2 / 23
第1章:死神が笑うことなんてない
第1章:死神が笑うことなんてない(1)
しおりを挟む
人間は大きく二つのカテゴリーに分類できる。いわゆる、持つ者と持たざる者だ。そして、国家における内乱はその多くが持たざる者の反逆である。
それは普通の事であるし、程度の差はあれそれが全くない国家など存在しない。反逆した持たざる者達に対する同情の念もないわけではない。
だが、その刃が愛しい人に向けられれば、相手にどのような理があろうとも知ったことではない。盗人の3分の理など当事者にとっては省みる価値のないものだ。
「あれかしら」
まばらに生い茂る木々の間から見える建造物を確認し、女性-アイラ・マリアンデール・ヴォルスング-は呟く。そして、更に歩を進め、木々の間を潜り抜け林から出る。
アイラの前に姿を現したのは、古い要塞跡だ。2年前の魔族の大侵攻の際に建造されたものである、と聞いている。堀は浅く、城壁は然程高くもない木の枠に土嚢を詰め込んだだけの代物だ。いくら急造のものとはいえ、これでは要塞といえるかどうかすら怪しい。
しかし、壁の中央部に設えられた門はなかなかの代物である。木の板に皮を張り、更に金属片で強化されたそれは腕のいい職人の手によるものであることは一目瞭然だ。
『そちらの様子はどう?』
不意に手首の辺りから声がする。手首につけている腕時計型通信端末からだ。その声は、この一年で聞き慣れた、アイラにとって守るべき少女の声。
「問題ありませんよ、姫。今から『説得』にかかります」
アイラは腕時計を口元に寄せて言う。
『気をつけて。必要があれば連絡してね? すぐに支援するから』
「はい。早く片付けて帰りましょう」
そう言って、アイラは通信を切り、要塞跡に向かって、身を隠す素振りすらなく無造作に歩いていく。『姫』に降りかからんとする火の粉を払うべく、ただ無造作に近づいていく。
『姫』を守るため、全ての害悪に鉄槌を下す。それが今のアイラの日常なのだ。
要塞跡の門の上に設けられた物見櫓に立つ見張りの男は妙なものが歩いてくるのを見る。季節は初夏であり、ここはそこそこ険しい山の中腹。そんな場所に白いフード付のマントを着込んで来る奴が現れるとは思わなかった。人数は一人であり、武器らしきものを持っている様子はない。脅威はなさそうだが、味方というわけではなさそうだ。
「何者だ!?」
男は門の手前に迫った白いマントに向けて誰何する。威嚇のために、弓-軍用のそれではなく狩猟用の単弓だが-に矢を番えて構えながら。
「領主の遣いです」
白マントは涼やかな声で言う。どうやら女のようだ。男はほんの少しだけ表情を柔らかくする。砦に立て篭もって数ヶ月の間女を見ておらず声も聞いていないからだ。
「愚かな真似はやめ、すぐに投降なさい。生活の不満があるのなら私から領主に伝えておきましょう」
「なに!?」
女の物言いに怒りを覚えた男は怒気を孕んだ声で言う。
「ふざけるな! 俺達を見捨てた領主なんかの言うことが聞けるか!?」
そう。領主は男達の集落を見捨てた。数ヶ月前の飢饉の時、領主は本来支給されるはずの非常用の糧食を寄越さなかったのである。今、彼らを率いている『神父』様達が施してくれた食料がなければ集落の大半の者は餓死していたことだろう。だから、男達は領主に弓を引くことにした。領主の不義理を弾劾するために。被征服民族である男達、ウラム人の地位の向上のために。
「そうですか」
怒る男の言葉を静かに受け流し、女は言う。
「ならば力づくで制圧させていただきましょう」
そう言って女はフードに手をかけ、それを取る。中から現れた顔を見て男は息を飲む。
女は驚くほどの美女である。腰まである長い蜂蜜色の髪。極上の宝石でさえ霞んで見える蒼い瞳。その他のパーツが絶妙なバランスで配置された恐ろしいほどに整った顔立ち。彼女と比べれば、今まで見てきた女など木偶にすぎない。まるで御伽噺の女神か妖精が目の前に光臨したようにすら思える。
女は無造作に門に近づく。男は黙ってそれを見ていた。矢を番えていた手の力はすでに抜けている。女の美しさに魂を奪われているというのもそうだが、素手の人間がこの門をどうにかできるとは思えないのだ。
女はしばらくの間門を手で撫で回す。その後、軽く息を吸い、吐き、
次の瞬間彼女の脚が空気を裂いた。
大気を揺るがす轟音、城門全体を揺るがす衝撃。そして、信じられない光景。
門の約4分の1が宙を舞っているのだ。
鈍い音とともに門の残骸が地面に落ちた時、男は我に帰り、恐るべき現実に気付く。あの女は素手で門を破壊したのだ。破城槌や大型の魔物の突進さえ防ぐ門を蹴り一発で破壊したのだ。
男は震える。あの美しい女は明らかに人知の範疇にある存在ではない。神か悪魔が現れて自分達を滅ぼそうとしている。そうとしかおもえなかった。
男は伝令の鐘を鳴らすことも忘れて、床に蹲りただただ繰り返す。神への許しと助けを請う言葉を。この騒動が終わる半刻ほどのあいだ。ただひたすらに。
それは普通の事であるし、程度の差はあれそれが全くない国家など存在しない。反逆した持たざる者達に対する同情の念もないわけではない。
だが、その刃が愛しい人に向けられれば、相手にどのような理があろうとも知ったことではない。盗人の3分の理など当事者にとっては省みる価値のないものだ。
「あれかしら」
まばらに生い茂る木々の間から見える建造物を確認し、女性-アイラ・マリアンデール・ヴォルスング-は呟く。そして、更に歩を進め、木々の間を潜り抜け林から出る。
アイラの前に姿を現したのは、古い要塞跡だ。2年前の魔族の大侵攻の際に建造されたものである、と聞いている。堀は浅く、城壁は然程高くもない木の枠に土嚢を詰め込んだだけの代物だ。いくら急造のものとはいえ、これでは要塞といえるかどうかすら怪しい。
しかし、壁の中央部に設えられた門はなかなかの代物である。木の板に皮を張り、更に金属片で強化されたそれは腕のいい職人の手によるものであることは一目瞭然だ。
『そちらの様子はどう?』
不意に手首の辺りから声がする。手首につけている腕時計型通信端末からだ。その声は、この一年で聞き慣れた、アイラにとって守るべき少女の声。
「問題ありませんよ、姫。今から『説得』にかかります」
アイラは腕時計を口元に寄せて言う。
『気をつけて。必要があれば連絡してね? すぐに支援するから』
「はい。早く片付けて帰りましょう」
そう言って、アイラは通信を切り、要塞跡に向かって、身を隠す素振りすらなく無造作に歩いていく。『姫』に降りかからんとする火の粉を払うべく、ただ無造作に近づいていく。
『姫』を守るため、全ての害悪に鉄槌を下す。それが今のアイラの日常なのだ。
要塞跡の門の上に設けられた物見櫓に立つ見張りの男は妙なものが歩いてくるのを見る。季節は初夏であり、ここはそこそこ険しい山の中腹。そんな場所に白いフード付のマントを着込んで来る奴が現れるとは思わなかった。人数は一人であり、武器らしきものを持っている様子はない。脅威はなさそうだが、味方というわけではなさそうだ。
「何者だ!?」
男は門の手前に迫った白いマントに向けて誰何する。威嚇のために、弓-軍用のそれではなく狩猟用の単弓だが-に矢を番えて構えながら。
「領主の遣いです」
白マントは涼やかな声で言う。どうやら女のようだ。男はほんの少しだけ表情を柔らかくする。砦に立て篭もって数ヶ月の間女を見ておらず声も聞いていないからだ。
「愚かな真似はやめ、すぐに投降なさい。生活の不満があるのなら私から領主に伝えておきましょう」
「なに!?」
女の物言いに怒りを覚えた男は怒気を孕んだ声で言う。
「ふざけるな! 俺達を見捨てた領主なんかの言うことが聞けるか!?」
そう。領主は男達の集落を見捨てた。数ヶ月前の飢饉の時、領主は本来支給されるはずの非常用の糧食を寄越さなかったのである。今、彼らを率いている『神父』様達が施してくれた食料がなければ集落の大半の者は餓死していたことだろう。だから、男達は領主に弓を引くことにした。領主の不義理を弾劾するために。被征服民族である男達、ウラム人の地位の向上のために。
「そうですか」
怒る男の言葉を静かに受け流し、女は言う。
「ならば力づくで制圧させていただきましょう」
そう言って女はフードに手をかけ、それを取る。中から現れた顔を見て男は息を飲む。
女は驚くほどの美女である。腰まである長い蜂蜜色の髪。極上の宝石でさえ霞んで見える蒼い瞳。その他のパーツが絶妙なバランスで配置された恐ろしいほどに整った顔立ち。彼女と比べれば、今まで見てきた女など木偶にすぎない。まるで御伽噺の女神か妖精が目の前に光臨したようにすら思える。
女は無造作に門に近づく。男は黙ってそれを見ていた。矢を番えていた手の力はすでに抜けている。女の美しさに魂を奪われているというのもそうだが、素手の人間がこの門をどうにかできるとは思えないのだ。
女はしばらくの間門を手で撫で回す。その後、軽く息を吸い、吐き、
次の瞬間彼女の脚が空気を裂いた。
大気を揺るがす轟音、城門全体を揺るがす衝撃。そして、信じられない光景。
門の約4分の1が宙を舞っているのだ。
鈍い音とともに門の残骸が地面に落ちた時、男は我に帰り、恐るべき現実に気付く。あの女は素手で門を破壊したのだ。破城槌や大型の魔物の突進さえ防ぐ門を蹴り一発で破壊したのだ。
男は震える。あの美しい女は明らかに人知の範疇にある存在ではない。神か悪魔が現れて自分達を滅ぼそうとしている。そうとしかおもえなかった。
男は伝令の鐘を鳴らすことも忘れて、床に蹲りただただ繰り返す。神への許しと助けを請う言葉を。この騒動が終わる半刻ほどのあいだ。ただひたすらに。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる