マルヴィナ戦記 神聖屍道士と獄炎の剣士

黒龍院如水

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遭遇

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 その日もマルヴィナは畑で獲れたニンジンを持って裏山へ行こうとしていた。

「あ、マルヴィナ、おはよう、どこいくの?」
ちょうどヨエルが家に戻ってくるところだった。

「裏山の兎に餌あげにいくんだ、ヨエルも行く?」

「うんいいよ、ちょうど朝一番の仕事も終わったところだし」
二人して裏山に登ることにした。

風もなく乾燥してすっきりとした気持ちのよい朝だった。鳥たちの姿もそこかしこに見える。

そしてマルヴィナの隠れスポット。

「へえ、こんなところがあるんだ、あ、兎いるよ」

「ほら、こっちおいで」
マルヴィナが声をかけるがあまり寄ってこない。ふだんあまり見ないヨエルもいるからだろうか。

「とりあえずここに置いておこう」
ニンジンを置いて餌やりを終えようとしたところ、マルヴィナが何かに気づく。

「え? 何あれ? ちょっと、ヨエル、隠れて」
遠くから黒い集団が近づいてくるのに気付いてヨエルとともに藪の中に隠れる。

「今の見た?」

「なんか黒い騎馬の集団に見えたけど……」

「しっ、静かにして、こっちに来るよ」

集団は複数の騎馬が作り出す独特の低い地響きとともにマルヴィナたちのいる藪の前あたりまで近づいて来た。太陽が雲に隠れたかのように周囲の雰囲気も暗くなり、動物たちも姿を消した。

「クククッ、次の標的はあの村か。一気に焼き払ってくれてやる」
馬に乗り三角帽子をかぶったがいこつのような顔をした魔法使いが率いる騎馬集団のようだ。キンキンと甲高い声でしゃべる。

「チャデク様、この村に護衛などいたらどうしましょうか」
魔法使いの部下が尋ねる。部下たちは皆山賊のようないで立ちで、鎧の上に赤やら青やら、人々から奪ったものだろうか、様々な色の布を纏わりつかせている。

「そんなもの、この大魔道士チャデク様の業火で一瞬に焼き尽くしてやるわ、クァーカッカ」

そう言って手を頭上にかざして何か唱えると、おおきな火球が出現した。

「よし、おまえたち、一週間後に決行する、準備を怠るな、ケケケ、クァーカッカ!」

そう言い終えると、巨大な火球がスルスルとしぼんでしまった。そして三角帽子とその部下たちが、馬を操ってもときた方向へと戻っていった。あたりはまた急に明るくなる。

マルヴィナとヨエルは、黒い集団が去ったあとも恐くてしばらく動けない。

「もう大丈夫かな?」

「気を付けてよ? まだその辺にいないかよく確かめて」

ヨエルが藪から出てあたりを見回す。

「うん、大丈夫そうだ」

そう言いつつも、ヨエルは膝がガクガクしてうまく歩けない。マルヴィナも立ち上がろうとしてやはり膝が震えている。

「ほら、しっかりしてよ、とりあえず村まで行って誰かに相談しよう」

しっかりして、と自分自身にも言い聞かせる。

「あの魔法使い、マルヴィナの魔法じゃあ勝てないの?」

「うん、たぶんね」

このあたりに屍体があるかわからないし、そもそもゾンビがうまく機能するかわからないし、痛みの呪文で相手を少し苦しませている間にあの巨大な火球が飛んできて丸焼けにされるイメージが頭の中にちらついた。

そして二人でなんとか山を降りた。


 村に帰り着いて、まずマルヴィナの母に話してみることにした。

「そうねえ、私から村長に話してみるから、あなたは学校に行って新しい先生に相談してみたら?」
マルヴィナの母はあまり驚いた様子は見せなかった。

「でもマルヴィナ、ひとつわかっておいて」
そう言って母親がマルヴィナを正面から見る。

「もしその相手と戦うとしたら、この村にいる魔法使いはあなた一人よ、あなたが表に立って戦うことになるのよ」
確かにこの村には魔法を使える人間はマルヴィナしかいない。

「わかってるよ」
マルヴィナも頭のどこかでわかってはいたのだが、あらためて言われると手先が痺れるような緊張感を感じた。

「それに、あなたたちもわかっていると思うけど、今は大陸の教国との盟約でこの村からも兵士を差し出しているでしょう? だから、村の護衛として戦ってくれる人手も減っているわ」

「どこかから応援を頼んだほうがいいってことね」

「僕も母に相談してから、何か出来ることを手伝うよ」

「うん。なんか、兎の手ですら借りたい気分」

さっそく学校へ向かう準備をする。


 その後、学校に着いたマルヴィナは、教室に向かわずに職員のいる部屋へと向かった。

「ダスティン先生いますか?」
ダスティンも丁度授業を始めるための準備で部屋にいた。

「ん? どうしたマルヴィナ?」

そこで経緯を急いで説明する。ちょうど校長先生はそこにおらず、他に人がいない状況で頼りになりそうな相手に説明しきってしまいたかった。

「そうか、なるほど……」
そう言ったあとに、ダスティンは一番気になるところをマルヴィナに尋ねた。

「まずひとつ確認したいのは、その三角帽子の魔法使いにマルヴィナは今のところ勝てる見込みがあるのか、というところだな。例えば一対一で戦った場合」

「今の私が戦ってもとても勝てる気がしないわ」
マルヴィナは正直に答えた。

「そうすると、応援が必要だな。その相手、例えば並みの魔法使いが何人いれば確実に勝てると思う?」

「うーん、私の直感だけど、それなりの使い手に見えたから二人いれば互角かまだ勝てないかも。三人いればかろうじて勝てるかな?」

「そうすると確実に勝つにはマルヴィナ入れて四人はほしいところか。そしてもうひとつ大事なこと」

手下の総数だ。

「すぐ藪に隠れたからあまりしっかり確認できなかったけど、十以上は確実にいたと思う、でも三十もいなかった気がする」

「そうすると最低でも二十騎前後を想定したほうが良さそうだな」

ダスティンは少し考える素振りを見せたあと、
「じゃあこういうのはどうかな」

ダスティンが島の地図を取り出した。彼の案は、マルヴィナとヨエルが隣の港町、その先の城下町と城に出かけて行って、一人づつ応援に来てくれる人を探す、騎馬隊については数をうまく減らす作戦を考える、といものだ。

「条件としては、それなりに戦力となりそうな人、だな。もちろん私も一緒に行きたいところだが、村に残って防衛の準備をしたい。村長の手紙が必要になると思うが、それは私から村長に頼んでみよう。賊が来るまでに一週間しかない、さっそく明日出発ということでどうだ?」

「私とヨエルの二人で説得できるか、ちょっと心配だけどやってみる」

そこに校長がやってきたので、マルヴィナはいったん教室へ行くことにした。そしてけっきょく朝の授業は自習になった。今回の件をダスティンが校長に説明してくれたようだ。


 そして一時間後、マルヴィナが別室に呼ばれた。

そこにはダスティンと校長先生、そしてネルリンガー村の年老いた村長がいた。

「マルヴィナか。今回の件、私が今日中に三通の手紙を書く。それをそれぞれ港町と城下町の町長、そしてカロッサ城にいる王様に渡すがよい」
そう言ってしばらく咳き込んだあと、

「しかしわしは出来るだけ戦いにならない方向で考えたい。例えば多少の金品を与えるだけで引き揚げてもらえるならそのほうがいい、とにかく命が大事じゃ。そなたとヨエルが戻ってきたら、結果を踏まえてどうするか皆で検討することとしよう」

マルヴィナはうなずく。

戦わないで済む方法、そんなものがあれば確かにそれでもいい気がしてきた。戦えば痛い思いもするだろうし、最悪死ぬことだってありうる。この年齢でまだ死にたくない。

校長も意見を言いたそうだ。
「私も、生徒を危険な目には合わせたくないのですのよ。早めに使者を送ってその方々に講和を求めるのがよいかと思っておりますのよ」

ダスティンが何か言いかけていったんやめた。

あらためて口を開いて、
「講和については彼らが戻ってからでも遅くないと思います。まずは明日の出立を認めていただき、それぞれの準備を進めるべきかと」

「わかった。認めよう」
村長がことさらに重い口調で答えて、その場はいったん解散となった。

マルヴィナは、翌日の出発に向けて、家に帰って急いで準備をしなければならなかった。

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