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本編 第二部(ネルヴィス・エンド編)
121. 蓮の池
しおりを挟む僕が通された客室は、青と白をベースにした、清廉な空間だった。
天井には青い花が描かれ、中央では二人の赤ちゃん天使が微笑んでいる。椅子とテーブルのセットの他に長椅子もあり、暖炉もそなえられていた。
壁には風景や草花の油彩画がかけられ、花瓶には薔薇が生けられており、観葉植物が置かれている。
部屋は大きく居間と寝室に分かれており、寝室には洗面所とトイレが小部屋でついている。それから、居間には使用人部屋があった。神官兵が扉番につくが、使用人部屋にはタルボが待機してくれることになっている。
荷物はフェルナンド侯爵家の使用人に任せ、僕はさっそく散歩に出ることにした。
タルボと玄関ホールに下りたところで、すでに待っていたネルヴィスとシオンが会釈する。
「蓮の池って、前庭にあったあれですか?」
「そうですよ。祖母が造園にこっていたんです。我が家が開く庭園パーティーも人気ですよ。夜会の時も、庭は解放しています」
玄関前は馬車のロータリーになっており、前庭は馬車止めも兼ねているそうだ。
蓮の池まで徒歩だと結構歩くとかで、フェルナンド家の二人乗りのオープン馬車と鞍をつけた馬が二頭待っている。
邸内の庭まで馬車を使うなんて驚きだ。
馬車に僕とネルヴィス、馬にタルボとシオンが分かれて乗り込む。馬車がゆっくり動き始めると、隣をシオンが並走した。
僕はネルヴィスに疑問をぶつける。
「どうしてまた、こんなに広く土地を使うんです? 市場として使って、利用料をとったほうが良さそうなものですが」
フェルナンド家は商家としても優れている。僕には土地を無駄遣いしているように思えて不思議だった。
「フェルナンド家が魔導具技師から始まった一族だからですよ。敷地内には、私兵の宿舎だけでなく、職人の工房や宿舎もあるんです。魔導具の知識は門外不出なので、簡単に出入りできないようにしています」
「もし知識を外に持ち出す者が出たら、どうするんですか?」
シオンが興味を示す。
「もちろん、窃盗の罪で逮捕ですよ。我が家で働く前に、知識を流出させた場合の賠償責任についての契約書にサインしてもらっていますし、秘密を守るだけの高い給与は出しています。めったといませんよ」
ネルヴィスは答えたが、苦笑した。
「それでも、産業スパイはいますがね」
「勇気がある人ですね……」
僕なら、絶対にフェルナンド家を敵にしたくない。いろんな意味で怖い。シオンも同意して、深く頷いた。
「身震いしますね」
「ちゃんと法にのっとって対処しますよ。まあ、うちの弁護人は非常に優秀ですが」
ネルヴィスはそう断ったが、僕はそのまま信じるほど素直ではない。
「そういうことにしておきます」
「そうですってば」
ちょうど馬車が池の前についたので、僕は座席を立つ。それが当然というように、ネルヴィスが先に下りて、僕に右手を差し出した。手を借りて地面に下りると、シオンとタルボも馬を降りたところだった。
「近くで見ると、大きな池ですね」
丸い葉が青々としていて、白やピンクの花が水面から突き出している。
「わあ!」
幻想的な美しさに、僕は歓声を上げる。
「ちょうど見ごろなんですよ。良い時期にいらっしゃいました」
ネルヴィスは自慢げに言った。
池の中央には、アーチのかかった木製の橋がかかっている。
「この橋だけでなく、中にいる魚も東国のものなんですよ」
ネルヴィスに案内され、僕は橋の中央に向かう。よく見ると、池の水面に、極彩色の魚が見えた。赤や白のものもいれば、金色もいる。
「なんて綺麗な魚でしょうか」
「錦鯉といいます」
「鯉? あんな色の鯉がいるのですか、東国には」
鯉なら見たことがあるが、もっと黒くて地味だった。この国では料理に出ることもあるポピュラーな魚だ。
もっとよく見たくて、欄干に手をかける。
「見てください、あの魚、金色ですよ!」
少し体重をかけながら、シオンやタルボのほうを振り返る。微笑ましそうな顔が、なぜか凍りついた。
「ディル様!」
「え?」
なぜか後ろに体が傾いたので、僕は目を丸くする。
欄干が壊れたのだと気付いたのは、池に落ちてからだった。
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