Storm princess -白き救世主と竜の姫君-

かぴゅす

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第1章:死神が笑うことなんてない

第1章:死神が笑うことなんてない(4)

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 夕焼けが綺麗だ。街道沿いに馬車を進ませながら、アイラは沈み行く陽を眺めて思う。この世界でも夕焼けは茜色で、自分の住んでいた世界と変わらない、と。そして、この世界にすっかり順応している自分を少しおかしく思う。同時にこうして夕日を眺めて美しいと思える心の余裕を嬉しく思う。前の世界ではこんな余裕などなかったように思うからだ。
  ふと、隣に座るリミアの方を見る。彼女は馬車に乗ってからほとんど口を利いていない。原因はアイラにも見当がついている。久しぶりに聞いたあの言葉が胸に引っかかっているのだろう。

 「アイラ」

  馬車に乗ってからリミアは初めてアイラの名を呼んだ。

 「何ですか、姫?」

  アイラはそれに静かに微笑んで応える。

 「私は…ずっと死神のままなのかな?」

  膝を抱えながらリミアは言う。
  リミアは生まれたときから魔法が使える、という異常な能力を持っていた。3歳の頃にはすでに魔法式の起動ができたというのだから、天才などという言葉では片付かないほどの才能がある。(一般の魔術師は学校で師について修練を積まなければ、魔法式の起動はできない)
  だが、妾腹の皇族である彼女はアヴァロンを牛耳る皇后の一族、ライザナーザ家の目の敵にされてきた。彼女にまつわる悪い噂はほぼ全て奴らの流したデマである。唯一(アイラと会うまでの実績として)デマではない、『彼女と戦場を共にするものは生きては帰れない』という話も土台彼女が送り込まれる戦場が絶望的な戦局であるからである。しかも、彼女は指揮官などではなく単なる兵器として送り込まれるのである。そんな状況なのだから、単純に強い彼女だけが生き残るのは不思議でもなければ、彼女が悪いわけではない。
  だが、与太話も多方面で言い続ければ真実になるのが世の常だ。それらのデマはすっかり真実として世の中に伝わっており、リミアは世間では「悪魔の子」だの「死神」だのと呼ばれる。そして、不幸な事に彼女自身も本当に自分は死神なのではないか、と思っていることである。

 「姫が死神なら、何度も一緒に戦って生きている私は何ですか?」

  アイラは苦笑して言う。この世界に来て2年。アイラは幾度となくリミアと共に戦っているが、アイラは当然のように生きており、他の共闘者も死人が出ることはかなり少なくなっている。それだけでも、リミアが死神などではない証明になるのではないのか、とアイラは思う。

 「アイラは最強だから」

  そう言ってリミアはアイラの肩に寄りかかる。アイラがいる限り、自分は死神にならずにすむと思っているのかもしれない。それは悲しいことだと、アイラは思う。アイラがいようがいまいが彼女は死神などではない。彼女にそう教えてあげたい。

  ふと、アイラは妙案を思いついた。

 「姫、少し私の世界の話をしましょうか?」

  唐突なアイラの言葉に少し驚いた様子でリミアはアイラの方を見る。アイラは自身が元いた世界についてのことをあまり話さない。それを自発的に話すのは珍しいことだったのだ。

 「ある所に空き巣の被害に遭ったという男がいました。警務の兵士は彼の家に検分するために男の家に訪れました」

  アイラの話を聞いて、リミアは少し不思議に思う。アイラの話はあまり自身の世界の話だという気がしない。なにやら寓話を聞いているように感じられる。

 「家の中をみた兵士は言いました。『何もない家だな。ほとんど家具もないじゃないか』男は言います。『へぇ、何もかも盗まれてしまったもので』」

  話を聞いている内にリミアはなにやら可笑しく思えてきた。アイラの真面目なのだかふざけているのだかわからない語り口が可笑しいのだ。

 「報告するために盗まれたものを尋ねていた兵士は言います。『絨毯もないじゃないか。そんなものまで盗まれたのか?』男は言います。『絨毯といいますと?』兵士は呆れて言います『絨毯は絨毯だよ。アララート紋柄とか色々あるだろう?』男は言いました『じゃあ、そのアララート紋柄ってのでお願いします』『ってのでお願いしますなんて言い方があるのか?』兵士は首を傾げながらも報告書に書き記しました」

  アイラの話を聞いている内にリミアは違和感を覚える。絨毯は庶民の間にもそこそこ浸透しているがアララート織りの絨毯は高級品で下級の貴族さえ買えない代物だ。よほど裕福な者でなくては買えるはずがない。男は明らかに絨毯というものを知らないにも関わらず適当なことを言って、兵士は違和感を感じながらも律儀に報告書に書き記している。ありそうでありえない奇妙で滑稽な状況の話。
リミアは可笑しく思いながらもアイラがどんな意図で話しているのかよくわからないでいた。

 「兵士はさらに尋ねます。『タンスもないじゃないか。それも盗まれたのか? どんなタンスだったんだ?』男は応えます『へぇ、それもアララート紋柄ってやつで』」

  そこまで聞いて、リミアはつい噴出してしまう。アララートは砂漠と荒野の国だ。そんなところでタンスが作れるはずがない。しかも、アララート紋柄とは赤を基調とした派手なものである。どんなタンスなのだろう、と思い可笑しくなったのだ。

 「不意に家に別の男が乱入して来ました。男は怒って言います。『おい!俺はこの家に入った泥棒だが、盗むものが何もないのにあれをとられたこれをとられたと嘘八百を並べやがって! 嘘つきは泥棒の始まりだ! こいつを捕まえてくれ!』と」

 「ちょっと待って、アイラ」

  クスクスと笑いながら、リミアはアイラの話を止める。

 「そんなことあるはずないじゃない。おかしいんだから」

 「これが私の世界の娯楽の一つ『落語』というものです」

  そう言ってアイラはリミアの顔を覗き込んで言う。

 「姫は今笑っています。これでも姫は死神ですか?」

  アイラの言葉にリミアははっとする。

 「死神が笑うなんてことはありません。奴等は冷酷に命を刈り取るのです。笑って命を刈り取る死神はいません」

 「うん…」

  そう言ってリミアは再びアイラの肩に寄りかかる。アイラは黙って彼女の頭を撫でてやる。
  ローザの話では、昔のリミアはほとんど笑わない娘だったという。幼い頃から虐待を受け続けてきたせいだという話だ。だが、今の彼女は普通に笑える娘だ。そんな彼女の笑顔を守りたいと思う。

 「アイラ」

  アイラに甘えながら、リミアは彼女の名前を呼ぶ。

 「ずっと側にいてね? アイラがいないと、私は笑えないと思うから」

 「はい」

  リミアの言葉をアイラは了解する。少なくとも、彼女が自分なしでも笑えるようになるまで、アイラは彼女の剣であり続けるだろう。彼女を守る無敵の剣として。
  かつては世界を変えるために生み出されたモノであったアイラはこうして今日も異世界での暮らしの一日を終えたのだった。 
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