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第二章 神女の憂鬱
思いがけない未来
しおりを挟む「代変わりと引越しの件はわかったわ。だけどアルは? 育てた王女が神女でなくなったらどうなるの?」
「は? わたしですか? わたしは神官ですから。大僧主様の采配に従って、求められる場所に行くだけですよ。神殿も神学校も各地にありますから」
「それはもう、エメラダの教育係でも側仕えでもなくなる……ってことよね?」
「ええ。そうなりますが……」
──相当な神女信者……。
──座を退いた姫と、座に就く姫……その時が来たらどちらを取るのでしょうね?
耳に棲みついたメラニーがうるさくて、エファリューは気分が悪かった。メラニーはどこかで聞いた代変わりの噂と絡め、姉姫を揺さぶり面白がるためだけにそんなことを尋ねてきたのだと、今ならわかった。
(そんなの簡単だわ。アルは神様ってやつが大事なんだもの。姫を選ぶんじゃないわ、神女しか見えていないのよ)
分かり切っていたが、エファリューは何か物悲しさを覚えた。大切な主で教え子であるエメラダでさえ、彼にとっては神女の器でしかないのだろうか。だとしたら神女とは……第一王女とはあまりに寂しいものではないか。これにも、メラニーの「ハズレ」という言葉が蘇る。
難しいことを考えすぎて顔をしかめるエファリューを、具合が悪いのだと思い込んだアルクェスはその腕に抱え上げた。寝室へ向かいながら、彼は独り言のように呟く。
「そもそも、わたしは……自分がどうなるか、ということを考えていませんでしたね」
「え?」
「漠然と……先程お答えしたように、神職に戻るのだとは考えておりましたが……。エメラダ様のおそばを離れるとは思ってもみなかったような?」
「まあ、呆れた!」
口ではそう言いながらも、エファリューは安堵で表情が緩んだのに気付いていない。
「なんだかんだで、エメラダが大好きなのねぇ」
「感情はさておき、ずっとおそばにおりましたから、当たり前のことだと思っていました」
「残念ねぇ、一緒にいられなくて。わたしでは代わりにはなれないもの、やっぱり神官に戻るしかないみたいね」
「それなんですが……」
ぴたりと足を止め、アルクェスは腕の中のエファリューを覗き込んだ。
「わたしは貴女のそばも、離れるつもりはありませんよ」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を喰らったように葡萄色の目をぱちくりさせていたら、アルクェスも心底不思議そうに首を傾げた。
「身代わりの道具として囲っておいて、言い出したわたしが貴女を置いて去るはずないでしょう」
「……ふ、ふうん。どうかしらねぇ? あまーいお顔とお言葉で、魔女さえ駒にするような神官様を、どこまで信じていいのやら」
「貴女がファン・ネルの住民にかけてきた苦労と迷惑を思えば、脅したことを心苦しくは思いません。しかし、一人の女性の人生を大きく変えたという自覚はあるのです」
馬鹿がつくほど真面目な顔で、彼は言う。
「ですからわたしは、貴女の一生に責任を持つつもりでいますよ」
「いっ、一生に責任っ? それって……」
求婚ではないのか。
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