3 / 35
03 旅立つ聖女
しおりを挟む
聖女の婚約破棄と追放を知った人々は、謁見の間の大臣たちと同じく、驚きと困惑に包まれた。
殊に、聖女に仕える者たちは誰もが信じられない思いだった。
聖女は、いずれ王妃になるということもあって、城の一画に部屋をもらっている。
先代から教育を受けていたころは、そこから先代の住まいである王妃宮へと通っていた。正式に聖女となってからも、子供のころからのその部屋でくらしている。
聖女の周囲には、多くの侍女と秘書官、護衛騎士がいて、彼らは聖女が王妃になったあとも、そのまま王妃宮へ付き従って仕えることが決まっていた。そして彼らの多くは、主の晴れ姿を見るのを楽しみに、その日が来るのを待ち焦がれてもいたのである。
なのに、婚約が破棄された上に国外追放などと、いったい何がどうなったというのか。
中でもその話を強い驚愕と共に聞いたのは、先代聖女にも仕えていた年配の筆頭侍女と、聖女の友人でもあった護衛騎士である。
「お父様、いったいこれはどういうことですの?」
護衛騎士である女騎士は、父である左大臣に詰め寄った。
「どうもこうも……」
左大臣は、ある程度は娘になじられることを予想していたのか、小さくかぶりをふって言うと、事の次第を説明する。
話を聞いて、女騎士は深い深い溜息をついた。
「またあの宰相とその娘の入れ知恵ですのね」
女騎士は、王の側室となった宰相の娘とも知己がある。宰相親子が、まだ前の宰相が健在だったころから、何かと幼い王に自分たちに都合のいい話を吹き込んで、好きに王を操ろうとしていたことをよく知っていた。
(そういえば、前の宰相様が王につけた侍従長を解任し、今の侍従長を付けたのも、宰相でしたわね)
女騎士はふと思い出して、胸に呟く。
宰相の娘が側室となってからは、更に王の侍従や小姓らは入れ替えられ、ほとんどが宰相の息のかかった者たちばかりになっているとも聞いている。
「でも、どうされますの? 王と宰相が命じて、聖女様ご自身が了承されたとなれば、命令が撤回されることはありませんわ」
眉をひそめて考え込みながら、女騎士は父に問うた。
「陛下の命令どおりにするしかあるまい。……聖女様からは、東方に行きたいとのお話が出て、私が許可した。一応、陛下と宰相殿に報告はしたが、お二人とも聖女様が国を出たあとどこに行くつもりかは、興味がないようで、『好きにさせよ』とのことだったのでな」
小さく吐息をついて、左大臣は答える。
「東方……」
「聖女様は、もともと東方から来られた方なのだ。先代聖女様は伯母に当たられるとかで、母親に連れられて先代様を頼ってこのエーリカに来られたのだ」
軽く目を見張る女騎士に、左大臣は告げた。
「そうだったのですか……。ですが、東方へ向かうとなると……」
女騎士はうなずきつつも、更に眉をひそめる。
東方への旅は、馬や馬車を使っても一年はかかる。ましてや若い女が一人で旅するとなると、時間もかかるし危険も多い。
「父上、わたくしが共に行ってはいけないでしょうか」
ややあって、女騎士は言った。
「わたくしを聖女様の護衛に任命したのは王ですが、わたくしは騎士団には所属しておりません。どちらにせよ、聖女様が追放となるならば、仕えている者は一旦は解雇される運びとなるでしょう。ならばわたくしは、個人として聖女様と共に東方へ向かいたく存じます」
「そうだな。そなたが望むのであれば、それもよかろう。何も王宮に勤めることだけが、騎士の道ではないのだしな」
娘の言葉に、左大臣は大きくうなずくのだった。
そして、王から追放を命じられた数日後。
聖女と女騎士、それに見送りに立った左大臣は、エーリカの東の国境にいた。
国境までは、騎士団の一個小隊が馬車を出して、聖女を送り届けた。
ちなみにエーリカは、三方を他国と接していて、それぞれに国境を出入りするための門が設けられている。ただ、今彼らがいる東の国境だけは、他国とは接していなかった。
東の国境の向こうには、東方へと向かう街道とどこの国にも属さない小さな町や村のある地域が広がっている。
「左大臣様、お世話になりました。どうかこれからも陛下のお力になって、国をお守りくださいますようお願いいたします」
門の傍に立ち、聖女は左大臣に頭を下げたあと、言った。
長い髪は後ろで一つに束ねて編み、背中には小さなリュックを背負っている。
「はい。国のことは、ご心配なく。聖女様もどうか、ご息災で」
「ありがとうございます」
返す左大臣に、聖女はうなずく。
傍から、女騎士が左大臣に声をかけた。
「父上、できる限り手紙など書いて、状況をお知らせします」
「ああ、頼む」
左大臣が、そちらにうなずく。
女騎士は身軽な格好で、腰には剣を帯び、馬を引いていた。馬の背には、いくつか荷物が詰まれている。
やがて二人は、左大臣たちに見送られ、国境の門から国外へと足を踏み出した。
「聖女様、この先のことはご心配されませんように。わたくしが、何があってもお守りいたしますから」
「頼りにしていますよ。ですが、その『聖女様』というのはやめて下さい。わたくしはもう聖女ではありません。どうか名前で……ルルイエと呼んで下さい」
それへ聖女――ルルイエは小さく微笑んで言う。
「わかりました、ルルイエ様」
「様もいりません」
うなずく女騎士に、ルルイエは小さくかぶりをふって返した。
「はあ……。では、ルルイエ。わたくしのことは、今までどおり、ジャクリーヌとお呼び下さい」
幾分困った顔で再度うなずき、言い直した女騎士は、自分のことも名前で呼ぶように言う。
「ええ、ジャクリーヌ」
ルルイエは大きくうなずき、うれしそうに笑う。
西暦1024年6月18日、聖女ルルイエは東方への旅に出たのだった。
殊に、聖女に仕える者たちは誰もが信じられない思いだった。
聖女は、いずれ王妃になるということもあって、城の一画に部屋をもらっている。
先代から教育を受けていたころは、そこから先代の住まいである王妃宮へと通っていた。正式に聖女となってからも、子供のころからのその部屋でくらしている。
聖女の周囲には、多くの侍女と秘書官、護衛騎士がいて、彼らは聖女が王妃になったあとも、そのまま王妃宮へ付き従って仕えることが決まっていた。そして彼らの多くは、主の晴れ姿を見るのを楽しみに、その日が来るのを待ち焦がれてもいたのである。
なのに、婚約が破棄された上に国外追放などと、いったい何がどうなったというのか。
中でもその話を強い驚愕と共に聞いたのは、先代聖女にも仕えていた年配の筆頭侍女と、聖女の友人でもあった護衛騎士である。
「お父様、いったいこれはどういうことですの?」
護衛騎士である女騎士は、父である左大臣に詰め寄った。
「どうもこうも……」
左大臣は、ある程度は娘になじられることを予想していたのか、小さくかぶりをふって言うと、事の次第を説明する。
話を聞いて、女騎士は深い深い溜息をついた。
「またあの宰相とその娘の入れ知恵ですのね」
女騎士は、王の側室となった宰相の娘とも知己がある。宰相親子が、まだ前の宰相が健在だったころから、何かと幼い王に自分たちに都合のいい話を吹き込んで、好きに王を操ろうとしていたことをよく知っていた。
(そういえば、前の宰相様が王につけた侍従長を解任し、今の侍従長を付けたのも、宰相でしたわね)
女騎士はふと思い出して、胸に呟く。
宰相の娘が側室となってからは、更に王の侍従や小姓らは入れ替えられ、ほとんどが宰相の息のかかった者たちばかりになっているとも聞いている。
「でも、どうされますの? 王と宰相が命じて、聖女様ご自身が了承されたとなれば、命令が撤回されることはありませんわ」
眉をひそめて考え込みながら、女騎士は父に問うた。
「陛下の命令どおりにするしかあるまい。……聖女様からは、東方に行きたいとのお話が出て、私が許可した。一応、陛下と宰相殿に報告はしたが、お二人とも聖女様が国を出たあとどこに行くつもりかは、興味がないようで、『好きにさせよ』とのことだったのでな」
小さく吐息をついて、左大臣は答える。
「東方……」
「聖女様は、もともと東方から来られた方なのだ。先代聖女様は伯母に当たられるとかで、母親に連れられて先代様を頼ってこのエーリカに来られたのだ」
軽く目を見張る女騎士に、左大臣は告げた。
「そうだったのですか……。ですが、東方へ向かうとなると……」
女騎士はうなずきつつも、更に眉をひそめる。
東方への旅は、馬や馬車を使っても一年はかかる。ましてや若い女が一人で旅するとなると、時間もかかるし危険も多い。
「父上、わたくしが共に行ってはいけないでしょうか」
ややあって、女騎士は言った。
「わたくしを聖女様の護衛に任命したのは王ですが、わたくしは騎士団には所属しておりません。どちらにせよ、聖女様が追放となるならば、仕えている者は一旦は解雇される運びとなるでしょう。ならばわたくしは、個人として聖女様と共に東方へ向かいたく存じます」
「そうだな。そなたが望むのであれば、それもよかろう。何も王宮に勤めることだけが、騎士の道ではないのだしな」
娘の言葉に、左大臣は大きくうなずくのだった。
そして、王から追放を命じられた数日後。
聖女と女騎士、それに見送りに立った左大臣は、エーリカの東の国境にいた。
国境までは、騎士団の一個小隊が馬車を出して、聖女を送り届けた。
ちなみにエーリカは、三方を他国と接していて、それぞれに国境を出入りするための門が設けられている。ただ、今彼らがいる東の国境だけは、他国とは接していなかった。
東の国境の向こうには、東方へと向かう街道とどこの国にも属さない小さな町や村のある地域が広がっている。
「左大臣様、お世話になりました。どうかこれからも陛下のお力になって、国をお守りくださいますようお願いいたします」
門の傍に立ち、聖女は左大臣に頭を下げたあと、言った。
長い髪は後ろで一つに束ねて編み、背中には小さなリュックを背負っている。
「はい。国のことは、ご心配なく。聖女様もどうか、ご息災で」
「ありがとうございます」
返す左大臣に、聖女はうなずく。
傍から、女騎士が左大臣に声をかけた。
「父上、できる限り手紙など書いて、状況をお知らせします」
「ああ、頼む」
左大臣が、そちらにうなずく。
女騎士は身軽な格好で、腰には剣を帯び、馬を引いていた。馬の背には、いくつか荷物が詰まれている。
やがて二人は、左大臣たちに見送られ、国境の門から国外へと足を踏み出した。
「聖女様、この先のことはご心配されませんように。わたくしが、何があってもお守りいたしますから」
「頼りにしていますよ。ですが、その『聖女様』というのはやめて下さい。わたくしはもう聖女ではありません。どうか名前で……ルルイエと呼んで下さい」
それへ聖女――ルルイエは小さく微笑んで言う。
「わかりました、ルルイエ様」
「様もいりません」
うなずく女騎士に、ルルイエは小さくかぶりをふって返した。
「はあ……。では、ルルイエ。わたくしのことは、今までどおり、ジャクリーヌとお呼び下さい」
幾分困った顔で再度うなずき、言い直した女騎士は、自分のことも名前で呼ぶように言う。
「ええ、ジャクリーヌ」
ルルイエは大きくうなずき、うれしそうに笑う。
西暦1024年6月18日、聖女ルルイエは東方への旅に出たのだった。
26
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。
【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします
ユユ
ファンタジー
聖女と認定され 王子妃になったのに
11年後、もう一人 聖女認定された。
王子は同じ聖女なら美人がいいと
元の聖女を偽物として追放した。
後に二人に天罰が降る。
これが この体に入る前の世界で読んだ
Web小説の本編。
だけど、読者からの激しいクレームに遭い
救済続編が書かれた。
その激しいクレームを入れた
読者の一人が私だった。
異世界の追放予定の聖女の中に
入り込んだ私は小説の知識を
活用して対策をした。
大人しく追放なんてさせない!
* 作り話です。
* 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。
* 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。
* 掲載は3日に一度。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる