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しおりを挟むトリーシャ・ラスヘルグは震えていた。
視界は真っ白で、冷たい暴風の中にさらされている。
ガチガチと歯の根も合わないまま、トリーシャはうんともすんともいわない虚ろの門柱を叩く。
「お願い! お願いします! ここを開けてください!」
この寒地スノーホワイトへとトリーシャを連れてきた転移門は、黙りこくったまま何も反応はない。
それもそのはずで、転移門は資格を持つ魔法使いしか起動できないのだ。魔法使いではないトリーシャのような一般人では、そもそも魔力が足りない。
だから門の間には何もなく、ただの扉の枠が柱として建っているだけだ。
ブルーランド王国には、大昔から、神が遺したという魔法遺産が各地にある。転移門もその一つだった。転移門同士ならば、資格がある者は自在に行き来できる。当然、防衛のために、使用許可と使用料の支払いが発生するが、その程度は手間ではないのだ。
「お願い……助けて……」
雪に埋もれるようにして、トリーシャはその場に倒れた。
そうしながら思い浮かべたのは、ここにトリーシャを追いやった元凶だ。
「ああ、レルギ。こんなことをされるほどのことを、僕はした……?」
悔しさから目尻に浮かんだ涙が、瞬く間に凍り付くのを感じる。
レルギ・クルセオは、トリーシャより一歳年上になる男だ。
ブルーランドでは貴賤問わず自由恋愛の風潮だが、同性での婚約は珍しい。恋愛と家庭は別という考えがあるため、男女で家庭を作る者が多い。単純な話、世継ぎ問題があるので、どうしても避けられなかったのだ。
それにも関わらず、クルセオ子爵家の後継者であるレルギと、ラスヘルグ伯爵家の三男であるトリーシャが婚約することになったのは、父親同士が親友であったためだ。
レルギの父親ライサンが事業で失敗し、子爵家は財政難におちいった。ライサンはトリーシャの父トリスタンに土下座をして、トリーシャをレルギの伴侶として迎え、クルセオ家の次男がいずれもうける子を養子とする形をとるからと頼みこんだことで、二人の婚約が決まった。
いくら親友とはいえ、トリスタンもすんなり引き受けたわけではない。トリスタンが出した条件は、レルギがトリーシャに対して一途であり、伴侶として尊重すること……である。
結果、レルギは恩を忘れて、浮気をした。
寝室での情事現場に踏みこむ形になったトリーシャは、当然、婚約破棄を申請した。父親だけでなく、家族も激怒していたのが、昨日のことのようである。
(君が最後にちゃんと謝りたいっていうからついてきたら、転移門の先が寒地スノーホワイトで。レルギは何か恨みごとを言いながら、僕を置き去りにして帰っていったんだ)
王国内には、土地の魔力が不安定なせいで、局所的に劣悪な環境になっている場所がある。寒地スノーホワイトはその一つだ。王家が氷室に使う以外に特に役立つわけでもなく、危険なので立ち入り禁止となっている。
「……魔法使いなんて、大嫌いだ」
トリーシャはそんな悪態を最後に、目を閉じた。
トリスタンが凡才のレルギとトリーシャの婚約を認めたのは、レルギが魔法使いだったからだ。その魔法使いとのつながりに価値を見出した。
トリスタンが少し欲を出さなければ。レルギが恩を忘れていなければ。婚約していた数年に、トリーシャが少しの情を抱いて、レルギに歩み寄ろうとしなければ。
――こんな場所で、トリーシャが死ぬことはなかっただろうに。
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