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第5話 サンダーバード

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 ほどなくして、

馬車が湖のほとりに停車した。

「うわあ、いいところ……、だね?」
馬車を降りて、マルヴィナの第一声。

マルヴィナが思っていたのは、綺麗な景色の湖のほとりで何組かの家族が遊んでいる風景だったが、どうも違う。まず、誰もいない。

「これがサンダーバード湖か」
クルトやヨエルたちも降りてきた。荷物を担ぐ。

「ここは実は、太古に水不足を解消するために人工的に作られた巨大な貯水湖なのよ。さあ、行きましょう!」
ディタも大きなバックパックを担いで張り切っているが、

「湖というより、巨大な沼ね」
というのがマルヴィナの実際の印象だった。周囲は木々が生えてどんより薄暗く、別に観光客の残したごみが落ちている、というわけではないが、綺麗というわけでもない。

「ここよ!」
ディタに案内されて七人が到着したそこは、キャンプ場と書かれた看板がある敷地だった。

「ここを、キャンプ地とする!」
ややじめっと湿った地面を指さして、ディタが元気に言った。

ディタのバックパックに入っていたテントを取り出し、設営を開始する。ピエールのバックパックにもテントが入っており、それも設営を開始した。合わせて二張りだ。

「そうよ、そこを持って。せーの」
ディタもテント設営には慣れているようだが、マルヴィナたちもふだんからやっていたので慣れていた。ロープを張って木づちでペグを打ち込む。

「よし、できた!」
あっという間に二張りのテントが完成した。

「じゃあ、いったん休憩しましょう」
ということになったが、

「どっちのテントを使おうかしら……。男女別のほうがいいわね」
とふたつのテントを見比べた。片方はごわごわしてくすんだ深緑、もう片方はやや小ぶりだが明るい黄緑でてかてかしている。

「わたしのテントは最新式のものだ、こちらを君たちが使うかい?」
とピエールが女子たちに申し出たが、

「うん、でもせっかくだからわたしたちはこっちのテントにしましょうよ」
とディタが自分の持ってきた、冒険部が昔から使い続けてきた古いテントを指さす。

「そ、そうね……」
マルヴィナは何か嫌な予感がしながらも、そのディタの提案に従った。ミシェルと二コラはどっちでもあまり気にしていないようだ。

バックパックは外にまとめて置いてカバーをかけておき、テント内に小物を持ち込んでごろんと寝転んだ。テントは広く、四人が寝転んでも充分な広さだった。

「このあと、日暮れまでに夕飯のしたくね」
マルヴィナの横で毛布を枕に寝転がったディタが言った。

「持ってきた食料を調理するの?」
と聞くマルヴィナに、

「一応釣り道具も持ってきたけど」
横に座っていたミシェル、

「足りないなら、なんかそのへんで狩ってくるけど」
と近所に買い物でも行くような言い方の二コラ。

「そうね、せっかくだから魚を釣って、焼いて食べましょう」


 ということで、

休憩が終わってさっそく分担して行動を開始することになった。

「じゃあ、釣り班、薪集め班、野草班、調理班、水汲み班に別れましょう」
ディタが適当に分担を決めた。

調理班のマルヴィナが折り畳みテーブルで野菜を切っていると、薪集め班のクルトが戻ってきた。

「ようし、こんなもんでいいかな。かまどはどこだ?」

「そこよ」
マルヴィナが指さす。石を並べた程度の、簡易すぎてわからないレベルのかまどがあった。

「よし、火を起こそう。こんな時に火属性呪文が使えたらなあ」
と言いながらクルトがミシェルのバックパックから火打石を探す。

そこに水汲み班のミシェルが帰ってきた。両手に大きな羊の皮の袋がふたつ。
「水汲んできたよ」

ミシェルはその袋を木にひっかけると、
「さっそくろ過しよう」
と自分のバックパックから木製の筒状のろ過装置を取り出して、革のパイプと紐で革袋とつないでいく。

そこに野草班のヨエル。

「たくさん採れたよ」
と野草とキノコのいっぱい入った布の袋をマルヴィナの横に置いた。

「でも、キノコは少し自信ないね。食べられるのと似た種類が多いから」
とヨエル。

そこに、釣り班の二コラとピエールが帰ってきた。

「たくさん獲れたよ」
と二コラがたくさん魚の入った網の袋を近くの木に吊るした。

「すごいね、短時間でそんなに釣れるんだ」
とマルヴィナが野菜を切りながら驚いていると、

「釣ったというより、ピエールの銛で突いたと言ったほうがいいかな」
と二コラ。そばでピエールが座って休憩しながらふふと笑みを浮かべた。

「ふうん、銛なんか持ってきてたんだね」
と言いつつ、みんなが戻ってきたので野菜を切る手を早めるマルヴィナ。

ディタも戻ってきて、かまどで野菜を炒めたり野草のスープを作ったり、焚火で魚を焼いたりして夕食の用意ができた。今回はキノコは破棄することにした。

「さあ、ちょっと時間も早いけど、食べましょう」
ディタの号令で、いい具合にお腹も空いていて、それぞれが適当な大きさの石などを持ってきてそれに座って食べ始める。

マルヴィナの横にクルトが座っていて、前から聞いてみたいことを尋ねてみた。
「ねえクルト」

「ん? どうした? あち」
木の棒に突き刺した焼き魚を頬張りながらクルトが答える。たき火の向こうでは、ディタとヨエルがニンジャと剣士のどちらが剣技がうまいかで盛り上がっていた。

「あなた、卒業したらどうするの?」

「卒業したら? そうだね、おれは、就職しようと思ってるんだ」

「へえ、もう決めてるんだ」
意外な答えにマルヴィナもやや驚いた。

「ムーア市内に事業所がある大手ギルドにしようと思ってるんだ。必要な資格も取ろうと思っていてね」

「へえ、そうなのね」
男の子たちは将来のことなんて何も考えていないと思っていたのだが、ちゃんと自分の進路を考えているようで驚きだった。

「マルヴィナはどうすんの?」

「わたし? わ、わたしもちゃんと決めてるよ。ちゃんと情報だって仕入れてるんだから」

「そうだよな。お互い、頑張ろうぜ!」
と言ってクルトとがっちり手を握ったのだが、マルヴィナの内心はまだまったく固まっていなかった。

「ミシェルや二コラにも相談してみたいけど、ジャングルの中でも平気で生き延びれそうな二人だし……、進路の悩みなんて誰に相談すればいいのかしら」
野草のスープをすすりながら思い悩むのだった。


 夕食を食べ終わると、

「よし、じゃあ冒険部恒例の戦闘訓練をしましょう! 装備も持ってきてくださーい」
ディタが提案をしはじめた。

木のまばらな少し開けた場所に移動すると、ディタが何かもってきた。

「じゃあ、わたしがモンスター役をやるから、あなたたちはちゃんと陣形を整えてみて」

どこから拾ってきたのか、長い竹のようなものの先に紐で大きな草の玉がぶら下がっている。脇で抱えて持ち上げながら、もう片方の手には長い木の枝。

「じゃあ、これをドラゴンに見立てて、いくわよ!」

日が落ちだしてやや暗くなってきたが、草の玉と木の枝はとてもじゃないがドラゴンには見えない。夕食後のまったりしたい気分のままで、とりあえずディタの言われたとおり陣形を組み始めた。

「さあこい」
と言って、一番前で、皮鎧は来ていないが大きな盾とこん棒をを構えるミシェル。

「ぼくは右サイドに行こうか」
とミシェルのやや右後ろで小盾と短槍を構えるヨエル。

「じゃあぼくは左から」
と矢をつがえていない弓で、左のやや離れた場所から射るふりをする二コラ。

「とすると、おれは中衛でチャンスをうかがうか」
とミシェルのうしろで棒を構えるクルト。

「わたしたちは後衛で呪文を唱えるわ」
とマルヴィナとピエール。

マルヴィナは、灰色のマントを裏返さずにフードをかぶって姿を消したふりだ。ローブを着たピエールも空気を読んでそれっぽく身構える。

「それ! いくわよ、がおー! 火を噴いているんだから、しっかり守って」
ディタが草玉と木の枝をあやつり、ミシェルがぐっと盾をかまえる。

「攻撃が止んだわよ、今だわ!」
というディタの言葉に、

「たあー!」
ミシェルの影からクルトが飛び出して棒を振りかぶる。

「ドラゴンのカウンターがくるわよ!」
がおーとディタが木の枝でクルトの飛び込みに合わせるが、

「アーウームー、豊穣神ココペリの雄大なる奇跡に感謝する。金剛硬化、アイアンスキン!」
ピエールが叫び、クルトに向けて手をかざした。

そのままクルトが草玉に棒で打撃を与え、

「初心者にしては悪くないわね」
とディタが褒める。

マルヴィナがピエールのほうを見ると、ピエールは片目をつぶって親指を立てた。もちろん、クルトにも誰にも魔法の効果は出ていないが、

「さっきのは呪文の詠唱だわ。このひともしかして……、空気を読める?」
何かを期待できる人物のようだ。

それからしばらく、ディタが納得するまで戦闘訓練が続いた。


 問題が起きたのは、そのあとだった。

「きゃあ!」
寝るためにテントに入ったマルヴィナが、テントの中に小さな甲虫を見つけた。

「まあ、しかたないわね。このテントは隙間があるし……」
ディタがその虫をつまんで外に放り出す。

「テントの屋根部分と床部分が分離しているタイプだからね」
とディタが言うように、地面に近いところに隙間があるのだ。

「あっちはどうなのかな?」
とマルヴィナが言っているのはピエールの最新式のほうだ。

「あっちは完全一体型で網戸もあるから虫は入ってこないわね」
とやや羨ましそうなディタ。やはり、選択を誤ったのかもしれない。

四人が寝袋に入るが、見るとテントの天井にかけたランタンに何匹か虫が舞っている。

「こ、これじゃあ眠れないね……」
とマルヴィナがランタンを消した。しかし、直後にミシェルからいびきが聞こえてきた。

「まあ、大丈夫だよ。人間、目をつぶっているだけで体は休まるから」
と目をつぶっている二コラ。

「そうね、わたしも目をつぶっていよう」
と頑張って目をつぶったマルヴィナだが、直後に二コラからあきらかな寝息が聞こえてきた。

周囲からはカサカサいう音や、ブーンという羽音が聞こえてくる。

「わたし、最近眠れないんだ。なんか、いろいろ将来のこと考えちゃって」
ディタが深刻そうな声で話しはじめた。

「そうねえ。それ、よくわかる」

「なんか、学校って、辛いこともたくさんあるけど、働くよりはぜんぜん楽なのかなって、最近思うようになってきた」

「確かにね。色んな経験をしてみると、実はあれは楽だったんだ、って思うときあるよね」

しかし、そのあとディタは何も話しかけてこない。

「え? もしかして、寝たの?」
自分だけ取り残された。男子のテントで誰かに助けてもらおうか。いや、すでに向こうも寝てしまっているかもしれない。

必死に目をつぶって耐えるマルヴィナ。しかし、時間だけが過ぎていく。周囲の羽音も増えていく。

「え? 何かいる!?」
すねの上あたりを何かそれなりの大きさのものが歩いている。でも、目を開けてはいけないと思った。

すると、今度はテントの外を何かがズリズリ歩く音。しばらく必死に我慢していると、意識がストンと落ちたのか、すでに朝だった。

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