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第四章 過去を抱いて、未来を掴む
呪いの魔窟2
しおりを挟む湖をぐるりと囲む深い森の奥に、エファリューは視線を注いだ。月明かりが、緑の葉の隙間を縫って、水溜まりにも似た月の影を点々と落としている。
道標に誘われて、エファリューの足は木立の中に躍り出た。揺れるミモザの髪を追い、アルクェスも駆ける。木立の中を行けないフューリは空に飛び立ち、上空を旋回しながらついてきた。
ザクザクと音を立てるのは、土を押し上げ、芽を出すように伸びた霜柱だとばかり、二人は思っていた。ところが、踏みつけた氷の芽が砕けると、中から深い緑の香りが大気に溶け出した。
「うそ! これも魔力の塊だっていうの?」
土と水、あるいは木々そのものの生命力だとエファリューは驚く。溢れ出した力を吸い込んだ木々は葉を茂らせ、ざわめいた。
こんな場所がスフェーンにあったなど、知りもしなかった。
「知っていたら、ファン・ネルで薬屋なんかしなくても、魔石で一儲けできたじゃない」
「笑えない冗談ですね」
教育係の苦言もそのはずだ。
二人の目の前でざわめく木々は、実をつけるように、葉先から翠の珠を産み落とした。こんなに容易く魔力が結晶化する場所が、人知れず眠っているはずもない。
「急激に場が捻じ曲がっているような……異様な感覚がします」
「元々、魔力の磁場だったから、エヴァの民の魔力も遺され、時を経て呪いが生まれた。日を増して強くなる呪力と魔力が、互いに引き合っているのなら……この辺り一帯が、魔境になってしまっているのかもしれないわね」
慎重に歩を進めていくと、ぽっかりと口を開いた洞窟に行き当たった。月明かりは、穴の奥に吸い込まれるように続いている。
採掘業者はここを守ることに、相当力を入れていたようだ。目眩しの術を施したタリスマンや、魔力を込めて編まれた縄が入り口に掲げられている。扱う者がいなくなったからか、それとも磁場に狂わされてか、その効力はすっかり切れてしまっていた。
二人は頷き合って、洞窟の中へ足を踏み入れた。
エファリューを庇うように先に立ち、アルクェスがカンテラを翳す。すると、羽虫のようにわらわらと黒い何かが群がってきた。
蝙蝠、かと思えばそうではなく、群がった黒い影は次第に人影を作り出していく。
出来上がった顔も前後ろの別もない、真っ黒な人間のようなものは、突如二人に襲いかかってきた。動きは鈍重だが、獣のように引っ掻き、噛みつこうとしてくる。
アルクェスは咄嗟に、光の魔法で防壁を作った。神学校仕込みの光魔法は、聖別された対魔の力を持つ。触れた途端に弾かれた影は、悪霊の類ということか。
聖なる光をさらに照射すると、地に転がった人影から再び蝙蝠のような影が四方に霧散した。それらは洞窟の奥へ逃げるように消える。後には、人の形をした真っ黒な何かが残された。
カンテラを近づけて確かめると、それは間違いなく人間ではあったが、様相の奇異な遺体であった。
全身が真っ黒に煤け、顔の判別もつかない。話に聞いた、採掘業者の変死体と同じだ。
一抹の不安を覚えながら、穴の奥を二人は進む。
下方に掘り進められ、地上よりも数段低くなった穴の中から、つんと嫌なにおいが昇ってきた。
滑車に鋼線を編んだロープを通して、人や荷を上げ下ろししていたと見られる昇降機を動かしてみる。やがて上がってきたトロッコの中には、人型の炭がみっしりと押し込められていた。
「……ここの鉱山夫でしょう」
呪いの石に誰よりも触れてきた彼らもまた、餌食となったに違いないとアルクェスは聖典を取り出す。
死者を弔い、死出の旅立ちを見送る祈りを捧げた。
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