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イードとの出会い

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 帝国ヒルダガルデ。商業の要衝である港町ユーバインに、アンシア公国の船が寄せられたのは、フェリチェの旅立ちから二ヶ月後の夕刻のことだ。

 長旅の間に船酔いに慣れることはなく、フェリチェは散々な思いでユーバインの地に足を下ろした。
 どこかに座って休もうにも、人が多すぎてその辺に腰を下ろすわけにもいかず、ふらふらへろへろになりながら、人通りの少ない方へ歩いていった。

「なるほどな。さすがは帝国の要衝。いろんな者でごった返してる」

 少しすれ違っただけでも、フェネット以外の獣人も結構な数確認できた。期待に胸を膨らませつつも、今は混ぜっ返された胃を何とか落ち着けることに精一杯だ。
 まずは宿を探さなければと思いながら、吐き気に蹲っていると、背後から肩を叩かれた。

「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

 振り返れば、人の良さそうな人間の男二人組がフェリチェを心配して覗き込んでいた。

「何か手伝えることはあるかい?」

 束の間、警戒したフェリチェだったが、その優しい問いかけに安堵して、水を求めた。

「ほらよ。慌てず飲みな」
「すまないな……恩に着る」

 差し出された革袋にたっぷり入ったそれを、フェリチェは天の恵みとばかりにごくごく飲んだ。渇いた喉を水が滑り降りた途端、業火で炙られたが如く喉が灼かれ、空っぽの胃はかっかと熱くなった。
 思わず、口に残っていたそれをフェリチェは吐き出した。

「にゃっ、にゃんだ、これは! 水じゃないぞ!」
「酒だよ。ああ、まったく無茶して飲むから……ふらふらじゃないか、お嬢さん」
「ほら、しっかり掴まって。どこか休める処に行かないとな」

 両脇から腕を絡み取られ、引きずられるように路地の奥へと連れ込まれる。

「離せ! 触るな!」
「お、見ろよ。こいつもしかして」
「やめろ! それ以上触れたら……貴様らの鼻を食いちぎってやる!」

 唸り声も虚しく、フェリチェの外套は強引に引っ剥がされた。露わになった白銀の髪と大きな耳、優美に伸びた尻尾に男たちは歓喜の声をあげる。

「やっぱり、珍種のフェネットだ」
「とんだ拾い物だな」

 男の一人が、腰にさげたズタ袋から鋏を取り出した。

「髪の一房でいくらになる?」
「馬鹿、一房くらいで満足するな」
「じゃあ二房?」
「馬ァ鹿。こいつを飼ったら一生遊んで暮らせるだろ」
「そうか、そりゃあいい! なかなか上玉だしな。愉しませてもくれそうだ」

 舌なめずりをして迫る手に、フェリチェは怒声を響かせる。

「ユーバインは治安がいいんじゃなかったのか! それともやはり人間のオスには、最低最悪のクズしかいないのか!」

 怒りが満ちて体は強張っているのに、どうしてだか力が入らず、己が身でありながら自由が効かなかった。指の先まで細かに震えているのは、船酔いのせいか、酒のせいか、それとも……。フェリチェの背筋を冷たい汗が滑り落ちる。

 表通りは人でごった返していたのに、叫んでも誰もやって来ない。人が多すぎて聞こえないのかもしれない、とフェリチェが困り焦っていると──。

「……獣人の子。もし俺の声が聞こえたなら、鼻と口を塞いで」

 不意にどこからか静かな声がした。それが影から聞こえるルタの声の響きに似ていて、フェリチェはすぐさま言われたように両手で顔を覆った。

「お、急に大人しくなったな」
「そうそう観念して、声を出さずに……」

 突然、迫っていた男たちの体がぐらりと傾いだかと思いきや、その場に崩れ落ちた。
 男たちの立っていた後ろから、黒いローブを纏った若者が現れ、フェリチェに声をかけた。改めて聞けばルタとは全然違う声だったが、穏やかで聞き取りやすい語り口をしている。

「眠り薬と痺れ薬を嗅がせた。もう息をしても大丈夫だよ」

 フードの下から覗いた顔立ちが、思いの外整っていて、フェリチェは不覚にもどきりとしてしまった。窮地に颯爽と現れて、姫を助けてくれるのを絵巻物では「王子様」というのではなかったかと、突然思い出したのだ。そしてそれを運命の出会いというのだと。

 彼はゴロツキどもを無造作に引っ張って、表通りに放り投げると、フェリチェの元に戻ってきた。
 品定めするように見つめられて、フェリチェは我に返った。どんなに顔が良い王子様だったとしても、相手は人間のオス……警戒しなければならないと学んだのだ。

「大丈夫? 立てる?」
「寄るな、人間! どうせお前もフェリチェの毛が欲しいだけだろう! 人間の助けなどなくても、フェリチェは自分で立てる!」

 威勢よく立ち上がってみたものの、ふらついてすぐに転んでしまった。

「ねぇ、本当に大丈夫」
「うるさい! 大丈夫ったら大丈夫だ!」
「そう、それならいいけど……。何しろ君が寄りかかっていたところ、俺ん家の玄関だったからさ。中に入れなくて困ってたんだよね。だから別に君を助けたわけじゃないし、気にしなくていいよ。それじゃ」

 青年はフェリチェを置いて、さっさと木戸の内側へと消えた。

「ちょ……えっ……」

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