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菓子職人のオス/色覚の研究
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しおりを挟む二人は海を臨める広場でベンチに座り、買った菓子に手をつけた。
イードはこんがりと香ばしい棒状の焼き菓子に、蜂蜜と粉糖をたっぷり絡めたものを咥えて、潮目を眺める。あそこにどんな魚がいるとか、今日はどんな帆船が行き来しているかとか、フェリチェが聞いていようといまいと関せず教え聞かせた。
その隣でフェリチェはお日様色のリボンをほどき、袋の口を開く。米粒が膨れたあられ状の菓子は、ほのかに甘く、さっくりと口の中で小さな音を立てて溶けた。
「美味しい? 俺が選ばなかったお菓子」
棒菓子を食べ進めながら、イードはちょっと含みのある笑みを傾けた。
フェリチェは一旦イードをねめつけてから、ぷいっと顔を背けた。
「……嫌な言い方だな。お前が選ぼうが選ぶまいが、フェリチェはこれがいいと思ったんだ」
「うん、そうだね。同じことで、縁とはきっと……、そういうものだと思うんだよなあ」
イードはそう呟くと、まだ手をつけていない菓子をフェリチェに差し出した。
食べてみろと言わんばかりに口許に押し付けられるも、フェリチェは行儀が気になって口を開かないでいた。ところがイードも引かない様子だ。それで仕方なく彼の手ずからいただくことにした。
かりかりした甘いコーティングと、中のこんがり焼けた生地の香ばしさが口の中で絡み合い、パンチの効いた甘さがフェリチェのしぼんだ心を奮わせる。指の先まで力が漲るようだった。
「勉学に励んだ後に欲しくなる甘さだな」
「そう、だから俺はよく食べるよ。フェリチェの目には留まらなかったけど、これにはこれの良さがあるだろう」
「……言いたいことはわかった」
べたつく口許を拭って、フェリチェは広い海を見晴かす。
「フェリチェのことも、いいと思ってくれるオスがどこかにいるだろうか」
「俺はいいと思ってるよ」
しれっと言ってのけるイードに、フェリチェは戸惑いを隠せない。
「……どういうつもりで言っている」
「ええ? そのままの意味以外に何かあるかな。フェリチェは俺にとって、好感を持てる女の子だってこと。もっと知りたいと思えて、興味が湧いてくるものは、俺にとっていいものだから」
「……お前は時々、フェリチェに甘すぎるぞ」
フェリチェの頬が夕焼けに染まる。まだ太陽は水平線に溶け始めてもいないのに、どうしてかフェリチェのところにだけ、一足先に夕映えが訪れたようだった。
※ ※ ※
菓子を食べ終えると、今度こそ夕陽が海面に溶けて、辺りを暖かな蜜柑色に染めた。
「そろそろ帰ろうか。ゴミを捨ててくるから、ちょうだい」
差し出された手に、丸めた空袋を渡そうとして、フェリチェはふと思い留まった。
食べたら菓子がなくなるように、ゴミに丸めて捨てたら、この甘くて穏やかなひと時まで消えてしまうようで、どうしてかもの寂しかったのだ。
橙色のリボンを握って、フェリチェも腰を上げる。
「フェリチェも一緒に行く。だが、これだけは取っておいてもいいか? 今日の思い出にしたい」
「君のしたいようにすればいいよ」
髪には母の形見のリボンを結んであるので、フェリチェは尾に巻くことにした。
手にはめたグローブが邪魔で蝶々結びがうまくできないフェリチェを見かねて、イードが手を貸す。
「グローブを外せばいいのに」
「……外したくないんだ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
「ふうん」
あっさりと引き下がるイードに、フェリチェは首を傾げた。
「知らないことは知りたがるイードが、意外だな」
「なんで? 俺が知りたいのは、フェネットの生態であって、フェリチェの秘密ではないよ? 君が知られたくないと思うことまで、無理に聞き出すつもりはないから安心しなよ」
「……そうか。それなら、そのまま気にしないでいてくれ」
最初からそのつもりのイードは、微かに笑んで頷く。そうしているうちに、蝶結びも出来上がっていた。
「はい、結べたよ。どうかな」
フェリチェが尾を揺らすと、左右対称に綺麗に結ばれた橙色の蝶々が、優雅に舞った。満面の笑みで頷くフェリチェの耳はピンと上向いて、言葉などいらないほど喜びが滲み出ている。
「これでイードとの思い出も、ルタとも、いつも一緒だ!」
「ルタ? フェネットの友達?」
「ああ、ルタはな……」
フェネットの里に住む大切な仲間たちの話をしながら、二人は足並みを揃えて夕焼けの帰路を辿った。
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