鳴ったバカをどうにかしませんとね。

「テリー

 言葉に『力』を込めて、バカに叩きつけた。

「お母様はどちら?お父様もいらっしゃらないのかしら」
「はぁ?!」

 あらあら、息が詰まったのね。もうちょっとやってあげましょう。

「やって良い事と悪い事の区別もつかない十歳の子供を、一人でパーティーに出してるわけは無いでしょう。お父様とお母様はどちらかしら?あなたは、こうやってはっきり言葉にしてあげないと、勘違いしてしまうものね」

 私の言葉は、『子供並みの頭しか無いバカには、貴族的な言い回しなんか伝わらないでしょう。親を出しなさい、あなたじゃ話にならないわ』という、失礼なくらい率直な意味を持たせている。
 さすがに、これは理解できたみたいね。

「僕を馬鹿にするのか」

 あらあ、よっぽど感情があふれてたのね?ひきつって小さくなった声とはいえ、言葉が出てくるなんて。

「騒ぐ時点で失礼なのよ」

 バカの口元にたたんだ扇を突きつけて、圧を込めた声で静かに教えてやった。

「テリーちゃん、ここはよそ様の婚約記念パーティーよ。あなたが騒いだら、お祝いに水を差すわ」
「僕の」

『反論は許しません』

 このバカに甘い顔をするわけにいかない。
 声に込めた力と圧を増やして伝えると、バカとバカが腕にぶら下げていた女の顔から、表情が消えた。

『よそ様のお祝いの場を乱すなんて、いけない事よ。

 分別の付かない子供がいるべきではない、こういう場にふさわしいとは思えない言葉遣いなんだけど、この後に予定されているルーク卿の婚約発表に水を差すわけにいかない。
 その場で何をするか分からないバカは帰宅させましょう。

「そこのあなた、この二人を馬車に案内してあげて」

 別の意味で表情が消えていた召使に声をかけると、小さく一礼してから、バカが連れていた女の手にあったグラスを取り上げた。
 上級使用人らしきお仕着せの男も、こちらに一礼してから「馬車にお連れしろ」と見えないところにいる下級使用人に伝えている。

 あらあら、使用人も怒りの表現を心得ているわね?これ、を送り出す時の作法だもの。
 婚約記念パーティーにお呼びする方よりずっと格下の相手なら、下級使用人の存在が客に判っても問題はない。私たちくらいの格の相手なら、下級使用人に声をかけている事さえ見せないのが、使用人のマナーですものね。

 それをさりげなく「他の皆様に聞こえないようにしております」としながら、テリーを粗雑に扱う様子を見せつけているのだから、意見など言えない立場の者の表現としては上出来。
 これはどうやら、「よその奥様に叱りつけられて帰宅させられる、よその奥様より格下の子供」として扱うと決めたんでしょう。ええ、間違っていないわね。

「テリーちゃん、あなたのご両親には、招待主にしっかりお詫びをするようにお伝えしておくわ」

 あとで、バカの両親も〆なきゃいけないわね。
 ……あら、バカの両親がホールにいるじゃないの。もしかして、息子主演のお芝居を楽しもうと思ってたのかしら。今はこそこそと、後ろに下がっているけれど。

「お伝えしたところで、あんな不出来なお子様を放置している方々に、どれだけご理解いただけるかは分からないけれどね?」

 『力』はほとんど込めていない声だったのに、視線を合わせて言ってやっただけで、バカを産んだ女が卒倒そっとうした。

あなたにおすすめの小説

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。