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パン職人のオス/味覚の研究

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「なるほど、感触は確かめられた。じゃあ次は、舐めてみて」
「ぅんんっ!?」
「知ってる? 生物によって、舌の動きは全然違うんだよ。これは頬の構造が大きく影響しているんだけど……。そうすると頭部が人間に近いフェネットは、ヒトと同じ舌の動きをすると仮定できるわけだ。……が、このままではあくまで仮説。さあ、答えは?」

 初めてわくわくした様子をイードは見せる。
 フェリチェはとうとう我慢の限界で、口内に差し込まれた指に歯を立てた。

「いたっ……どうして噛むかなあ?」
「なぜだと? 貴様がフェリチェを辱めるからだ!」
「辱める? これが?」

 イードはまったく思いも寄らぬ顔だ。

「そうだ! 同じことをやれと言われたら、イードはできるのか?」
「……うーん。実際にやってみればいい?」
「はあ!?」

 フェリチェの手を取り、イードは自らの口許へと運ぶ。

「ああ、グローブは外したくないんだった? じゃあ、どうしようか」
「ふんっ、それがお前の作戦だな? そうやって自分はできない状況を利用して、フェリチェを納得させるつもりなんだろう」
「そんなことないよ。……どうする、指の代わりにスプーンでも使う? 俺がしたように、フェリチェも好きなように調べなよ」

 どうぞとばかりに、口を開いてイードは待っている。フェリチェは形勢逆転に勇んで、カトラリーから手にしたスプーンを突きつけた。

「……では舐めろ、と言ったら?」
「舐めるよ。そしたらフェリチェはつぶさに観察して、俺に教えてね? 自分の舌の動きなんて、そうそう知れるものじゃあないから、わくわくするね。君の観察力に期待してるよ」
「んっ?」

 イードの唇が、口づけでもするようにスプーンに触れて、舌先がくろがねの輪郭をなぞり出す。握りしめたスプーンを押し返すような舌の動きが、手の中に伝わって、まるで舌先が這うかのようだ。
 フェリチェはイードの舌を直視できなくなって、スプーンを投げ捨てた。

「うがああああ!!」
「ええー、びっくりしたあ。今度はなに?」
「お前……お前はあああ! なんの恥ずかしげもなく、そういうことをっ」
「ただの調査に、何を恥ずかしがることがあるのかな?」
「もういい! お前はフェリチェと違う、それだけはよくわかった!」

 フェリチェがいかに恥ずかしかったか知らしめてやりたかったというのに、全くこたえていないのだから困ったものだ。形勢逆転どころか、完全にフェリチェの敗北だった。


 ※ ※ ※


 その晩、フェリチェは寝台に潜っても寝付けないまま、悶々としていた。
 昼間ごろごろしすぎたせいもあるが、筋張った手指の感触が口内に残って、意識するつもりはないのにイードがすぐ隣にいるような気がして落ち着かない。
 目を瞑れば余計に意識してしまって、イードの唇なんかを思い浮かべてしまい、布団にくるまっては悶絶した。

「くっ……。おのれ、イードめ……。お前に触れられるたび、フェリチェばかりが丸裸にされていく気分だ。不愉快だ、非常に不愉快だぞ!」

 羞恥と怒りで体が火照って寝てもいられず、フェリチェは起き上がった。何か反撃の手立てはないかと腕組みしていると、本棚に収められたイードの日記なるものが目に入った。

「そうか、ここに何か弱点が記されているやも……」

 手を伸ばしたフェリチェだったが、その指先は力無く萎れた。人前では外さないグローブも、寝る前はもちろんつけていない。
 手を引っ込めて、フェリチェは自嘲する。

「いいや、何を血迷う……フェリチェ。秘密は覗くものではないと誓ったではないか。それに、イードだって……。あんな奴だが、フェリチェのグローブを外そうとはしなかった。変態かもしれんが、誠実なオスだ。それは間違いない」

 改めて布団に潜り直し、フェリチェは大きく深呼吸した。

「よし。これからは気を強く持って、触れられても動じない、鋼のメスになるぞ!」

 そう誓いを新たに目を閉じたものの、フェリチェの部屋からは真夜中まで悶絶する声が洩れていたという。











✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼

ええ、決して性的なことをしているわけではないのです。
イードは知識欲と探究心で動いているだけ。とても大真面目に研究しているだけ、下心は一切ございません。

次回はフェリチェの手袋の秘密や、ルタとイードの生い立ちに少し触れられたらと思います。
いちゃいちゃレベルは、ほのぼのです(⑅•ᴗ•⑅)



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