狼王子は、異世界からの漂着青年と、愛の花を咲かせたい

夜乃すてら

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本編

七章4

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 風呂から出ると、剛樹はタオルで髪の水気をぬぐいながら、客室の居間に出てきた。
 執事は世話を焼きたがったが、自分でするからと断ったのだ。他人に世話をされるのは、今日の朝だけでお腹いっぱいである。
 テーブルには水差しとグラスのセットが置いてあるので、剛樹は水を飲んで一息ついた。ふわっとあくびが出る。

(うーん、さすがに疲れた)

 慣れない場所で緊張しっぱなしだったのだから、体力面でも精神面でも負荷がかかっていた。もう寝てしまおうかと寝室に向かおうとしたところで、廊下が騒がしくなった。使用人と話している声を拾い、剛樹は扉のほうへ向かう。

(ユーフェさん、帰ってきたのか)

 そういえば執事が夜食を持っていくことを提案していたなと思い出し、廊下に出る。
 ユーフェの部屋の扉が閉まり、執事が速足で立ち去るのが見えた。

「ユーフェさん、入ってもいいですか?」

 どうせならば就寝前のあいさつをしてから休もうと思い、剛樹はユーフェの部屋の扉をノックする。

「モリオン、だめだ。自分の部屋に帰れ」

 剛樹はいつになく硬いユーフェの声に驚いた。
 だが、剛樹は言われた通りにしなかった。ユーフェの声が苦しげだったせいだ。

「ユーフェさん、どうしたんですか。体調でも悪いんですか?」
「私に構わないでくれ!」

 激しい口調で拒絶され、剛樹は震えた。心臓が凍りつくような心地がする。
 どうしてユーフェが怒るのか分からない。
 知らないうちに、剛樹は何か悪いことをしたのだろうか。

「あ……すみません。俺、ただ、心配だっただけで。俺なんかが、余計なお世話でしたよね。もうユーフェさんには近づかないようにしますから……嫌わないでください」

 ユーフェに嫌われたのだと思うと、勝手に涙が浮かんでくる。鼻がつんと痛んだ。
 剛樹が扉から離れようとすると、扉がギィと開いた。

「ち、違う! お前は悪くない!」

 ユーフェは焦ったように言った。頭の右半分を手で覆い、ふらふらしている。明らかに様子がおかしいので、剛樹の胸から悲しみが飛んでいった。

「どうしたんですか、ユーフェさん」

 ユーフェの顔を下から覗きこむと、彼はふうふうと荒い息をしている。暑そうに、上着の襟を引っ張っては風を起こしていた。

「あ、もしかしてお酒に酔ったんですか? 少し待っていてください。お水を持ってきます。……わっ」

 剛樹が慌てて身をひるがえした瞬間、ユーフェに左腕を掴まれた。ぐいっと勢いよく室内へ引っ張られ、ユーフェが閉めた扉に背中を押しつけられた。

「いたっ」

 装飾がついた扉に背をぶつけて、剛樹は声をこぼす。何が起きたかわからないでいるうちに、顔に陰がかかった。剛樹が上を見ると、ユーフェが壁に手をついて、剛樹に覆いかぶさっている。

「あの……ユーフェさん……?」

 剛樹は恐る恐る名前を呼ぶ。
 ユーフェの部屋にはあちこちのランプに火が灯されており、剛樹にはユーフェの様子がはっきりと見える。
 ユーフェは息が荒いだけでなく、目も血走っている。どう見ても正常な状態ではない。

「体調が悪いなら、お医者さんを呼んだほうが……」

 剛樹は声を途切れさせた。
 ユーフェが剛樹にぐっと顔を近づける。剛樹の首元に鼻先を寄せ、スンスンとかいだ。

(へ……? においをかがれている⁉)

 剛樹は羞恥に襲われた。風呂上がりだからまだいいが、それでも恥ずかしい。

「ちょ、ちょっと、ユーフェさん?」

 困惑しながら、剛樹はユーフェの胸元を押して自分から離そうとした。

「ひゃっ」

 その瞬間、ユーフェが剛樹の首筋をベロリとなめた。剛樹は驚きのあまり、飛び上がった。ユーフェは目を細めた。

「モリオン、お前は本当にいいにおいだな。たまらない」
「入浴剤がよかったのでは?」
「違う。この……お前の魅力的なにおいだ」

 ユーフェは再び剛樹に顔を近づけ、耳の下あたりで鼻を鳴らす。剛樹はいたたまれない気持ちになって、首をすくめる。

「怖いか?」
「いえ……さすがに恥ずかしくて」

 嗅覚の鋭い狼獣人ににおいをかがれるなんて、剛樹からすればちょっとした拷問だ。剛樹がぎゅっと目を閉じて、羞恥に耐えていると、ユーフェははあっと熱いため息をこぼす。

「……モリオン」
「はい」

 剛樹は返事をする。もふっとした毛が頬に当たってくすぐったい。

「私は部屋に戻るように忠告した。構うなとも言った。だから、もういいな?」

 剛樹は再び困惑した。
 ユーフェがなんの許しを得ようとしているのか、さっぱり分からないのだ。

「……ええと?」

 ユーフェが身を離し、剛樹を見つめた。思わず見つめ返した剛樹は、ユーフェの目がギラギラと光っているのに気づいて息をのむ。まるで獲物を見据えた捕食者のようだった。

 ――食べ……られる?

 ふと、頭にそんなことが浮かぶ。
 ユーフェがぱかりと口を開け、鋭い犬歯が覗く。剛樹があっと気づいた時には、ユーフェは剛樹の口を食むようにして口づけていた。
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