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第四章 過去を抱いて、未来を掴む
呪いの魔窟3
しおりを挟む弔いの祈りに重なり、低い唸り声がさざめいた。
岩壁に反響した唸りは、まるで祈りを拒むかのごとく、おどろおどろしさを増していく。四方から聞こえ、声の在り処が定かでない。
辺りを見回す二人を尻目に、折り重なった遺体の山から、黒い狼が這い出した。いつぞやと同じ姿の黒い影は、目にも止まらぬ速さでアルクェスに飛びかかる。
魔法で応戦する猶予はなく、アルクェスは咄嗟に身を反らせて、鋭い牙からからくも逃れた。それでも漆黒の前脚は彼の肩をしっかりと捕らえ、自由を奪う。
防戦に苦を喫し、掲げたカンテラがアルクェスの手を離れる。穴の底にて灯火がついえると、辺りは途端に無慈悲な闇に飲まれてしまった。
闇の中で狼が唸り、鼻を鳴らす。じりじりと間合いを詰め、呪詛を吐く顎を開く気配があるが、アルクェスには何も見えない。エファリューだけが狼の形を捉えて、闇に溶ける尾を引っこ抜いた。
「おんぶも抱っこも、わたしだけのものよ。お前たちはこっち。おいで、わたしが連れて行ってあげる」
いつかと違い、魔力の充実したエファリューが黒い毛並みを一撫ですれば、影はたちまち逆立てた毛並みを萎れさせ、アルクェスの肩から手を離した。
美しい漆黒の毛皮をエファリューに羽織らせながら、狼は最期の記憶をエヴァの子に託す。
勇猛果敢な狼軍。黒鉄の鎧を身につけた一団とは、友愛の誓いで結ばれ、彼らの将を指揮官に追手を撹乱して戦った。
天から降る彗星に撃たれ、狼たちは悉く焼き払われた。無念の魂を、ただ一頭生き残った群れの長に託し、彼らは灰塵と化したのだった。
その生き残った狼も、この地で壮絶な最期を辿っている。彼らの魂は、何処にも行けず、この深い闇の中に閉ざされたままだ。
エファリューの糧と成り代わる重厚な毛皮も、呪詛を産み出した魔力の一部でしかない。魂に触れることは叶わなかった。この鉱脈の何処に眠っているというのか、エファリューは闇に目を凝らす。
「申し訳ありません、助かりました。大事ありせんか?」
アルクェスが手に呼び寄せたまさらな光に、目が眩み、葡萄色の瞳をしばたたいた。
「平気よ、闇は味方だもの。それより貴方こそ。何ともない?」
「ええ、傷もありません」
「どれどれ……うん、大丈夫そうね。だけど気をつけて。一度、呪力に当てられてる分、アルは呪詛を受けやすい道ができているから」
そう言われた途端に、肩が重い気がして、アルクェスは粟立つ首筋を撫でた。
ぐるりと光を巡らせて、奥に横穴を見つけたが、そっちにはつるはしなどの道具などが収められているだけで、特にめぼしいものはなかった。
進むべき道が下にしか続いていないのを確認すると、痛ましいトロッコは使わず、二人は互いの持てる術《すべ》で地下へと飛び降りた。
エファリューは闇を重ねたなだらかな坂道を築いて、一気に滑り降りる。アルクェスは風に身を包ませ、ふわりと地に降りた。
下層はいよいよ、凄惨さを極める。
人の形をした黒く煤けたものが、ごまんと行き倒れていた。いずれもとうに事切れ、辺りには腐臭が澱む。風車型の換気用の装置も動かす者がいなくては、用を成せもしない。
無情に命を刈り取ろうとする薄い空気の中を、鉱脈は迷路さながらに枝を広げ入り組んでいる。しかし二人には、どの道を行けばよいかすぐにわかった。
煤けた遺体の多くは、奥の坑道から這い出している。何かを恐れ逃げ惑った様子だ。彼らの中には背後を振り返り、指差す者もあった。
二人は、遺志の示す方へと進み、やがて鉱脈の最深部へと辿り着いた。
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