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1.始まりの始まり/故郷と呼べない村
闘争
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敵は黒ローブ十数人と魔法師狩り、そして炎。黒ローブが魔法師狩りの手下だとしたら、魔法師の可能性は高い。殺傷能力の高い魔法を放ってくるかもしれない。
魔法師狩りの魔法はよく分からないが、妨害系の魔法だろうか。俺の治癒魔法を阻害してきた。
そして炎。それに対してこちらは治癒魔法と調律魔法の回復系魔法師二人。攻撃手段はない。戦力差は歴然としている。
くそっ…
とりあえず足元に転がっていた木材を剣のように構える。傍から見れば何とも滑稽だろうが、必死だった。
「お前たちは…なぜ俺たちを狙うんだ!?」
「なぜ?あぁ、そういえばあなたは何も覚えていないのでしたねぇ。先ほどの方がおっしゃっていたように、あなた方は生まれながらの罪人である回復系魔法師なのですから。まったく…無自覚甚だしいですね…」
覚えていない…?どういうことだ?どうして俺がこの世界のことを何も知らないと知っているんだ?俺が転生者だと知っているのか?
ていうか過去の俺とクーレが何をしたっていうんだ!?回復系魔法がなんで禁忌なんだよ!?
「その顔は、違いますねぇ…あなたのそれは、理不尽に対する苛立ちでしょうか。先ほどのほうがまだいい顔でした」
(…一体何を言っているんだ?)
「自分の置かれた状況を完全に把握し、八方塞がりだと悟った時に見せる顔こそが、私を震わせるのです。それは、心臓が撫で上げられるような感覚…あぁ、あぁ!」
彼は自らの胸を掴みながら恍惚とした表情を浮かべ、その激しい思いを表すように身体をうねらせている。
(なんだ変態か。あの芝居がかった動き、劇か何かで恋人を失って悲嘆に暮れる主人公役なんてうってつけだろうな)
「取り乱しました…本当に絶望していただくために、少し説明して差し上げましょう。そうですね…いわばあなた方は、この秩序ある魔法世界に生まれた異物です」
「回復系魔法を使うことがその秩序に反するっていうのか?回復系魔法はその名の通り、傷ついた人を癒す、ただそれだけの魔法だ。俺は今まで治療のためだけに治癒魔法を使ってきた。それはクーレも同じこと。それでなぜ俺たちは命を狙われることになるんだ?」
「本当に、その名の通りだったらよかったのですがね。まぁ、あなたの短い今まででそこまで把握しろというのは野暮でしょう。とにかく、今は特に影響がなくとも、今後この世界の秩序を乱す存在となりうるあなた方は早いうちに消しておかなければならない、ということです」
何が何だかさっぱりわからない。回復系魔法は人を癒すだけの魔法ではない?今後世界の秩序を乱しうる?彼の話が本当なら、俺が治癒魔法を持ってこの世界に転生したことは何か重大な意味のあることだったのか?
別に悪意があってこの世界にやってきたわけではない。そしてこの世界で何か悪事を働いたわけでもない。これから何か犯罪めいたことをするつもりなんて毛頭ない。
それでも、ただ、たまたまそこに現れた。ただ、みんなと同じように生きていこうと思った。ただ、それだけで、俺はこの世界から排除されようとしている。
まるで、がん細胞じゃないか。
「おっと、おしゃべりが過ぎました、これ以上話しても理解していただけないでしょうから…残念ですが…それでは皆さん、始めましょうかねぇ!」
その声と同時に黒ローブ六、七人が詠唱する。
「球・水魔法」
手にボーリングの玉くらいの水の球が現れた。
あれは水魔法、そして俺の知らない詠唱だった。ロータンス、顕性魔法を球体にする修飾詠唱か。
「放てっ!」
そして魔法師一人が叫ぶと一斉に水の球が飛んできた。けど考えてみれば、水の塊が当たったところで大したことないのでは?
無理に避けようとせず突っ立っていると、パラベルティークの口元が素早く動き、そしてニヤリと歪んたのが遠目に見えた。
その瞬間、水の球が突然火の球になった。
「危ねぇっ!」
ギリギリ直撃は避けた。かすったところがジリッと痛む。火の球が落ちた地面が爆発とともに燃え上がる。
あれは、パラベルティークの魔法の効果に違いない。魔法の妨害、じゃなくて上書きみたいなものだろうか。
「フォル君、後ろ!」
「え?」
振り返ってとっさに木材で攻撃を受け止めようとする。しかし次の瞬間、木材は音もたてずに真っ二つになった。額から鼻先にかけて鮮紅色の筋が走る。
「…っ!?」
目の前には琥珀のように黄色く透き通った刃の剣を持つ魔法師が四、五人立っていた。
魔力の込められた剣か!?木材を豆腐のように両断する切れ味…もしあと数センチ刃が長ければ…
剣の魔法師たちからも距離をとると、今度は背後から水の球もとい火の球がいくつも飛んでくる。
それを何とか回避しても地面はどんどん火の海になり、火傷で足が痛む。
クーレも走り回って飛んで跳ねて火球の命中を避けているが、その足も徐々に遅くなってきていた。しかし一度足を止めればすかさず魔剣の斬撃が飛んでくる。
彼女の運動能力は確実に同じ年頃の子供の中でもトップクラスだろうが、それでも手慣れの剣師、ましてや恐ろしい切れ味の剣を持つ魔剣師に勝機はないだろう。
「フォル君!」
魔法剣師の連撃を後ろに大きく避けてクーレが叫ぶ。
「魔剣師の相手は私がする!だからフォル君は魔法師の注意を引き付けて!」
「え!?何言って…」
クーレが目をつむり、祈るように顔の前で両手を組む。彼女の脳天に魔剣が振り下ろされようとした瞬間、額から蒼い光の帯が咲き、彼女の身体に絡まり、溶けて、強く見開かれたその目も蒼く光っ――――
「調律魔法」
次の瞬間、地面に魔剣師が転がっていた。何が起こったのか全く見えなかった。
クーレが奪った魔剣を持って、魔剣師を見下ろしていた。一瞬で魔剣師を倒したっていうのか?
クーレはそのまま、動揺している残りの魔剣師の方へ突風のように切りかかる。
あの、速すぎるんですが。調律魔法に身体能力底上げの効果あるなんて聞いてないんだが。調律魔法は魔力の流れを操作する魔法……全身の魔力循環を加速させて運動能力を向上させたってところだろうか。
クーレは数人の魔剣師に雨あられのごとく斬撃を浴びせる。しかし相手は鍛錬を積んだ剣師。いくら高速の斬撃とはいえそうやすやすとはもらってくれない。しかし、クーレの圧倒的なスピードの前に魔剣師たちも徐々に押されつつあった。
クーレの「量」の剣を魔剣師は「質」の剣で相対する。剣と剣の交差する音が絶え間なく鳴り響く。
見ると狼狽した魔法師たちがクーレに魔法を放とうとしている。
「させるかっ!」
今のクーレなら、魔剣師たちを全滅させることができるかもしれない。クーレは、俺たちがこの包囲網を脱出する唯一の可能性だ。邪魔はさせない!お前らなんかに命を奪われてたまるか!
射線の間に飛び込み、身体を張ってすべての火の球を受けた。
魔法師たちの目は丸く、大きく開かれていた。たった今、目の前で炎の球を何発もくらった少年がその場に立っていたからだ。さらに全身の火傷がゆっくりと消えていく。
そんなに驚くことか?いや、それもそうか。回復系魔法師は禁忌の存在なんだから、見たことなかったんだろうな。
面食らった魔法師たちは慌てて次の火球を手に浮かべ、思い思いに放つ。またもや全弾直撃だ。そしてやはり倒れない俺を見て魔法師たちは恐怖すら抱いているようだった。
「どうした?ガス、いや魔力欠か?俺をその火の玉で焼き殺すんじゃなかったのか?」
「なっ…!」
魔法師たちの感情に苛立ちが加わる。こうやって魔法師の怒りを買うことが、唯一俺にできることだ。
「まだ策はある!一点集中だ!顔面を狙え!」
リーダーと思わしき魔法師が声を上げる。複数の水の球が空中で一つの大きな球になり、そして火の球に変わった。俺の身体より遥かに大きい。
さすがにこれは危険か。気絶でもしたらいくら治癒魔法が使えようとも無意味だ。
診療所で治癒魔法を使うたび、患者さんたちには申し訳ないけれどいろいろ試さしてもらっていた。アフテおばさんからいろんな魔法について聞いた。そして考えたこと、おそらく
潜性魔法である回復系魔法は、魔力の操作に長ける。
俺は向かってくる巨大な火の球へ右腕突き出し、詠唱した。
「治癒魔法」
激しい爆発が起こる。爆風が炎を吹き飛ばし、地面がえぐれてクレーターのようになった。
右手に治癒魔法をまとわせ、火の球の中で渦巻く魔力の流れを途切れさせたのだ。そうすると火の球は球形を保てなくなって勝手に崩壊した。
立ち上る煙の中で、数人の魔法師たちが倒れている。爆発に巻き込まれ重度の火傷を負ったようだ。
回復系魔法は体内の魔力の流れを操る。操るということは、治すことも壊すこともできるということだ。
国が回復系魔法を禁忌としたのは、この力を危険視したからかもしれないな。
「どうした?俺は痛くも痒くもないぞ?ほら、早く打ってこいよ」
「っ!パラベルティーク様!何かご指示を!」
この言葉で確信した。相手の魔法攻撃に貫通力はない。そして俺は治癒魔法であらゆる外傷を治療できる。つまり、治癒魔法師は魔法攻撃に対して最硬の盾なのだ。
厳密に言うと、顕性魔法攻撃に対して、だろうか。
体内の魔力に干渉できる潜性魔法での攻撃は外傷に当たらないかもしれないから、治癒魔法ではどうにもならないかもしれない。
「はぁぁ…心躍らないですねぇ…」
パラベルティークは、手下のあまりにも期待外れな働きに大きな嘆息をもらした。
「魔法は、変化です。夢の中でしか見ることのない非現実的な光景を再現して初めて魔法と呼べるのです!手から水の球を作る?なんてつまらない…!せめて水でこの私の全身像を作れるくらいにはなってもらわないと、困りますねぇ」
こいつ、何を言っているんだ。
「いいですか?魔法とは、こういうものを言うのですよ」
その途端、パラベルティークの身体の中で、真っ黒いモヤが渦巻き始めた。
(奴の魔法がくる…!)
「域・反転魔法」
周囲に置かれていた木桶、消火用に汲まれていた水がことごとく爆発した。井戸からも火柱が上がった。
村中の建物が燃え始め、四方八方を炎に囲まれ、まさに火の海という表現がふさわしい。
「フォル君、無事!?」
クーレが炎から飛び出してきた。衣服は焦げたり切られたりでボロボロ、露出した皮膚には所々火傷が見られる。
「ん!?…あぁ、見ての通りだよ」
そう言いつつクーレに見えないように火傷を負った左腕を癒す。
クーレの火傷もすぐに治してあげたいが…
アフテおばさんの悲鳴が脳内で再生される。
「どうです?これが魔法ですよ!」
炎の中からパラベルティークがぬっと現れた。手下たちも出てきて俺とクーレを包囲する。さっきの爆発で負傷したのか、人数が半分ほど減ったようだ。それでも人数差があるのに変わりはないが。
「さすがです、パラベルティーク様!」
手下たちが一心不乱に拍手喝采する。仲間が巻き添えくらってるのに?宗教じみた異様な光景だな。パラベルティークはご満悦の表情だ。
「後学のため、おっと、後はないんでしたね、失敬。ですがせっかくですのでお二人にも説明して差し上げましょう。私の反転魔法は、性質を反転させる魔法。炎は水に、水は炎に、そして治癒は、傷害になるのです」
アフテおばさんの家が突然火事になったのも、こいつが反転魔法で雨水を炎に変えたからだったのだろう。
「言うなれば状況を一転させ、逆転を可能にする魔法…お前みたいに正義のヒーローとは程遠いやつには似合わないな」
「忌憚のない非難ですね。私は正義ではない、と。正義とは、各々が正しいと信じたことを行うのではないですか?」
パラベルティークは滔々と続ける。
「そして、正しいことは世の中に一つではありません。間違っていることもまた然りです。とまぁ、私はあなたとは違って他人の正義を否定はしないということですよ」
「はぁ…悪役のセリフじゃないな」
「おや?ではあなたは正義の主人公なんですか?それは思い違いでしょう。この世界はあなただけが華々しく舞うための舞台ではないのですよ」
パラベルティークの言葉は妙に正論じみていて、反論し難いのが余計に腹立たしい。
「あなたも、立場を反転させて考えてみてはどうてしょう?」
「余計なお世話だ!」
「フォル君、もういいよ。あいつと口論するだけ無駄だから」
クーレに止められ、軽く舌打ちしながらもう一度見ると、炎の中に彼の姿は見えなくなっていた。
戦闘で消耗し、さらに炎と魔法師に包囲されて逃げるのが絶望的な中、俺とクーレは背中合わせに立っている。彼女の肩が大きく上下しているのが直に伝わってくる。
折れそうな気持ちをたがいに支え合って何とか保っている。
後ろを向いたまま、クーレが手を握ってきた。俺も応えるように握り返す。
戦って奴ら全員を倒すのは実力的にも体力的にも不可能だ。しかし、そう簡単に逃してくれるはずもない。
ふと横を見ると、いつの間にか再び現れたパラベルティークがあざけるような顔でこちらを見ていた。
その顔、俺が次にどんな行動を取るか、奴もわかっているって感じだな。誘導されているみたいで気に食わないが、これしかない。
背中合わせのままで、クーレに作戦を告げた。
「さて、ここからどう挽回するおつもりなんでしょうねぇ?」
そんなパラベルティークの声を気に留めず、二人同時に大きく息を吸った。やってやる。
「フォル君、行くよ!」
「あぁ!」
そして、二人同時に詠唱した。
「調律魔法!」
「治癒魔法!」
魔法師狩りの魔法はよく分からないが、妨害系の魔法だろうか。俺の治癒魔法を阻害してきた。
そして炎。それに対してこちらは治癒魔法と調律魔法の回復系魔法師二人。攻撃手段はない。戦力差は歴然としている。
くそっ…
とりあえず足元に転がっていた木材を剣のように構える。傍から見れば何とも滑稽だろうが、必死だった。
「お前たちは…なぜ俺たちを狙うんだ!?」
「なぜ?あぁ、そういえばあなたは何も覚えていないのでしたねぇ。先ほどの方がおっしゃっていたように、あなた方は生まれながらの罪人である回復系魔法師なのですから。まったく…無自覚甚だしいですね…」
覚えていない…?どういうことだ?どうして俺がこの世界のことを何も知らないと知っているんだ?俺が転生者だと知っているのか?
ていうか過去の俺とクーレが何をしたっていうんだ!?回復系魔法がなんで禁忌なんだよ!?
「その顔は、違いますねぇ…あなたのそれは、理不尽に対する苛立ちでしょうか。先ほどのほうがまだいい顔でした」
(…一体何を言っているんだ?)
「自分の置かれた状況を完全に把握し、八方塞がりだと悟った時に見せる顔こそが、私を震わせるのです。それは、心臓が撫で上げられるような感覚…あぁ、あぁ!」
彼は自らの胸を掴みながら恍惚とした表情を浮かべ、その激しい思いを表すように身体をうねらせている。
(なんだ変態か。あの芝居がかった動き、劇か何かで恋人を失って悲嘆に暮れる主人公役なんてうってつけだろうな)
「取り乱しました…本当に絶望していただくために、少し説明して差し上げましょう。そうですね…いわばあなた方は、この秩序ある魔法世界に生まれた異物です」
「回復系魔法を使うことがその秩序に反するっていうのか?回復系魔法はその名の通り、傷ついた人を癒す、ただそれだけの魔法だ。俺は今まで治療のためだけに治癒魔法を使ってきた。それはクーレも同じこと。それでなぜ俺たちは命を狙われることになるんだ?」
「本当に、その名の通りだったらよかったのですがね。まぁ、あなたの短い今まででそこまで把握しろというのは野暮でしょう。とにかく、今は特に影響がなくとも、今後この世界の秩序を乱す存在となりうるあなた方は早いうちに消しておかなければならない、ということです」
何が何だかさっぱりわからない。回復系魔法は人を癒すだけの魔法ではない?今後世界の秩序を乱しうる?彼の話が本当なら、俺が治癒魔法を持ってこの世界に転生したことは何か重大な意味のあることだったのか?
別に悪意があってこの世界にやってきたわけではない。そしてこの世界で何か悪事を働いたわけでもない。これから何か犯罪めいたことをするつもりなんて毛頭ない。
それでも、ただ、たまたまそこに現れた。ただ、みんなと同じように生きていこうと思った。ただ、それだけで、俺はこの世界から排除されようとしている。
まるで、がん細胞じゃないか。
「おっと、おしゃべりが過ぎました、これ以上話しても理解していただけないでしょうから…残念ですが…それでは皆さん、始めましょうかねぇ!」
その声と同時に黒ローブ六、七人が詠唱する。
「球・水魔法」
手にボーリングの玉くらいの水の球が現れた。
あれは水魔法、そして俺の知らない詠唱だった。ロータンス、顕性魔法を球体にする修飾詠唱か。
「放てっ!」
そして魔法師一人が叫ぶと一斉に水の球が飛んできた。けど考えてみれば、水の塊が当たったところで大したことないのでは?
無理に避けようとせず突っ立っていると、パラベルティークの口元が素早く動き、そしてニヤリと歪んたのが遠目に見えた。
その瞬間、水の球が突然火の球になった。
「危ねぇっ!」
ギリギリ直撃は避けた。かすったところがジリッと痛む。火の球が落ちた地面が爆発とともに燃え上がる。
あれは、パラベルティークの魔法の効果に違いない。魔法の妨害、じゃなくて上書きみたいなものだろうか。
「フォル君、後ろ!」
「え?」
振り返ってとっさに木材で攻撃を受け止めようとする。しかし次の瞬間、木材は音もたてずに真っ二つになった。額から鼻先にかけて鮮紅色の筋が走る。
「…っ!?」
目の前には琥珀のように黄色く透き通った刃の剣を持つ魔法師が四、五人立っていた。
魔力の込められた剣か!?木材を豆腐のように両断する切れ味…もしあと数センチ刃が長ければ…
剣の魔法師たちからも距離をとると、今度は背後から水の球もとい火の球がいくつも飛んでくる。
それを何とか回避しても地面はどんどん火の海になり、火傷で足が痛む。
クーレも走り回って飛んで跳ねて火球の命中を避けているが、その足も徐々に遅くなってきていた。しかし一度足を止めればすかさず魔剣の斬撃が飛んでくる。
彼女の運動能力は確実に同じ年頃の子供の中でもトップクラスだろうが、それでも手慣れの剣師、ましてや恐ろしい切れ味の剣を持つ魔剣師に勝機はないだろう。
「フォル君!」
魔法剣師の連撃を後ろに大きく避けてクーレが叫ぶ。
「魔剣師の相手は私がする!だからフォル君は魔法師の注意を引き付けて!」
「え!?何言って…」
クーレが目をつむり、祈るように顔の前で両手を組む。彼女の脳天に魔剣が振り下ろされようとした瞬間、額から蒼い光の帯が咲き、彼女の身体に絡まり、溶けて、強く見開かれたその目も蒼く光っ――――
「調律魔法」
次の瞬間、地面に魔剣師が転がっていた。何が起こったのか全く見えなかった。
クーレが奪った魔剣を持って、魔剣師を見下ろしていた。一瞬で魔剣師を倒したっていうのか?
クーレはそのまま、動揺している残りの魔剣師の方へ突風のように切りかかる。
あの、速すぎるんですが。調律魔法に身体能力底上げの効果あるなんて聞いてないんだが。調律魔法は魔力の流れを操作する魔法……全身の魔力循環を加速させて運動能力を向上させたってところだろうか。
クーレは数人の魔剣師に雨あられのごとく斬撃を浴びせる。しかし相手は鍛錬を積んだ剣師。いくら高速の斬撃とはいえそうやすやすとはもらってくれない。しかし、クーレの圧倒的なスピードの前に魔剣師たちも徐々に押されつつあった。
クーレの「量」の剣を魔剣師は「質」の剣で相対する。剣と剣の交差する音が絶え間なく鳴り響く。
見ると狼狽した魔法師たちがクーレに魔法を放とうとしている。
「させるかっ!」
今のクーレなら、魔剣師たちを全滅させることができるかもしれない。クーレは、俺たちがこの包囲網を脱出する唯一の可能性だ。邪魔はさせない!お前らなんかに命を奪われてたまるか!
射線の間に飛び込み、身体を張ってすべての火の球を受けた。
魔法師たちの目は丸く、大きく開かれていた。たった今、目の前で炎の球を何発もくらった少年がその場に立っていたからだ。さらに全身の火傷がゆっくりと消えていく。
そんなに驚くことか?いや、それもそうか。回復系魔法師は禁忌の存在なんだから、見たことなかったんだろうな。
面食らった魔法師たちは慌てて次の火球を手に浮かべ、思い思いに放つ。またもや全弾直撃だ。そしてやはり倒れない俺を見て魔法師たちは恐怖すら抱いているようだった。
「どうした?ガス、いや魔力欠か?俺をその火の玉で焼き殺すんじゃなかったのか?」
「なっ…!」
魔法師たちの感情に苛立ちが加わる。こうやって魔法師の怒りを買うことが、唯一俺にできることだ。
「まだ策はある!一点集中だ!顔面を狙え!」
リーダーと思わしき魔法師が声を上げる。複数の水の球が空中で一つの大きな球になり、そして火の球に変わった。俺の身体より遥かに大きい。
さすがにこれは危険か。気絶でもしたらいくら治癒魔法が使えようとも無意味だ。
診療所で治癒魔法を使うたび、患者さんたちには申し訳ないけれどいろいろ試さしてもらっていた。アフテおばさんからいろんな魔法について聞いた。そして考えたこと、おそらく
潜性魔法である回復系魔法は、魔力の操作に長ける。
俺は向かってくる巨大な火の球へ右腕突き出し、詠唱した。
「治癒魔法」
激しい爆発が起こる。爆風が炎を吹き飛ばし、地面がえぐれてクレーターのようになった。
右手に治癒魔法をまとわせ、火の球の中で渦巻く魔力の流れを途切れさせたのだ。そうすると火の球は球形を保てなくなって勝手に崩壊した。
立ち上る煙の中で、数人の魔法師たちが倒れている。爆発に巻き込まれ重度の火傷を負ったようだ。
回復系魔法は体内の魔力の流れを操る。操るということは、治すことも壊すこともできるということだ。
国が回復系魔法を禁忌としたのは、この力を危険視したからかもしれないな。
「どうした?俺は痛くも痒くもないぞ?ほら、早く打ってこいよ」
「っ!パラベルティーク様!何かご指示を!」
この言葉で確信した。相手の魔法攻撃に貫通力はない。そして俺は治癒魔法であらゆる外傷を治療できる。つまり、治癒魔法師は魔法攻撃に対して最硬の盾なのだ。
厳密に言うと、顕性魔法攻撃に対して、だろうか。
体内の魔力に干渉できる潜性魔法での攻撃は外傷に当たらないかもしれないから、治癒魔法ではどうにもならないかもしれない。
「はぁぁ…心躍らないですねぇ…」
パラベルティークは、手下のあまりにも期待外れな働きに大きな嘆息をもらした。
「魔法は、変化です。夢の中でしか見ることのない非現実的な光景を再現して初めて魔法と呼べるのです!手から水の球を作る?なんてつまらない…!せめて水でこの私の全身像を作れるくらいにはなってもらわないと、困りますねぇ」
こいつ、何を言っているんだ。
「いいですか?魔法とは、こういうものを言うのですよ」
その途端、パラベルティークの身体の中で、真っ黒いモヤが渦巻き始めた。
(奴の魔法がくる…!)
「域・反転魔法」
周囲に置かれていた木桶、消火用に汲まれていた水がことごとく爆発した。井戸からも火柱が上がった。
村中の建物が燃え始め、四方八方を炎に囲まれ、まさに火の海という表現がふさわしい。
「フォル君、無事!?」
クーレが炎から飛び出してきた。衣服は焦げたり切られたりでボロボロ、露出した皮膚には所々火傷が見られる。
「ん!?…あぁ、見ての通りだよ」
そう言いつつクーレに見えないように火傷を負った左腕を癒す。
クーレの火傷もすぐに治してあげたいが…
アフテおばさんの悲鳴が脳内で再生される。
「どうです?これが魔法ですよ!」
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「さすがです、パラベルティーク様!」
手下たちが一心不乱に拍手喝采する。仲間が巻き添えくらってるのに?宗教じみた異様な光景だな。パラベルティークはご満悦の表情だ。
「後学のため、おっと、後はないんでしたね、失敬。ですがせっかくですのでお二人にも説明して差し上げましょう。私の反転魔法は、性質を反転させる魔法。炎は水に、水は炎に、そして治癒は、傷害になるのです」
アフテおばさんの家が突然火事になったのも、こいつが反転魔法で雨水を炎に変えたからだったのだろう。
「言うなれば状況を一転させ、逆転を可能にする魔法…お前みたいに正義のヒーローとは程遠いやつには似合わないな」
「忌憚のない非難ですね。私は正義ではない、と。正義とは、各々が正しいと信じたことを行うのではないですか?」
パラベルティークは滔々と続ける。
「そして、正しいことは世の中に一つではありません。間違っていることもまた然りです。とまぁ、私はあなたとは違って他人の正義を否定はしないということですよ」
「はぁ…悪役のセリフじゃないな」
「おや?ではあなたは正義の主人公なんですか?それは思い違いでしょう。この世界はあなただけが華々しく舞うための舞台ではないのですよ」
パラベルティークの言葉は妙に正論じみていて、反論し難いのが余計に腹立たしい。
「あなたも、立場を反転させて考えてみてはどうてしょう?」
「余計なお世話だ!」
「フォル君、もういいよ。あいつと口論するだけ無駄だから」
クーレに止められ、軽く舌打ちしながらもう一度見ると、炎の中に彼の姿は見えなくなっていた。
戦闘で消耗し、さらに炎と魔法師に包囲されて逃げるのが絶望的な中、俺とクーレは背中合わせに立っている。彼女の肩が大きく上下しているのが直に伝わってくる。
折れそうな気持ちをたがいに支え合って何とか保っている。
後ろを向いたまま、クーレが手を握ってきた。俺も応えるように握り返す。
戦って奴ら全員を倒すのは実力的にも体力的にも不可能だ。しかし、そう簡単に逃してくれるはずもない。
ふと横を見ると、いつの間にか再び現れたパラベルティークがあざけるような顔でこちらを見ていた。
その顔、俺が次にどんな行動を取るか、奴もわかっているって感じだな。誘導されているみたいで気に食わないが、これしかない。
背中合わせのままで、クーレに作戦を告げた。
「さて、ここからどう挽回するおつもりなんでしょうねぇ?」
そんなパラベルティークの声を気に留めず、二人同時に大きく息を吸った。やってやる。
「フォル君、行くよ!」
「あぁ!」
そして、二人同時に詠唱した。
「調律魔法!」
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魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
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ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
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