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03 旅立つ聖女
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聖女の婚約破棄と追放を知った人々は、謁見の間の大臣たちと同じく、驚きと困惑に包まれた。
殊に、聖女に仕える者たちは誰もが信じられない思いだった。
聖女は、いずれ王妃になるということもあって、城の一画に部屋をもらっている。
先代から教育を受けていたころは、そこから先代の住まいである王妃宮へと通っていた。正式に聖女となってからも、子供のころからのその部屋でくらしている。
聖女の周囲には、多くの侍女と秘書官、護衛騎士がいて、彼らは聖女が王妃になったあとも、そのまま王妃宮へ付き従って仕えることが決まっていた。そして彼らの多くは、主の晴れ姿を見るのを楽しみに、その日が来るのを待ち焦がれてもいたのである。
なのに、婚約が破棄された上に国外追放などと、いったい何がどうなったというのか。
中でもその話を強い驚愕と共に聞いたのは、先代聖女にも仕えていた年配の筆頭侍女と、聖女の友人でもあった護衛騎士である。
「お父様、いったいこれはどういうことですの?」
護衛騎士である女騎士は、父である左大臣に詰め寄った。
「どうもこうも……」
左大臣は、ある程度は娘になじられることを予想していたのか、小さくかぶりをふって言うと、事の次第を説明する。
話を聞いて、女騎士は深い深い溜息をついた。
「またあの宰相とその娘の入れ知恵ですのね」
女騎士は、王の側室となった宰相の娘とも知己がある。宰相親子が、まだ前の宰相が健在だったころから、何かと幼い王に自分たちに都合のいい話を吹き込んで、好きに王を操ろうとしていたことをよく知っていた。
(そういえば、前の宰相様が王につけた侍従長を解任し、今の侍従長を付けたのも、宰相でしたわね)
女騎士はふと思い出して、胸に呟く。
宰相の娘が側室となってからは、更に王の侍従や小姓らは入れ替えられ、ほとんどが宰相の息のかかった者たちばかりになっているとも聞いている。
「でも、どうされますの? 王と宰相が命じて、聖女様ご自身が了承されたとなれば、命令が撤回されることはありませんわ」
眉をひそめて考え込みながら、女騎士は父に問うた。
「陛下の命令どおりにするしかあるまい。……聖女様からは、東方に行きたいとのお話が出て、私が許可した。一応、陛下と宰相殿に報告はしたが、お二人とも聖女様が国を出たあとどこに行くつもりかは、興味がないようで、『好きにさせよ』とのことだったのでな」
小さく吐息をついて、左大臣は答える。
「東方……」
「聖女様は、もともと東方から来られた方なのだ。先代聖女様は伯母に当たられるとかで、母親に連れられて先代様を頼ってこのエーリカに来られたのだ」
軽く目を見張る女騎士に、左大臣は告げた。
「そうだったのですか……。ですが、東方へ向かうとなると……」
女騎士はうなずきつつも、更に眉をひそめる。
東方への旅は、馬や馬車を使っても一年はかかる。ましてや若い女が一人で旅するとなると、時間もかかるし危険も多い。
「父上、わたくしが共に行ってはいけないでしょうか」
ややあって、女騎士は言った。
「わたくしを聖女様の護衛に任命したのは王ですが、わたくしは騎士団には所属しておりません。どちらにせよ、聖女様が追放となるならば、仕えている者は一旦は解雇される運びとなるでしょう。ならばわたくしは、個人として聖女様と共に東方へ向かいたく存じます」
「そうだな。そなたが望むのであれば、それもよかろう。何も王宮に勤めることだけが、騎士の道ではないのだしな」
娘の言葉に、左大臣は大きくうなずくのだった。
そして、王から追放を命じられた数日後。
聖女と女騎士、それに見送りに立った左大臣は、エーリカの東の国境にいた。
国境までは、騎士団の一個小隊が馬車を出して、聖女を送り届けた。
ちなみにエーリカは、三方を他国と接していて、それぞれに国境を出入りするための門が設けられている。ただ、今彼らがいる東の国境だけは、他国とは接していなかった。
東の国境の向こうには、東方へと向かう街道とどこの国にも属さない小さな町や村のある地域が広がっている。
「左大臣様、お世話になりました。どうかこれからも陛下のお力になって、国をお守りくださいますようお願いいたします」
門の傍に立ち、聖女は左大臣に頭を下げたあと、言った。
長い髪は後ろで一つに束ねて編み、背中には小さなリュックを背負っている。
「はい。国のことは、ご心配なく。聖女様もどうか、ご息災で」
「ありがとうございます」
返す左大臣に、聖女はうなずく。
傍から、女騎士が左大臣に声をかけた。
「父上、できる限り手紙など書いて、状況をお知らせします」
「ああ、頼む」
左大臣が、そちらにうなずく。
女騎士は身軽な格好で、腰には剣を帯び、馬を引いていた。馬の背には、いくつか荷物が詰まれている。
やがて二人は、左大臣たちに見送られ、国境の門から国外へと足を踏み出した。
「聖女様、この先のことはご心配されませんように。わたくしが、何があってもお守りいたしますから」
「頼りにしていますよ。ですが、その『聖女様』というのはやめて下さい。わたくしはもう聖女ではありません。どうか名前で……ルルイエと呼んで下さい」
それへ聖女――ルルイエは小さく微笑んで言う。
「わかりました、ルルイエ様」
「様もいりません」
うなずく女騎士に、ルルイエは小さくかぶりをふって返した。
「はあ……。では、ルルイエ。わたくしのことは、今までどおり、ジャクリーヌとお呼び下さい」
幾分困った顔で再度うなずき、言い直した女騎士は、自分のことも名前で呼ぶように言う。
「ええ、ジャクリーヌ」
ルルイエは大きくうなずき、うれしそうに笑う。
西暦1024年6月18日、聖女ルルイエは東方への旅に出たのだった。
殊に、聖女に仕える者たちは誰もが信じられない思いだった。
聖女は、いずれ王妃になるということもあって、城の一画に部屋をもらっている。
先代から教育を受けていたころは、そこから先代の住まいである王妃宮へと通っていた。正式に聖女となってからも、子供のころからのその部屋でくらしている。
聖女の周囲には、多くの侍女と秘書官、護衛騎士がいて、彼らは聖女が王妃になったあとも、そのまま王妃宮へ付き従って仕えることが決まっていた。そして彼らの多くは、主の晴れ姿を見るのを楽しみに、その日が来るのを待ち焦がれてもいたのである。
なのに、婚約が破棄された上に国外追放などと、いったい何がどうなったというのか。
中でもその話を強い驚愕と共に聞いたのは、先代聖女にも仕えていた年配の筆頭侍女と、聖女の友人でもあった護衛騎士である。
「お父様、いったいこれはどういうことですの?」
護衛騎士である女騎士は、父である左大臣に詰め寄った。
「どうもこうも……」
左大臣は、ある程度は娘になじられることを予想していたのか、小さくかぶりをふって言うと、事の次第を説明する。
話を聞いて、女騎士は深い深い溜息をついた。
「またあの宰相とその娘の入れ知恵ですのね」
女騎士は、王の側室となった宰相の娘とも知己がある。宰相親子が、まだ前の宰相が健在だったころから、何かと幼い王に自分たちに都合のいい話を吹き込んで、好きに王を操ろうとしていたことをよく知っていた。
(そういえば、前の宰相様が王につけた侍従長を解任し、今の侍従長を付けたのも、宰相でしたわね)
女騎士はふと思い出して、胸に呟く。
宰相の娘が側室となってからは、更に王の侍従や小姓らは入れ替えられ、ほとんどが宰相の息のかかった者たちばかりになっているとも聞いている。
「でも、どうされますの? 王と宰相が命じて、聖女様ご自身が了承されたとなれば、命令が撤回されることはありませんわ」
眉をひそめて考え込みながら、女騎士は父に問うた。
「陛下の命令どおりにするしかあるまい。……聖女様からは、東方に行きたいとのお話が出て、私が許可した。一応、陛下と宰相殿に報告はしたが、お二人とも聖女様が国を出たあとどこに行くつもりかは、興味がないようで、『好きにさせよ』とのことだったのでな」
小さく吐息をついて、左大臣は答える。
「東方……」
「聖女様は、もともと東方から来られた方なのだ。先代聖女様は伯母に当たられるとかで、母親に連れられて先代様を頼ってこのエーリカに来られたのだ」
軽く目を見張る女騎士に、左大臣は告げた。
「そうだったのですか……。ですが、東方へ向かうとなると……」
女騎士はうなずきつつも、更に眉をひそめる。
東方への旅は、馬や馬車を使っても一年はかかる。ましてや若い女が一人で旅するとなると、時間もかかるし危険も多い。
「父上、わたくしが共に行ってはいけないでしょうか」
ややあって、女騎士は言った。
「わたくしを聖女様の護衛に任命したのは王ですが、わたくしは騎士団には所属しておりません。どちらにせよ、聖女様が追放となるならば、仕えている者は一旦は解雇される運びとなるでしょう。ならばわたくしは、個人として聖女様と共に東方へ向かいたく存じます」
「そうだな。そなたが望むのであれば、それもよかろう。何も王宮に勤めることだけが、騎士の道ではないのだしな」
娘の言葉に、左大臣は大きくうなずくのだった。
そして、王から追放を命じられた数日後。
聖女と女騎士、それに見送りに立った左大臣は、エーリカの東の国境にいた。
国境までは、騎士団の一個小隊が馬車を出して、聖女を送り届けた。
ちなみにエーリカは、三方を他国と接していて、それぞれに国境を出入りするための門が設けられている。ただ、今彼らがいる東の国境だけは、他国とは接していなかった。
東の国境の向こうには、東方へと向かう街道とどこの国にも属さない小さな町や村のある地域が広がっている。
「左大臣様、お世話になりました。どうかこれからも陛下のお力になって、国をお守りくださいますようお願いいたします」
門の傍に立ち、聖女は左大臣に頭を下げたあと、言った。
長い髪は後ろで一つに束ねて編み、背中には小さなリュックを背負っている。
「はい。国のことは、ご心配なく。聖女様もどうか、ご息災で」
「ありがとうございます」
返す左大臣に、聖女はうなずく。
傍から、女騎士が左大臣に声をかけた。
「父上、できる限り手紙など書いて、状況をお知らせします」
「ああ、頼む」
左大臣が、そちらにうなずく。
女騎士は身軽な格好で、腰には剣を帯び、馬を引いていた。馬の背には、いくつか荷物が詰まれている。
やがて二人は、左大臣たちに見送られ、国境の門から国外へと足を踏み出した。
「聖女様、この先のことはご心配されませんように。わたくしが、何があってもお守りいたしますから」
「頼りにしていますよ。ですが、その『聖女様』というのはやめて下さい。わたくしはもう聖女ではありません。どうか名前で……ルルイエと呼んで下さい」
それへ聖女――ルルイエは小さく微笑んで言う。
「わかりました、ルルイエ様」
「様もいりません」
うなずく女騎士に、ルルイエは小さくかぶりをふって返した。
「はあ……。では、ルルイエ。わたくしのことは、今までどおり、ジャクリーヌとお呼び下さい」
幾分困った顔で再度うなずき、言い直した女騎士は、自分のことも名前で呼ぶように言う。
「ええ、ジャクリーヌ」
ルルイエは大きくうなずき、うれしそうに笑う。
西暦1024年6月18日、聖女ルルイエは東方への旅に出たのだった。
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