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第1章:死神が笑うことなんてない
第1章:死神が笑うことなんてない(2)
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「姫。親玉はどの辺ですか?」
『基地の奥の兵舎の辺りに何かいる。多分それ』
「了解」
腕時計型無線機で姫と通信しながら、アイラは砦を歩く。まるで無人の野を行くがごとく。
一応、敵らしきものが周囲にいないではない。粗末な服を着た男達が斧や槌といった武器を持ち、遠巻きに取り囲んでついてきてはいる。彼らに戦意はない。強固な門を素手で破壊する怪物を相手にすれば無理もないことではあるが。
基地の中央辺りの広場に来た辺りでようやく明確な敵が姿を現した。
豚と人間を混ぜて適当にデルフォメしたような外見を持つ二足歩行の生物達がアイラの前方から迫っている。その数は5体。身体には皮鎧を金属片で強化したものを纏い、手には槍や斧、それに弩など周りの人間達に比べればまだしもましな兵器を持っている。彼らはオーク。下級の魔族であり、邪神オルクスに組した妖精族の成れの果てである。並みの人間よりは優れた身体能力を備えており、個体によっては魔法を扱うこともできる種族だ。ただし、その性質は獰猛で思慮が浅い。故にアイラの脅威に気がついていないのだろう。
オークの内の1体がアイラに向けて弩を放つ。彼の狙いは正確であり、矢は狙いを違えずアイラの眉間に殺到する。アイラはそれを認識している。だが、よけようともしない。
結果、矢は直撃した。普通の人間なら間違いなく死んでいる。だが、アイラは顔色一つ変えずに歩を進める。矢は力なく地面に落ちた。彼女の額には傷のひとつさえない。
オーク共は戦慄する。どうやら、目の前の女は普通の人間ではないようだ。怯えながらも弩の矢を番える。次こそ、目の前の脅威を排除するために。だが、その動きは遅く、そして無駄だった。
矢を番えたオークに何かが飛ぶ。それはアイラが指で弾いただけのコイン。だが、それはオークの付近で約1300km/hに達し、その顔面にぶち当たる。オークの頭は落とした西瓜のように砕け散り、周囲に血肉をぶちまけた。
同胞の頭が砕けたことに反応して、隣のオークが手に持つ槍を投げつけようとする。だが、槍を構える前に彼は不幸な同胞と同じように血と脳を周囲に撒き散らして死んだ。
残った3体のオーク共の間に恐慌が走る。瞬く間に二人の同胞が殺された。しかも、相手は武器も構えず距離はまだ遠いにも拘らずだ。
自棄になったオークの内1体が手斧を振りかざし、アイラに突撃しようとする。だが、視線の先にすでに彼女はいない。目にも留まらぬうちに、彼女はオーク共の懐に飛び込んでいたのだ。
立ち尽くすオークの顎にアイラの鉄拳が炸裂する。顔面の半分ほどを砕かれながらオークは10mほど上空を舞う。そして、その身体が地に落ちるまでの間に、アイラは呆然と立ち尽くすオークの1体の腹に回し蹴りを、もう一体のオークには裏拳を食らわせた。前者は胴体から両断され、もう一体は顔をなくしながら数m水平に飛んだ後地面のしみとなった。
周囲の人間達の恐怖は増大していく。教祖様の命で手を組んでいたオーク共がこれほどまでに容易く葬り去られたのだから。逃げようとするものもいる。だが、それは無理だとすぐに悟る。広場は包囲されていた。100体近いオークと、より大型の魔族であるオーガ達の軍勢によってだ。今逃げれば、やつらに処分されるだろう。それに、いくらあの女が強くても素手で100体もの魔族を倒せるはずがない。
うんざりするほどの数の敵にアイラはため息をつく。あの程度の規模の敵なら素手でも十分壊滅させられるが、面倒な上に時間がかかる。
そう考えたアイラは武器を用意することにした。まずは材料とすべく転がっているオークの上半身と下半身を拾う。血で手と服が汚れるが、それらも一緒に処理するから問題はない。
ピシピシという僅かな音とともに、オークの身体が硬化していく。まるで、生物の身体が金属に置き換えられるように。そして、硬化が完了した次の瞬間、バキバキバキという異音とともに金属塊となったオークの身体が変形し始める。まるで幼児が粘土を弄ぶかのように。数秒後、アイラのそれぞれの手に残されたのは2丁の無骨な銃であった。アイラの世界ではこのような銃は分隊支援火器、または軽機関銃と呼ばれる代物だ。
生体FCS起動。目標マルチロックオン。意識下で火器官制システムを起動し、銃を構える。銃身長1.038m、総重量10kgの銃をまるで映画の2丁拳銃のように持ち、アイラは引き金を引く。乾いた音とともに吐き出された弾丸が、オークやオーガ達の身体を穿っていく。正確に速やかに、銃は破壊と殺戮をもたらす。頭を吹き飛ばされるもの、胴体を失うもの、粉みじんに砕かれるもの。死に様はそれぞれでも、その弾丸は確実に敵に命中し、確実にオーク共の数を減らしていく。
両手の銃の弾薬をそれぞれが半分ほどになるころには周囲は魔族の血と肉で赤く染まっていた。
「雑魚はこれで打ち止めかしら?」
アイラはそう言って両手の銃の左手に持った方を地面に放り捨てる。
周囲の人間達は今度こそ我先に逃げ出そうとする。こんな化け物の相手を自分達ができるはずがない。一刻も早くこの美女の形をした化け物から遠ざかりたい。この場にいる人間達は誰もがそう考えて走り去ろうとする、だが、
「静まりなさい!」
老人の声が広場に響く。その声は穏やかだが、張りと威厳があり広場の男達すべてを這いつくばらせるに足るものであった。ゆっくりと基地の奥から歩いてきたのは、禿頭の神官服を纏った男。どうやらこいつが男達の言っていた神父であろう、とアイラは確信する。
「異教の戦乙女よ。我等を力でねじ伏せても無駄だ。我等は権力の非道を糾弾するのみだ」
神父の言葉を聞き、アイラは口元に皮肉気な笑みを浮かべて言う。
「寝言は眠ってから言いなさいな。永遠の眠りについてから、あの世でね」
そして、右手に持つ銃の先端を突きつけて言う。
「その姿のまま死ぬ? それとも、本来の姿で戦って死ぬ? 選択権は一応くれてあげるわ」
アイラは容赦なく引き金に指をかける。周囲の男達が息を呑む声が聞こえるが、アイラはそれらにも侮蔑的な一瞥を向けるだけで反応しない。
ウラム人は古来から自身の民族の救済を謳う選民的で独善的な宗教を信奉してきた。アヴァロン帝国の寛大さにより、信教の自由は認められているため彼らは今も昔と変わらぬ神を崇めている。くそくらえ。アイラはその手の宗教が物凄く嫌いであった。信じる者しか救わないセコイ神もそんなものを拝んで自分達だけ助かりたいと願う連中もくそくらえとしか思えない。だから、周囲の男共は嫌いである。そもそもウラム人達は反抗的な態度で姫やその友人でこの地方の領主代行のミーティアを悩ませてきた。彼女らがいかに譲歩しようともである。そのような豚が許せるはずないし、ましてや豚を先導する外道など許せるはずがない。
「隠しても無駄よ? 貴方達がこの連中を手駒に置くための工作も大体わかっているもの」
そう言ってアイラは数歩歩き、銃口で神父の鼻先を小突く。
「ミーティアが送った救援隊を襲って奪った食料を、あたかも自分達の施しのように彼らに配ったのでしょう? 腐ったことをするわね」
「・・・どこで聞いたのかね? そんなことを」
「ただの推理よ。 最もその気になれば証拠はいくらでも得られるでしょうけど」
神父の言葉にアイラは表情ひとつ変えずに言う。この論は確かに推理でしかない。だが、かなりの確立で真実であろうと考えている。当たらじとも遠からじであろう。なぜなら、ミーティアが救援隊を編成する際に、アイラはすぐ近くにいたのだから。そして、それが行方不明・音信になったという連絡も受けている。後、姫の魔法によるスキャンでこいつが人間でないことも判明している。
「なるほど。鬱陶しいやつだな、貴様は!」
言葉と共に神父の体が、まるで風船のように膨らむ。全身の筋肉が膨張し、急速に体毛が伸びる。まるで昔映画で見た狼男の変身を見るかのようだ。
アイラは怯まずに変身中の神父に向けて銃を撃つ。だが、弾丸は皮膚で止まりダメージを与えているように見えない。
やがて変身は終わり、神父は巨大な獣の姿になっていた。その身体は獅子のようであり、その背には蝙蝠のような翼が生えており、その尾はまるで毒蛇のように蠢いている。
「やれやれ、この姿を晒さねばならないとはね」
そして、その顔は人間の老人のそれであり、人語を解するようである。アイラはこの魔物の事を姫から聞いたことがあった。
「マンティコア・・・」
人間の知恵、獅子の力、蝙蝠の飛行能力、毒蛇の毒。その全てを合わせた究極の生命体を目指して作られた合成獣マンティコア。それは古代の魔煌文明時代の狂った魔法使いに作られた魔獣。そのオリジナルは最終的に主人を食い殺して野生化したといわれている。彼はその末裔なのかもしれない。
アイラは容赦なく分隊支援火器を撃ち続ける。だが、マンティコアはまるでダメージを受けている様子はない。この手の魔法生物には聖別された銀か魔法の武器以外は通用しないと言われている。それは事実であるらしい、とアイラは思う。
「残念だったな、女ぁ!」
マンティコアは丸太のような腕でアイラを殴る。彼女の身体は数m後方に飛ばされて、尻餅をつく。そこに、マンティコアが圧し掛かりその動きを封じる。彼女の腕からは血が滲み出している。弩でも傷つかないその皮膚も、熊の腹を一撃で引き裂くマンティコアの爪には無力だ。マンティコアはそう思った。
アイラは地面に転がった分隊支援火器に手を伸ばすが、その手も踏みつけられてしまう。
「さて、命乞いでもしてみてはどうかね?」
マンティコアは押し倒した女の首筋に牙を押し当てながら楽しげに言う。
「君ならば我が部下にしてもいいだろう。この豚どものように生贄に捧げる事もない」
マンティコアの言葉に周囲の男達は落胆と驚愕の表情を浮かべる。はっきりと切り捨てる、と言われたのだ。自分たちの信じた存在から裏切られたのだ。それが魔族の言葉を信じた人間の末路だ。魔族は人間とは価値観が違いすぎる上に狡猾だ。基本的には考えが相容れることなどないのだ。
「悪いけど、外道に興味はないわ。出直してらっしゃいな」
絶体絶命の危機でもアイラは不敵に笑って言う。
「残念だな、女!」
マンティコアはそう言いながらアイラの首筋に牙を突き立てる。爪より鋭い牙はやすやすと彼女の皮膚を切り裂き、頚動脈を破る。そのはずだった。だが、どうしようとも彼女の肌に傷をつけることができない。皮膚に牙が埋まらないのだ。
「残念だったわね、ケダモノ!」
アイラは凶暴な笑みを浮かべて言う。彼女の皮膚装甲は対物ライフルの一撃すら食い止める。マンティコアの牙程度では傷ひとつつくはずがない。肩の傷は、わざわざ皮膚装甲の結合力を低下させていただけだ。
「じゃあ、さようなら」
アイラは右肩の傷口に指を突っ込む。そこから引き抜かれたのは真っ赤な水晶でできた短剣であった。
アイラは躊躇なくそれをマンティコアの首元に埋める。そして、彼が悲鳴を上げるまもなくその首を切断した。
「み、ご…と、だ」
首だけのマンティコアが言う。
「うつ、く、し、き…ばけ、も…の」
「レディに向かって化け物呼ばわりはひどくないかしら?」
息絶えようとする獣の首に向かってそう言い捨てながら立ち上がり、アイラは周囲の人間達を見る。彼らは我先に走り始めていた。これでいい、アイラはそう思う。彼らは逃げて自身の集落で魔族の卑劣さと、この地方に住むアイラという怪物の恐ろしさを喧伝するであろう。そうなれば当分は反乱など起きるはずがない。
ふと、アイラは近くに禍々しい気配を感じた。常人ならこの場にいるだけで卒倒しそうなほどの殺気。原因はすぐにわかった。基地の奥、兵舎の辺りに妙な気配を感じるのだ。
「姫。状況はどんな感じですか?」
『アケロンへのゲートが開き始めているみたい。このままではオルクスの軍勢が攻め入ってくるかも』
邪神オルクスの支配する世界。永遠の戦場にして、人の原初の欲望の溢れる地獄。それがアケロンだ。アケロンには地上で見られないような恐ろしい魔物も存在するらしい。そんなものが大挙してこの世界に現れればどんな被害が出るかわからない。
「姫。支援をお願いします。兵舎の場所に向けて大規模攻撃魔法『雷神乃槌』を打ち込んでください。残りは私が潰します」
『了解。 お願いね、アイラ。この国を守るために』
姫の檄を聞き、アイラは通信を終了する。恐らく、姫は後方支援に飽き足らずこの場に出てくるだろう。この国の危機を救うために。
あまっちょろいな、とアイラは思う。彼女は確かにこの国はおろか世界を一度は救った。だが、それで彼女が得たものは死神の渾名と、体のいい厄介払いである田舎町の長の地位だ。そんな風に自身を虐げる連中のために命を懸ける意味はあるのだろうか。
だが、そんな彼女を守るのが自分の仕事だ、とアイラは思う。彼女の命とその無垢な心を守る。それはある意味でこの世界を守ることより価値があるように思える。
「姫のために。全ての悪と不義理に鉄槌を」
胸の前で十字を切ってそう呟き、アイラは歩き始める。紅の剣を携えて。姫のために、この世界で自分が生きていく意義のために。アイラは剣を取り、今日も敵と戦うのだ。
『基地の奥の兵舎の辺りに何かいる。多分それ』
「了解」
腕時計型無線機で姫と通信しながら、アイラは砦を歩く。まるで無人の野を行くがごとく。
一応、敵らしきものが周囲にいないではない。粗末な服を着た男達が斧や槌といった武器を持ち、遠巻きに取り囲んでついてきてはいる。彼らに戦意はない。強固な門を素手で破壊する怪物を相手にすれば無理もないことではあるが。
基地の中央辺りの広場に来た辺りでようやく明確な敵が姿を現した。
豚と人間を混ぜて適当にデルフォメしたような外見を持つ二足歩行の生物達がアイラの前方から迫っている。その数は5体。身体には皮鎧を金属片で強化したものを纏い、手には槍や斧、それに弩など周りの人間達に比べればまだしもましな兵器を持っている。彼らはオーク。下級の魔族であり、邪神オルクスに組した妖精族の成れの果てである。並みの人間よりは優れた身体能力を備えており、個体によっては魔法を扱うこともできる種族だ。ただし、その性質は獰猛で思慮が浅い。故にアイラの脅威に気がついていないのだろう。
オークの内の1体がアイラに向けて弩を放つ。彼の狙いは正確であり、矢は狙いを違えずアイラの眉間に殺到する。アイラはそれを認識している。だが、よけようともしない。
結果、矢は直撃した。普通の人間なら間違いなく死んでいる。だが、アイラは顔色一つ変えずに歩を進める。矢は力なく地面に落ちた。彼女の額には傷のひとつさえない。
オーク共は戦慄する。どうやら、目の前の女は普通の人間ではないようだ。怯えながらも弩の矢を番える。次こそ、目の前の脅威を排除するために。だが、その動きは遅く、そして無駄だった。
矢を番えたオークに何かが飛ぶ。それはアイラが指で弾いただけのコイン。だが、それはオークの付近で約1300km/hに達し、その顔面にぶち当たる。オークの頭は落とした西瓜のように砕け散り、周囲に血肉をぶちまけた。
同胞の頭が砕けたことに反応して、隣のオークが手に持つ槍を投げつけようとする。だが、槍を構える前に彼は不幸な同胞と同じように血と脳を周囲に撒き散らして死んだ。
残った3体のオーク共の間に恐慌が走る。瞬く間に二人の同胞が殺された。しかも、相手は武器も構えず距離はまだ遠いにも拘らずだ。
自棄になったオークの内1体が手斧を振りかざし、アイラに突撃しようとする。だが、視線の先にすでに彼女はいない。目にも留まらぬうちに、彼女はオーク共の懐に飛び込んでいたのだ。
立ち尽くすオークの顎にアイラの鉄拳が炸裂する。顔面の半分ほどを砕かれながらオークは10mほど上空を舞う。そして、その身体が地に落ちるまでの間に、アイラは呆然と立ち尽くすオークの1体の腹に回し蹴りを、もう一体のオークには裏拳を食らわせた。前者は胴体から両断され、もう一体は顔をなくしながら数m水平に飛んだ後地面のしみとなった。
周囲の人間達の恐怖は増大していく。教祖様の命で手を組んでいたオーク共がこれほどまでに容易く葬り去られたのだから。逃げようとするものもいる。だが、それは無理だとすぐに悟る。広場は包囲されていた。100体近いオークと、より大型の魔族であるオーガ達の軍勢によってだ。今逃げれば、やつらに処分されるだろう。それに、いくらあの女が強くても素手で100体もの魔族を倒せるはずがない。
うんざりするほどの数の敵にアイラはため息をつく。あの程度の規模の敵なら素手でも十分壊滅させられるが、面倒な上に時間がかかる。
そう考えたアイラは武器を用意することにした。まずは材料とすべく転がっているオークの上半身と下半身を拾う。血で手と服が汚れるが、それらも一緒に処理するから問題はない。
ピシピシという僅かな音とともに、オークの身体が硬化していく。まるで、生物の身体が金属に置き換えられるように。そして、硬化が完了した次の瞬間、バキバキバキという異音とともに金属塊となったオークの身体が変形し始める。まるで幼児が粘土を弄ぶかのように。数秒後、アイラのそれぞれの手に残されたのは2丁の無骨な銃であった。アイラの世界ではこのような銃は分隊支援火器、または軽機関銃と呼ばれる代物だ。
生体FCS起動。目標マルチロックオン。意識下で火器官制システムを起動し、銃を構える。銃身長1.038m、総重量10kgの銃をまるで映画の2丁拳銃のように持ち、アイラは引き金を引く。乾いた音とともに吐き出された弾丸が、オークやオーガ達の身体を穿っていく。正確に速やかに、銃は破壊と殺戮をもたらす。頭を吹き飛ばされるもの、胴体を失うもの、粉みじんに砕かれるもの。死に様はそれぞれでも、その弾丸は確実に敵に命中し、確実にオーク共の数を減らしていく。
両手の銃の弾薬をそれぞれが半分ほどになるころには周囲は魔族の血と肉で赤く染まっていた。
「雑魚はこれで打ち止めかしら?」
アイラはそう言って両手の銃の左手に持った方を地面に放り捨てる。
周囲の人間達は今度こそ我先に逃げ出そうとする。こんな化け物の相手を自分達ができるはずがない。一刻も早くこの美女の形をした化け物から遠ざかりたい。この場にいる人間達は誰もがそう考えて走り去ろうとする、だが、
「静まりなさい!」
老人の声が広場に響く。その声は穏やかだが、張りと威厳があり広場の男達すべてを這いつくばらせるに足るものであった。ゆっくりと基地の奥から歩いてきたのは、禿頭の神官服を纏った男。どうやらこいつが男達の言っていた神父であろう、とアイラは確信する。
「異教の戦乙女よ。我等を力でねじ伏せても無駄だ。我等は権力の非道を糾弾するのみだ」
神父の言葉を聞き、アイラは口元に皮肉気な笑みを浮かべて言う。
「寝言は眠ってから言いなさいな。永遠の眠りについてから、あの世でね」
そして、右手に持つ銃の先端を突きつけて言う。
「その姿のまま死ぬ? それとも、本来の姿で戦って死ぬ? 選択権は一応くれてあげるわ」
アイラは容赦なく引き金に指をかける。周囲の男達が息を呑む声が聞こえるが、アイラはそれらにも侮蔑的な一瞥を向けるだけで反応しない。
ウラム人は古来から自身の民族の救済を謳う選民的で独善的な宗教を信奉してきた。アヴァロン帝国の寛大さにより、信教の自由は認められているため彼らは今も昔と変わらぬ神を崇めている。くそくらえ。アイラはその手の宗教が物凄く嫌いであった。信じる者しか救わないセコイ神もそんなものを拝んで自分達だけ助かりたいと願う連中もくそくらえとしか思えない。だから、周囲の男共は嫌いである。そもそもウラム人達は反抗的な態度で姫やその友人でこの地方の領主代行のミーティアを悩ませてきた。彼女らがいかに譲歩しようともである。そのような豚が許せるはずないし、ましてや豚を先導する外道など許せるはずがない。
「隠しても無駄よ? 貴方達がこの連中を手駒に置くための工作も大体わかっているもの」
そう言ってアイラは数歩歩き、銃口で神父の鼻先を小突く。
「ミーティアが送った救援隊を襲って奪った食料を、あたかも自分達の施しのように彼らに配ったのでしょう? 腐ったことをするわね」
「・・・どこで聞いたのかね? そんなことを」
「ただの推理よ。 最もその気になれば証拠はいくらでも得られるでしょうけど」
神父の言葉にアイラは表情ひとつ変えずに言う。この論は確かに推理でしかない。だが、かなりの確立で真実であろうと考えている。当たらじとも遠からじであろう。なぜなら、ミーティアが救援隊を編成する際に、アイラはすぐ近くにいたのだから。そして、それが行方不明・音信になったという連絡も受けている。後、姫の魔法によるスキャンでこいつが人間でないことも判明している。
「なるほど。鬱陶しいやつだな、貴様は!」
言葉と共に神父の体が、まるで風船のように膨らむ。全身の筋肉が膨張し、急速に体毛が伸びる。まるで昔映画で見た狼男の変身を見るかのようだ。
アイラは怯まずに変身中の神父に向けて銃を撃つ。だが、弾丸は皮膚で止まりダメージを与えているように見えない。
やがて変身は終わり、神父は巨大な獣の姿になっていた。その身体は獅子のようであり、その背には蝙蝠のような翼が生えており、その尾はまるで毒蛇のように蠢いている。
「やれやれ、この姿を晒さねばならないとはね」
そして、その顔は人間の老人のそれであり、人語を解するようである。アイラはこの魔物の事を姫から聞いたことがあった。
「マンティコア・・・」
人間の知恵、獅子の力、蝙蝠の飛行能力、毒蛇の毒。その全てを合わせた究極の生命体を目指して作られた合成獣マンティコア。それは古代の魔煌文明時代の狂った魔法使いに作られた魔獣。そのオリジナルは最終的に主人を食い殺して野生化したといわれている。彼はその末裔なのかもしれない。
アイラは容赦なく分隊支援火器を撃ち続ける。だが、マンティコアはまるでダメージを受けている様子はない。この手の魔法生物には聖別された銀か魔法の武器以外は通用しないと言われている。それは事実であるらしい、とアイラは思う。
「残念だったな、女ぁ!」
マンティコアは丸太のような腕でアイラを殴る。彼女の身体は数m後方に飛ばされて、尻餅をつく。そこに、マンティコアが圧し掛かりその動きを封じる。彼女の腕からは血が滲み出している。弩でも傷つかないその皮膚も、熊の腹を一撃で引き裂くマンティコアの爪には無力だ。マンティコアはそう思った。
アイラは地面に転がった分隊支援火器に手を伸ばすが、その手も踏みつけられてしまう。
「さて、命乞いでもしてみてはどうかね?」
マンティコアは押し倒した女の首筋に牙を押し当てながら楽しげに言う。
「君ならば我が部下にしてもいいだろう。この豚どものように生贄に捧げる事もない」
マンティコアの言葉に周囲の男達は落胆と驚愕の表情を浮かべる。はっきりと切り捨てる、と言われたのだ。自分たちの信じた存在から裏切られたのだ。それが魔族の言葉を信じた人間の末路だ。魔族は人間とは価値観が違いすぎる上に狡猾だ。基本的には考えが相容れることなどないのだ。
「悪いけど、外道に興味はないわ。出直してらっしゃいな」
絶体絶命の危機でもアイラは不敵に笑って言う。
「残念だな、女!」
マンティコアはそう言いながらアイラの首筋に牙を突き立てる。爪より鋭い牙はやすやすと彼女の皮膚を切り裂き、頚動脈を破る。そのはずだった。だが、どうしようとも彼女の肌に傷をつけることができない。皮膚に牙が埋まらないのだ。
「残念だったわね、ケダモノ!」
アイラは凶暴な笑みを浮かべて言う。彼女の皮膚装甲は対物ライフルの一撃すら食い止める。マンティコアの牙程度では傷ひとつつくはずがない。肩の傷は、わざわざ皮膚装甲の結合力を低下させていただけだ。
「じゃあ、さようなら」
アイラは右肩の傷口に指を突っ込む。そこから引き抜かれたのは真っ赤な水晶でできた短剣であった。
アイラは躊躇なくそれをマンティコアの首元に埋める。そして、彼が悲鳴を上げるまもなくその首を切断した。
「み、ご…と、だ」
首だけのマンティコアが言う。
「うつ、く、し、き…ばけ、も…の」
「レディに向かって化け物呼ばわりはひどくないかしら?」
息絶えようとする獣の首に向かってそう言い捨てながら立ち上がり、アイラは周囲の人間達を見る。彼らは我先に走り始めていた。これでいい、アイラはそう思う。彼らは逃げて自身の集落で魔族の卑劣さと、この地方に住むアイラという怪物の恐ろしさを喧伝するであろう。そうなれば当分は反乱など起きるはずがない。
ふと、アイラは近くに禍々しい気配を感じた。常人ならこの場にいるだけで卒倒しそうなほどの殺気。原因はすぐにわかった。基地の奥、兵舎の辺りに妙な気配を感じるのだ。
「姫。状況はどんな感じですか?」
『アケロンへのゲートが開き始めているみたい。このままではオルクスの軍勢が攻め入ってくるかも』
邪神オルクスの支配する世界。永遠の戦場にして、人の原初の欲望の溢れる地獄。それがアケロンだ。アケロンには地上で見られないような恐ろしい魔物も存在するらしい。そんなものが大挙してこの世界に現れればどんな被害が出るかわからない。
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『了解。 お願いね、アイラ。この国を守るために』
姫の檄を聞き、アイラは通信を終了する。恐らく、姫は後方支援に飽き足らずこの場に出てくるだろう。この国の危機を救うために。
あまっちょろいな、とアイラは思う。彼女は確かにこの国はおろか世界を一度は救った。だが、それで彼女が得たものは死神の渾名と、体のいい厄介払いである田舎町の長の地位だ。そんな風に自身を虐げる連中のために命を懸ける意味はあるのだろうか。
だが、そんな彼女を守るのが自分の仕事だ、とアイラは思う。彼女の命とその無垢な心を守る。それはある意味でこの世界を守ることより価値があるように思える。
「姫のために。全ての悪と不義理に鉄槌を」
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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