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第7話 レナ川

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 夜の桟橋。

二階建ての蒸気船に乗り込む七人。

「この大部屋で雑魚寝するんだよ」
ディタが案内したそこは、木の床に乗客の人数分だけ毛布が用意されていた。乗客は部屋の定員に対して三割くらいだろうか、旅の商人風がちらほらといった感じで混んではいなかった。

「じゃあ、わたしはここ。マルヴィナも隣にくる?」
ディタは少しはしゃぎながら場所を決めている。混んではいないが、七人はある程度かたまって眠ることにした。

「今日が金曜の夜で、土曜の朝に着くでしょ、その晩は現地で一泊して、日曜の夜の船に乗って、月曜の朝に帰ってくるの」

「なるほど」
ふだんよりだいぶ早い時間に毛布にくるまっているが、まだ船も出発していないのになんだかウトウトしてきた。移動疲れだ。

「今回は、レナ川の上流の船着き場で降りて、そこからさらに北に行った山中にある、創造神ヤーの遺跡に行くの」

「へえ、そうなんだ」
連休を使って遺跡群へ行くことまでは聞いていたが、具体的な目的地を今聞いた。

「数千年前にその周辺に住んでいた部族によって造られた円形古墳で、建造された目的などはまだよくわかっていないのよ」

「へえ。なぜ造られたんだろうね」
マルヴィナがその創造神ヤーの円形古墳を想像してみた。

「そんな昔から存在するわけだし、遺跡群の中でもかなり強力なパワースポットだとわたしは見ているの。どんな景色が思い浮かぶのか、とても楽しみだわ」

「どんな景色が思い浮かぶ……」
ディタが何を言っているのかちょっとわからなかったが、しかし遺跡自体は楽しみだ。

「まだ人が住んでいるのかな?」

「ううん、今はもう一番近い町でも何キロか離れたところにあるらしいわ」

「そうかあ。放棄された巨大遺跡。面白そうだなあ」

「ふふふ。あなたもやっと遺跡の面白さに目覚めてきたようね」
ディタが嬉しそうに言った。

しかし、マルヴィナはそのあたりから急激に眠気に襲われていた。

「卒業までの一年で、できる限り遺跡を訪れましょう。なんだったら、金曜か月曜を休みにしてもいいと思うの。どうせ学校なんて……」
ディタが話し続ける。


 気が付くと、周囲がすっかり静かになっていた。

頭を起こすと、クルト、ヨエル、二コラとミシェルが毛布にくるまって寝ているのが見えた。隣でディタの寝息も聞こえる。

「まだ夜中かしら」
早い時間に寝てしまったからか、変な時間に起きてしまい、少し目が冴えてきた。

「ちょっと外に出てみるか」
船の二階にあがって外の景色を見てみよう。

毛布を適当にまとめて、立ち上がったが、揺れもなく船がほんとうに進んでいるのかわからない。後部からデッキに出て、そこから階段をのぼっていくと二階甲板だ。右側から船の前部へ歩いていく。

「うわあ、星がすごい」
真っ暗な中に星明りで黒い川面が見える。水面は平らで景色も遠いので、船が止まっているようにも感じる。エンジンのポンポンという音。時々船主から風が吹いて来なければ、進んでいないと錯覚するだろう。

「星たち、いつかあなたたちのところに行く時が来るのかしら」
と言いながら手すりから空に手を伸ばした。もう少しで届きそうだ。

「らん、ららん、らららん、ららん、らんら、ららら……」
ついハミングで歌っていると、

「ローレシア鎮魂歌か。いや、少し違うな……」
いきなり後ろから話しかけられた。

「わ!」
驚いて振り返るマルヴィナ。

「ピエール! 起きてきたの?」

「いや、さっきから甲板に立っていたが……」
まったく気づかなかった。少し恥ずかしい気分になるマルヴィナ。

「なつかしいなあ」
手すりに手を置いて空を眺めるピエール。

「ピエール、もしかしてあなた、ローレシア大陸出身?」
ピエールはマルヴィナのほうを見た。

ピエールはじっと目を細める。そして、思い切ったように口を開いた。

「そうだ。わたしは、昨年にビヨルリンシティからこの大陸に渡って来た」
ピエールは恐ろし気な表情でじっとマルヴィナを見ている。

「そ、そうなんだ。わ、わたしは、たぶん地元出身かなあ、ははは」
だが、ピエールはまだ厳しい目でマルヴィナの目を見ている。

「これから行く遺跡の近くが地元だったりして、ははは」
なんとか目を逸らして誤魔化せないか思案していると、

ピエールの目がやや和らいだ。

「わたしは、君たちのことも少し調べたよ」

「え?」
マルヴィナはギクッとした。まさか。

今度はマルヴィナの目がピエールの顔に釘付けになる。

「そう。君は、グラネロ帝国、マルヴィナ皇帝陛下」
ピエールはそう絞り出すと、

マルヴィナの前に跪いてお辞儀をした。思わず差し出したマルヴィナの手の甲にキスして、すぐに立ち上がるピエール。周囲を見回して確認する。誰もいない。

「でも、なぜ……?」
マルヴィナが言葉少なに投げかけたのは、なぜローレシア大陸の人間がここにいるか、という問いだ。

「わたしは、ビヨルリンシティの大学にいたころに、あるトラブルに巻き込まれて殺されかけた。それが理由でこの大陸に逃げてきたんだよ」
なるほど、ある程度納得できる理由だ。

「でも……」

「君たちがここにいる理由は、わたしはあえて詮索しない」
マルヴィナが一瞬口ごもったので、ピエールがそう告げた。

「トラブルって何……」
マルヴィナが思い切って聞こうとしたとき、船体が揺れた。

「しっかりつかまって!」
ピエールが叫んだとおり、手すりにしがみつく。それほど揺れたわけではないが、これから揺れるのだろう、川面に大きな何かがうねったのがマルヴィナにも見えたのだ。

「あれ、なに!」
マルヴィナの叫びにピエールは答えず、代わりに、

「アーウームー、豊穣神ココペリに感謝する、我に神器を、金剛顕現……」
呪文を詠唱し、空を指さしつつ溜める……、

「アイアンスピアー!」
ピエールが気合いとともに人さし指をそこへ向けると、天空から巨大な金属の槍。

ずどんと鈍い音がして、小さな水しぶき。黒い背中は静かに水中へ沈んでいった。それを手すりからじっと眺めるピエール。

「船と同程度の大きさの水棲生物だ。脳を一発で仕留めないと、おそらく反撃で船がひっくり返される」

「え……」
そんなものが、この川に住んでいるのか。船がひっくり返されて生きていける自信はあまりない。

「あの大きさに成長したものはおそらく少数だ。少なくとも数ヶ月は大丈夫だろう」

「あなた、魔法が使えるの?」
ローブのような衣装は、伊達ではなかったようだ。

「ああ、そうだ。そして、わたしは君が魔法を使えることも知っている」
ピエールの目が、お互いそのことは黙っていよう、そう告げていた。

「も、もちろんよ」
この国が、どうやら魔法を否定していることはマルヴィナも気づいていた。このことは、まわりの人間、例えば、学校関係者などに知られるとたぶん、おそらくまずい。

「魔法が使えることが知られると、公安警察がやってくる。そのあとどうなるかは、君も知っているだろう」

「そ、そうね」
公安警察が何かもわからないし、そのあとどうなるかも具体的にはわからないが、知られたら相当まずいことは雰囲気でわかった。

「でも、こんな生き物がいるのに、ふだんも運航しているのね」

「そうだね。それなりの使い手が乗っていればいいが……」

「乗っていないと?」

「当然船は沈む。いや、何か沈まない理由があれば別だが」

「そんなの、大事件じゃないの?」

「おそらく、これはあくまでもわたしの推測だが、そういうことがあっても、公表されない」
ピエールが声を絞り出す。

「え、本当なの……」

「それはわからない。今日はもう寝よう」
甲板を降りていくピエールについていくマルヴィナ。少しひざに力が入りづらい。

雑魚寝部屋に戻る前に、救命胴衣や浮き輪の場所をさっと目で確認した。

ピエールはそのあとすぐ横になってしまい、マルヴィナも横になったが、心臓の音が耳まで響いて朝まで眠れなかった。

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