恋喰らい 序

葉月キツネ

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2人の出会い

帰路にて

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 午後の授業時間はあっという間であった。
それはいつも通りの日常ではなく、普段話さないことを彼女に話したからだ。
 この手の話題をいつも避けてきた自分が不思議と話してしまったのはそれだけ傷が癒えたからなのか、恋愛に対する無関心さが上がったからなのかは自分でもわからなかった。
「じゃあ私はここで!またね奏ちゃん!」
「うん、また明日」
 彼女とはいつも最寄りの駅近くまで帰るのが下校ルートだ。彼女は電車に乗らず歩いて登校してきている。
電車に乗らずに通える距離に住んでいる彼女が羨ましく思えた。
 電車に乗ると嫌でも視線を集めてしまうことは自分でも理解していた。人に話すと自惚れに思われるかもしれないが、以前にこのことを話すと「だよねー。私も友達じゃなかったら見ちゃうし自惚れじゃないよ!」と返された。
 地下のホームへ降りて電車を待つ、最近では女性専用車両なるものが設置されるようになって幾分気楽にはなった。それでも同車両からでも視線を感じるのは自意識過剰な勘違いだと思いたい。
 電車の時間は5分程度、2駅間は特にこれと言ってすることもなくただ外を眺めてるのが平常だが、一度「悩み事あるの?聞こうかと?」と男性に声を掛けられた時は「私はそんな深刻そうな顔をしているのか」と少しへこんだ。
 地下から改札まで上がり定期を通して外に出る、後は家に着くまでは坂道を登っていくだけである。
 団地を抜けて赤く舗装された道の滑らかな坂を登って歩く。
 視線を感じた、前からだ。前方からは初老のスーツを着た男性が一人だけだ、視線の主は決まった。
 見られていることを感じながらも、目を合わせないように歩いていく、目を合わすと声をかけられる、経験則からの答えだ。
 目を合わさないまま男性の横を通り過ぎる。
「君ちょっとだけいいかな」
 声を掛けられたことに驚いた。
 ただ声の主には何となく違和感を感じた。今までの男性と違う空気、今までの人たちとなにか違和感を感じる。
「は、はい。道に迷いましたか?」
 驚きと違和感で思わず言葉の頭が詰まった。
「いや違うんだがね…まず私は怪しいものではなくて…」
「はぁ…」
 とても怪しかった。本当に「怪しいものではない」ということを使う人がいたことにも驚いた。そんなセリフはドラマの世界だけだと思っていたからだ。
「私は六田透といいます。探偵を仕事にしている者です。以後お見知りおきを」
「探偵…ですか」
 自己紹介をすると懐から名刺入れを取り出し、その中から一枚名刺をだして私に渡してきた。
 確かに名刺には「六田探偵事務所 六田透」と書いてあった。恐る恐る右手で受け取り男へと問いかけた。
「ここで何か探しものですか?私あまり知り合いがいないので力にはなれないと思いますが」
 探偵についてあまり知らないが、よくドラマでは探偵役は探し物をしているイメージがあったので、それしか思いつかなかった。
「いやいやそうではないんだ」
 否定の言葉が返ってきたことで、私の中の探偵像から理解の範疇外へと飛び出した。
「な、ナンパですか…」
 男はその言葉を聞くと鼻で笑った。
「この年で君のような若い子にナンパするほど元気ではないな、ただ私と同類を見つけて思わず声をかけてしまった」
「言ってる意味が分かりません」
 意味の分からないことを言う男に堪らず口調を荒げた。人に怒りという感情を向けたのはいつぶりだろうか、一度の呼吸が大きくなるのが分かる。
 そんな私を尻目に男はうっすらと笑顔を浮かべた、気持ちのいいとは思えない笑顔だ、まるで人を小ばかにするような笑顔に私の怒りは一層増した。
「すまないね。私らしくもないな、君を怒らせるつもりはなかったんだ。君はわからなくて当然なのだから。私はね、いや私たちは人間ではないんだ。私はそれを理解していて、君は知らなかったそれだけだ。君は…」
「やっぱり馬鹿にしているんですね、そんな意味の分からない話を信じる人間だと思われたのが不愉快です。もう話しかけてこないでください」
 男の話を遮って、怒りの言葉をぶつける。男を1秒でも早く視界から消し去りたい、頭の中にはそれで一杯だった。
 そのまま前に足を踏み出し男をすり抜けていく、普段の歩調の2倍は早く歩き出だす。すると風を切って歩いたせいか、少し冷たい風が熱くなった頬を少しだけだが冷やした。
「君は人に好意を向けられるが、すぐその人に嫌われる。違うかな」
 男の言葉が後ろから響いた。思わず歩みの速度が遅くなる。素性も知らない初めて会った人に自分の悩みを言われたからだ。「適当に言った言葉がたまたま的中したのではないか」そうとしか思えなかった、そのまま聞かなかったふりをして再度足を踏み出す。
「そして、、どうだろう」
 足が止まった。そのことは誰にも話したことのない、自分だけの知っていることだ。たまたまにしては言っていることがあまりにも的確だった。
「言っている意味が分かりません…」
 震える声で答えた。あまりの動揺に余裕ある返事ができなかった。
 気持ち悪いほどに的確に言い当てられた自分だけの悩み事、それを言い当てた男に正直気持ち悪さを感じた。それと同時に男の言葉が脳裏に浮かんだ「ただ私と同類を見つけて」その言葉が頭から離れなかった。
「そうか、それならいいんだ、すまなかったね。忘れてくれ」
 ため息交じりに言葉が背後から響いた。
 男の言葉から言葉通りの感情は感じられなかった、だがこちらの動揺を見抜いているのは伝わってきた。人によっては舌なめずりをしていてもおかしくない。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ、何か困ったことがあれば名刺に書いてある住所へ来てみるといい、わからないことには答えてあげよう。私がいればだがね」
 今までの言葉と違い、男の声は明るく、まっすぐなものだった。そこに悪意は感じられなかった。その言葉と同時に後ろから男の気配が遠ざかるのが分かった。
 手にある名刺を財布の中にしまい、そのまま自宅へと続く滑らかな坂道を歩き出した。
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