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第1章:死神が笑うことなんてない
第1章:死神が笑うことなんてない(1)
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人間は大きく二つのカテゴリーに分類できる。いわゆる、持つ者と持たざる者だ。そして、国家における内乱はその多くが持たざる者の反逆である。
それは普通の事であるし、程度の差はあれそれが全くない国家など存在しない。反逆した持たざる者達に対する同情の念もないわけではない。
だが、その刃が愛しい人に向けられれば、相手にどのような理があろうとも知ったことではない。盗人の3分の理など当事者にとっては省みる価値のないものだ。
「あれかしら」
まばらに生い茂る木々の間から見える建造物を確認し、女性-アイラ・マリアンデール・ヴォルスング-は呟く。そして、更に歩を進め、木々の間を潜り抜け林から出る。
アイラの前に姿を現したのは、古い要塞跡だ。2年前の魔族の大侵攻の際に建造されたものである、と聞いている。堀は浅く、城壁は然程高くもない木の枠に土嚢を詰め込んだだけの代物だ。いくら急造のものとはいえ、これでは要塞といえるかどうかすら怪しい。
しかし、壁の中央部に設えられた門はなかなかの代物である。木の板に皮を張り、更に金属片で強化されたそれは腕のいい職人の手によるものであることは一目瞭然だ。
『そちらの様子はどう?』
不意に手首の辺りから声がする。手首につけている腕時計型通信端末からだ。その声は、この一年で聞き慣れた、アイラにとって守るべき少女の声。
「問題ありませんよ、姫。今から『説得』にかかります」
アイラは腕時計を口元に寄せて言う。
『気をつけて。必要があれば連絡してね? すぐに支援するから』
「はい。早く片付けて帰りましょう」
そう言って、アイラは通信を切り、要塞跡に向かって、身を隠す素振りすらなく無造作に歩いていく。『姫』に降りかからんとする火の粉を払うべく、ただ無造作に近づいていく。
『姫』を守るため、全ての害悪に鉄槌を下す。それが今のアイラの日常なのだ。
要塞跡の門の上に設けられた物見櫓に立つ見張りの男は妙なものが歩いてくるのを見る。季節は初夏であり、ここはそこそこ険しい山の中腹。そんな場所に白いフード付のマントを着込んで来る奴が現れるとは思わなかった。人数は一人であり、武器らしきものを持っている様子はない。脅威はなさそうだが、味方というわけではなさそうだ。
「何者だ!?」
男は門の手前に迫った白いマントに向けて誰何する。威嚇のために、弓-軍用のそれではなく狩猟用の単弓だが-に矢を番えて構えながら。
「領主の遣いです」
白マントは涼やかな声で言う。どうやら女のようだ。男はほんの少しだけ表情を柔らかくする。砦に立て篭もって数ヶ月の間女を見ておらず声も聞いていないからだ。
「愚かな真似はやめ、すぐに投降なさい。生活の不満があるのなら私から領主に伝えておきましょう」
「なに!?」
女の物言いに怒りを覚えた男は怒気を孕んだ声で言う。
「ふざけるな! 俺達を見捨てた領主なんかの言うことが聞けるか!?」
そう。領主は男達の集落を見捨てた。数ヶ月前の飢饉の時、領主は本来支給されるはずの非常用の糧食を寄越さなかったのである。今、彼らを率いている『神父』様達が施してくれた食料がなければ集落の大半の者は餓死していたことだろう。だから、男達は領主に弓を引くことにした。領主の不義理を弾劾するために。被征服民族である男達、ウラム人の地位の向上のために。
「そうですか」
怒る男の言葉を静かに受け流し、女は言う。
「ならば力づくで制圧させていただきましょう」
そう言って女はフードに手をかけ、それを取る。中から現れた顔を見て男は息を飲む。
女は驚くほどの美女である。腰まである長い蜂蜜色の髪。極上の宝石でさえ霞んで見える蒼い瞳。その他のパーツが絶妙なバランスで配置された恐ろしいほどに整った顔立ち。彼女と比べれば、今まで見てきた女など木偶にすぎない。まるで御伽噺の女神か妖精が目の前に光臨したようにすら思える。
女は無造作に門に近づく。男は黙ってそれを見ていた。矢を番えていた手の力はすでに抜けている。女の美しさに魂を奪われているというのもそうだが、素手の人間がこの門をどうにかできるとは思えないのだ。
女はしばらくの間門を手で撫で回す。その後、軽く息を吸い、吐き、
次の瞬間彼女の脚が空気を裂いた。
大気を揺るがす轟音、城門全体を揺るがす衝撃。そして、信じられない光景。
門の約4分の1が宙を舞っているのだ。
鈍い音とともに門の残骸が地面に落ちた時、男は我に帰り、恐るべき現実に気付く。あの女は素手で門を破壊したのだ。破城槌や大型の魔物の突進さえ防ぐ門を蹴り一発で破壊したのだ。
男は震える。あの美しい女は明らかに人知の範疇にある存在ではない。神か悪魔が現れて自分達を滅ぼそうとしている。そうとしかおもえなかった。
男は伝令の鐘を鳴らすことも忘れて、床に蹲りただただ繰り返す。神への許しと助けを請う言葉を。この騒動が終わる半刻ほどのあいだ。ただひたすらに。
それは普通の事であるし、程度の差はあれそれが全くない国家など存在しない。反逆した持たざる者達に対する同情の念もないわけではない。
だが、その刃が愛しい人に向けられれば、相手にどのような理があろうとも知ったことではない。盗人の3分の理など当事者にとっては省みる価値のないものだ。
「あれかしら」
まばらに生い茂る木々の間から見える建造物を確認し、女性-アイラ・マリアンデール・ヴォルスング-は呟く。そして、更に歩を進め、木々の間を潜り抜け林から出る。
アイラの前に姿を現したのは、古い要塞跡だ。2年前の魔族の大侵攻の際に建造されたものである、と聞いている。堀は浅く、城壁は然程高くもない木の枠に土嚢を詰め込んだだけの代物だ。いくら急造のものとはいえ、これでは要塞といえるかどうかすら怪しい。
しかし、壁の中央部に設えられた門はなかなかの代物である。木の板に皮を張り、更に金属片で強化されたそれは腕のいい職人の手によるものであることは一目瞭然だ。
『そちらの様子はどう?』
不意に手首の辺りから声がする。手首につけている腕時計型通信端末からだ。その声は、この一年で聞き慣れた、アイラにとって守るべき少女の声。
「問題ありませんよ、姫。今から『説得』にかかります」
アイラは腕時計を口元に寄せて言う。
『気をつけて。必要があれば連絡してね? すぐに支援するから』
「はい。早く片付けて帰りましょう」
そう言って、アイラは通信を切り、要塞跡に向かって、身を隠す素振りすらなく無造作に歩いていく。『姫』に降りかからんとする火の粉を払うべく、ただ無造作に近づいていく。
『姫』を守るため、全ての害悪に鉄槌を下す。それが今のアイラの日常なのだ。
要塞跡の門の上に設けられた物見櫓に立つ見張りの男は妙なものが歩いてくるのを見る。季節は初夏であり、ここはそこそこ険しい山の中腹。そんな場所に白いフード付のマントを着込んで来る奴が現れるとは思わなかった。人数は一人であり、武器らしきものを持っている様子はない。脅威はなさそうだが、味方というわけではなさそうだ。
「何者だ!?」
男は門の手前に迫った白いマントに向けて誰何する。威嚇のために、弓-軍用のそれではなく狩猟用の単弓だが-に矢を番えて構えながら。
「領主の遣いです」
白マントは涼やかな声で言う。どうやら女のようだ。男はほんの少しだけ表情を柔らかくする。砦に立て篭もって数ヶ月の間女を見ておらず声も聞いていないからだ。
「愚かな真似はやめ、すぐに投降なさい。生活の不満があるのなら私から領主に伝えておきましょう」
「なに!?」
女の物言いに怒りを覚えた男は怒気を孕んだ声で言う。
「ふざけるな! 俺達を見捨てた領主なんかの言うことが聞けるか!?」
そう。領主は男達の集落を見捨てた。数ヶ月前の飢饉の時、領主は本来支給されるはずの非常用の糧食を寄越さなかったのである。今、彼らを率いている『神父』様達が施してくれた食料がなければ集落の大半の者は餓死していたことだろう。だから、男達は領主に弓を引くことにした。領主の不義理を弾劾するために。被征服民族である男達、ウラム人の地位の向上のために。
「そうですか」
怒る男の言葉を静かに受け流し、女は言う。
「ならば力づくで制圧させていただきましょう」
そう言って女はフードに手をかけ、それを取る。中から現れた顔を見て男は息を飲む。
女は驚くほどの美女である。腰まである長い蜂蜜色の髪。極上の宝石でさえ霞んで見える蒼い瞳。その他のパーツが絶妙なバランスで配置された恐ろしいほどに整った顔立ち。彼女と比べれば、今まで見てきた女など木偶にすぎない。まるで御伽噺の女神か妖精が目の前に光臨したようにすら思える。
女は無造作に門に近づく。男は黙ってそれを見ていた。矢を番えていた手の力はすでに抜けている。女の美しさに魂を奪われているというのもそうだが、素手の人間がこの門をどうにかできるとは思えないのだ。
女はしばらくの間門を手で撫で回す。その後、軽く息を吸い、吐き、
次の瞬間彼女の脚が空気を裂いた。
大気を揺るがす轟音、城門全体を揺るがす衝撃。そして、信じられない光景。
門の約4分の1が宙を舞っているのだ。
鈍い音とともに門の残骸が地面に落ちた時、男は我に帰り、恐るべき現実に気付く。あの女は素手で門を破壊したのだ。破城槌や大型の魔物の突進さえ防ぐ門を蹴り一発で破壊したのだ。
男は震える。あの美しい女は明らかに人知の範疇にある存在ではない。神か悪魔が現れて自分達を滅ぼそうとしている。そうとしかおもえなかった。
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