至宝のオメガ

夜乃すてら

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本編 第一部

67. 敵に回すとおそろしいもの

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 ベアズはイライラと宿の外に出た。

「くそっ。これさえ上手くいけば、出世間違いなしなのに」

 あのままだと、相手がオメガだということも忘れてかんしゃくを起こしそうだから、距離をとった。

「俺をおちょくってんのか。一階と二階を移動しまくりやがって!」

 沸騰していた気持ちは、外の空気を吸うと、少し落ち着いた。
 せっかくリードが代わってくれたから、煙草でも吸うかと上着の内ポケットを探ろうとした時、五人ほどの若い女性達が、ディルのいる宿屋目指してやってくるのが見えた。
 ベアズは煙草のことはあきらめ、出入口を守る。

「失礼ですが、こちらは関係者以外立ち入り禁止となっています」
「騎士様!」

 突然、女性の一人が叫んだので、ベアズはビクリとした。

「オメガ様が領主様に強姦されたですって? ありえないわ。あんなに仲むつまじくされていたのに!」
「そうよ! 会わせてください!」
「きっと何かの間違いよ」

 彼女達が詰め寄るので、ベアズはひくっと顔を引きつらせる。

「落ち着いてください。傷ついていらっしゃる方に、面会させられません!」
「取次もしてくれないなんて!」

 後ろの女性が、信じられないと叫ぶ。

「ひどいわ。私達を馬鹿にしているのね」
「ち、違います。とにかく! 入れませんから」
「どきなさいよ、あなたとじゃお話にならないわ」

 女性達が無理に押しとおろうとするので、ベアズはとっさに手を払った。

「きゃあっ」

 すると、女性が派手に尻餅をついた。目をうるうるさせる。

「暴力をふるうなんて……!」
「は? いや、そっちが押しのけようとしたんでしょう」

 ベアズは言い訳したが、女性達はベアズを敵とみなした。飛びかかってくる。

「ひどい! 最低よ!」
「女の敵!」

 手の平でバッチンベッチンと叩かれ、ベアズは腕で頭を守りながら、怒って女性の肩をつかもうとした。
 ――が。
 そこにあったのは女性の胸だった。
 女性がぎょっとして、顔を赤くし、目に涙が浮かぶ。すうっと息を吸い、どこからそんな声が出るんだという悲鳴を上げた。

「きゃあああああ、ちかんよー!!!!」
「ち、違う。ちょっ」

 声を聞きつけ、近隣住民がわらわらと出てくる。

「ちかんだと?」
「騎士の風上にも置けないやつ!」
「やっちまえ!」

 厳しい地で生きている彼らは、いざという時の結束が固い。
 屈強な男達がこぶしを固め、女性らの母親はほうきや棒切れを持って現れ、いっせいに敵をにらみつけた。
 訓練した騎士でも、大勢に囲まれれば無意味だ。

「いや、違う。待って。ちゃんと謝りますから!」
「問答無用! この女の敵!」

 わーっと大騒ぎになった。

     *

 僕は堂々と宿の外に出て、あちこち怪我だらけで気絶しているベアズが縛られているのを見て、感心した。

「上手いことやりましたね。ありがとうございます」

 領民達に丁寧にお辞儀をすると、彼らは恐縮して首を振った。

「いえ、本当に胸に触ったみたいなので」
「ええ……、それは申し訳ありません」

 若い娘の一人が、くすんくすんと泣いているのはそのせいなのか。

「事故だと分かってますけど、びっくりしたみたいです」

 泣いている娘をなぐさめていた女性が、苦笑まじりに言う。

「すみません、お嬢さん。僕が助けを求めたばかりに」

 僕は従業員に手紙をたくした。

 ――王子の部下に監禁されていて困っています。女性達にふりでちかんだと騒いでもらって、見張りを排除してもらえませんか。

 この世界で、影の支配者は女性だ。少子化に悩む人々は、過保護なほど大事にしているそうだ。
 強姦で死罪なら、ちかんだって罪が重い。見張りが男で――しかも騎士である限り、女が押しかけてきたら、力技では解決できないだろうと踏んだ。

 王族相手に下手に動けないのは、領民達も同じだ。ならば、「動きやすい理由を作ればいい」と考えて、この頼み事をした。

「あなたの勇気に感謝します」
「ぐすっ。どういたしまして……!」

 今度は感動で泣き始めてしまった女性の対応に、僕は心の中で困った。
 前の世界では、女性はオメガを下に見ていながらも、良い男の寵愛を競う相手として敵視していたのだ。こんなふうに声をかけただけで感謝されたのは初めてだ。
 とりあえず、メンタルケアをしてもらえるように、後でレフに頼んでおこう。

「もう一人も同じことをして地道に排除しようと思ってましたが、こちらはシオンの忠臣だそうです。紋章をたくされていました」

 リードが会釈すると、領民達は厳しい目つきをやわらげた。

「ありがとうございます。殺されるかと思いました」

 肝を冷やしたリードに、礼を言われた。僕はこくりと頷く。確かに、あの目は怖い。

「王国の騎士を殺しはしないさ。ちょっとおねんねしてもらうだけだよ」

 まるで山賊みたいな悪い笑みを浮かべて、領民の男が言った。

「はは……」

 リードは乾いた笑みを返す。
 レイブン領の民達は、近くに王子や騎士がいないのをいいことに、僕に問う。

「領主様が強姦なんて嘘ですよね、オメガ様!」

 ごくりと息を飲んで、彼らは僕の言葉に注目する。

「もちろんです」

 結婚相手に決めたわけでもないのに、体の関係があると話すのはものすごく気まずいが、僕は状況を説明した。

「というわけで、僕を兄としたうオメガがいまして、彼が暴走しているみたいなんです。王子も止めるどころか、一緒になってくわだてているみたいで……。僕のせいです、申し訳ありません」

 シオンを巻き込んだのは、僕だ。
 集まった領民達の中で、老人が手を挙げて答える。

「あなただけの問題ではありませんよ。領主様が王家ににらまれておいでなのも原因でしょう。でも、ここまでするとはさすがに思っていませんでした」
「元々、レイブン伯爵家を嫌っているところに、ちょうどいい理由があっただけでしょ」

 さっきまで部下に指示をしていたネルヴィスが、傍に戻ってきて言った。
 そうだそうだと、領民達も声をそろえる。

「いくらスタンピードで大騒ぎしてたからって、あの人達がここまで来たのも気付かなかった。おかしいですよ!」
「何かしたに決まってる。神殿の権限で、王子を捕まえて尋問できないんですか?」

 気が立っている彼らの後ろから、レフが声を上げた。

「あちらにアカシア様がいらっしゃるので、なかなか難しいことです。しかも王子殿下はアカシア様の婚約者候補ですから」
「レフ! もう大丈夫なんですか?」

 僕はレフのほうへ歩み寄る。領民達は波が引くように、さっと間をあけた。

「ええ、怪我は治癒しましたし、消耗した体力もだいぶ回復しました。ディル様、一度診察させてください」
「お願いします。でも、今はそれどころではなくて」

「分かっておりますとも。地方の小神殿にいる神官も加担している様子。それに、このままレイブン卿が処刑されては、暴動が起きて多くの血が流れます。神殿としても見過ごせません」

 レフは未来をうれいて、眉をひそめる。

「魔物の波は、あきらかに人為的に引き起こされたものです。王子に原因があるという証拠をつかめば、処刑を止められます。僕は大人しく従うふりをしていますから、その間、皆さんで調査してくれませんか」

「それはもちろんです! 我らが領主様のためですから!」

 領民達は声をそろえる。

「こちらのフェルナンド卿の配下やリード、レフを通して、相談や指示をしますので、どうかよろしくお願いします」

 僕が協力を求めると、ネルヴィスがかかわるのは嫌そうにしつつも、領民達は同意した。

「では、さっそく始めましょう」

 こうして、シオンを助けるために、王子に隠れての調査が始まった。
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