よろしい、お食べなさい。

弘奈文月

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りんご

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 タカノリ、という名前には苦々しい思い出がある。
 小さい頃、近所に住んでいた男の子がタカノリという名前で、それはもう大変手が掛かる子だった。
 すぐに泣くしすぐに疲れるし引っ込み思案で友達も出来なくて困っているとタカノリくんママは零していて、うちの母親がじゃああんた遊んであげなさいとわたしを引っ張りだしたのだ。
 タカノリくんは想像以上に引っ込み思案で、自分の気持ちを誰かに言うことが特別出来ない子だった。
 いやだと思ったら背を向ける、嬉しいと思ったら泣く。
 なんだかとても難しい子だと幼心に思いながら相手をしていたものだ。

 月日が経ってそれなりにタカノリくんの心の中もなんとなく察せるようになってきたけれど、タカノリ君には一向に友達が出来なくて、わたしは貴重な放課後を潰したり、貴重な休日を潰したりしながらタカノリ君と過ごしていた。けれど、そんな日もいつまでも続く訳がなく、高校生になったわたしは部活に入るのをきっかけにタカノリくんとは遊ばなくなった。そして、タカノリ君はわたしが大学生になっても社会人になってもひたすらにわたしを追い掛け続けている。

 ――昨日、母さんが林檎をお裾分けしたって言ってたぞ。

 ぴこん、という音と共にメッセージが入ってくる。

 はいはい、林檎ね林檎。どーも。

 タカノリ君は三日に一度は必ずメッセージを送ってくる。

 社会人になってからわたしは一度も実家に帰っていない。
 就職のときに父から言われた「そんな仕事」という言葉に腹を立てて今後一切近寄らないと言い捨てて家を出たのだ。下着を作る仕事はそんな仕事ではないし、立派な仕事の一つだ。どこがそんなに気に入らないのか分からないが、父から見れば女性下着を作る会社は受け入れがたい仕事らしい。
 あの様子ならきっと生理用品を作る会社だとか、水着を作る会社でも気に入らないんじゃないかと思う。そういった考えを持つ父が恥ずかしいし、それを止められない母も一気に嫌いになった。だから、タカノリ君ママが実家の方とどういう付き合いをしていようとわたしには関係がない。
 何度もそれを言っているのに、タカノリ君は懲りずにメッセージを送ってくる。
 昔の泣き虫タカノリ君を思い出すと、強く言えないしブロックすることも出来ない。

「どーも、と」

 短い返事を返してスマホを充電する。
 あの後すぐに解散して家に帰ってきたけれど、タカノリさん――天使のほうは少し寂しそうな顔で別れてくれたことが嬉しかった。
 連絡先交換のときの様子は少し引っかかるけれど、不倫とか浮気じゃない限りは狙っていきたい彼だった。可愛らしくて、けれども幼すぎなくて、思い出すだけでにやけてしまう。また会いたいな、いつにしようかな、ハンドタオル洗わなきゃな。そんなことを思いながら眠りについた。

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