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第一部
22.運動会はいい思い出であるべきだ
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夏休みが終わればすぐに運動会がやってくる。
九月の体育は運動会の練習ばかりだった。それはどの学年も同じで、高学年の子達なんかは練習だけじゃなく準備の手伝いでテントや機材などを運ばされていた。
大変だなぁと遠目に眺めていた。一年生は楽な種目ばかりなのでそんなに気合を入れる必要もない。ケガがありそうな騎馬戦や組体操は高学年の種目である。
運動会でどんな奴が活躍できるのか? それはすばしっこい奴である。
種目として走るものが多い以上必然である。二人三脚や障害物競争、借り物競走だって足の速い人が有利だ。
ちなみに、俺の足はクラスで一番速い。つまり、運動会に対して何の不安もないということだ。
「トシくんトシくん。見て見てー。似合う?」
運動会当日。着替えを終えて準備ができたらしい葵ちゃんが俺に駆け寄ってきた。示された髪型はポニーテールになっていた。運動するからと結んだらしい。
「うん、とっても似合うよ。かわいいね」
そう言うと葵ちゃんはにぱーと笑った。純真無垢な笑顔である。
夏休みに彼女から告白されてから、とくに関係が激変するというわけでもなかった。葵ちゃんはあれからもいつも通りの態度で接してくれている。
あれは子供特有の衝動的なものだったのだろうか? そうだとしても俺の気持ちに変化を与えたのは確かだった。あの衝撃を忘れてはいけないとも思う。
葵ちゃんはくるりと回ってポニーテールをなびかせる。髪型を変えてテンションが上がっているようだった。
「葵ー。走ると危ないわよ」
瞳子ちゃんが小走りで近づき葵ちゃんをたしなめる。姉というよりも母親みたいだな。
この小学校の体操服は男子はショートパンツ、女子はブルマである。久しぶりに目にした時は懐かしい気持ちになってしまったものだ。
こうやって二人並んで見ても、太ももからふくらはぎにかけての肉付きが薄いのがわかる。やっぱりまだ子供。だけど侮ってちゃいけない。
あの時の葵ちゃんのように、女の子の成長は早いのだ。いつまでも待っててもらえるだなんて考えない方がいい。
……って今はそれよりも目の前の運動会だ。気を散らしてケガをしましたなんてことになったら恥ずかし過ぎる。
「よし! 葵ちゃん瞳子ちゃん、今日は運動会がんばるぞー!」
「おー!」と続いてくれたのは葵ちゃんだけだった。瞳子ちゃんは「まったく二人とも子供なんだから」とやれやれ顔である。だからあなたも子供でしょうに。
一学年のクラスは五組まである。それがそのまま五つのチームとなって分かれていた。俺達は一年一組なので、全学年の一組を応援していればいい。
運動会が始まり、入場行進からだ。親御さん達が我が子の雄姿を撮影しようとカメラを向けている。俺の両親の姿を見つけた。どうやら宮坂家と木之下家といっしょに固まっているようだった。俺達の交友関係もあってか、親同士も本当に仲良くなったものだ。
準備体操も終わり、競技へと移っていく。最初の大玉転がしは一年生からだ。
「いっちょやってやるわよ!」
小川さんはやる気満々だ。なんだかんだで女子のリーダー的存在の彼女が声を出せばみんなもやる気を上げていく。
「がんばろうな高木くん」
「おうよ!」
佐藤がふにゃりと笑う。がんばろうって感じの顔じゃないけど、こういう奴ってのはよく知っている。佐藤はがんばると言ったらがんばる奴なのだ。だから俺は拳を作って返す。
大玉転がしは三位に終わった。この可もなく不可もなくといった成績が俺らしいといえばそうなのだが、別に個人競技ではなかったんだけどな。団体競技の難しいところである。
この後も球入れや綱引きなどの運動会らしい種目が続く。それからようやく俺の個人種目がきた。
「トシくんがんばってね!」
「絶対に勝つのよ!」
葵ちゃんと瞳子ちゃんから応援のお言葉をちょうだいする。俺のやる気が上がった!
俺が出るのは直線を走るだけのもの、かけっこである。
単純でありながら注目される競技だ。足の速さがそのまま順位に直結する。ゴールテープを切る姿はさぞカメラ映えするだろう。
ロケットスタートして誰にも追い抜かれることなくゴールした。朝の走り込みと水泳で鍛えられた俺に死角はなかった。
ああ……、初めて一等賞を取ったぞ。ゴールテープを切るのってこんなにも快感だったのか……。前世では知らなかった気持ち良さに酔いしれる。
ほわほわ気分でいると、野沢先輩の姿が見えた。五年生のかけっこに出るらしく、入場門で待機していた。
俺は駆け足で野沢先輩の元へと向かった。
「野沢先輩!」
「あっ、後輩くんだー」
「おーい、春香ー……じゃなかった先輩ー。後輩くんが来てくれたぞ」
「ちょ、ちょっと、先輩って呼ばないでよっ」
俺が近づくと、野沢先輩の同級生らしい女子が気づいてくれた。
というか野沢先輩のあだ名が先輩になってる? もしかしなくても俺のせいじゃないか。
野沢先輩は同級生にからかわれながらも、俺に顔を向けてくれる。五年生にもなるとブルマの破壊力がすごくなっていた。
「もしかして応援に来てくれた? でも私、俊成くんとは別の組みだよ」
野沢先輩のゼッケンには「五年四組」の文字があった。一組の俺とは敵同士ということになる。
それでも関係ない。野沢先輩を応援することは、そんなことくらいでやめる理由にはならないのだ。
「野沢先輩、応援してます。がんばってくださいね!」
「……うん!」
野沢先輩は力強く頷いてくれた。他の五年生から「かわいいー」という声が上がる。なんか恥ずかしくなったのでさっさと一年生の待機場所へと走った。
五年生のかけっこでは野沢先輩が見事一着に輝いた。俺は惜しみない拍手を送った。なぜか瞳子ちゃんに「うるさい!」と怒られてしまった。盛り上がるのが運動会じゃないのん?
着々と競技は進み、昼休憩の時間になった。それぞれ親の元に行き昼食タイムとなる。
「トシくん早く行こ?」
葵ちゃんに手を握られて引っ張られる。それを見た瞳子ちゃんには反対側の手を握られ、同じように引っ張られた。
俺達の家族同士でシートをくっつけ合っている。すでに弁当を食べられる状態にしてくれている。
そこで俺は急ブレーキした。
「ごめん、教室に忘れ物取りに行ってくる」
「あっ、水筒……」
葵ちゃんがはっとしたように口にする。そう、朝から教室に水筒を忘れてしまった俺は午前中、水分補給のため葵ちゃんの水筒からお茶を分けてもらっていたのである。
本当はタイミングを見つけて昼食前には取ってこようかと思っていたのだが、競技に出たり、応援していたりですっかり忘れてしまっていたのだった。
まあ急がなくても昼休憩はけっこう時間がある。教室に行って戻ったとしても昼食を食べる時間は充分あるだろう。
俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんに「先に食べててね」と告げてからダッシュで一年一組の教室へと向かった。
「あったあった」
自分の水筒を回収する。運動会なのにこれを忘れてしまうだなんて我ながら間抜けだな。いろいろと気を取られていたから、というのは理由にはならないか。
さて、運動場に戻るか、と思ったが先にトイレに行っておくことにした。
一年生の教室は一組から三組が並んでおり、トイレと階段を挟んで四組と五組がある。ここからだとトイレが近いのでせっかくだから今行っておこうと思ったのだ。
二組と三組の教室を横切ってトイレへと入る。用を足してから、俺は一年三組の教室を覗いた。
「……」
「……」
一人の女の子と目が合った。やっぱり見間違えじゃなかったか。
一年三組の教室には一人ぽつんと席に座っている女の子がいた。みんな運動場で家族と昼ご飯を食べている。そんな時に教室にいるのが不思議だったのだ。
俺と同じように忘れ物をしたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。女の子の机の上には弁当箱が置かれていた。まさかここで一人で食べるつもりなのだろうか?
「こんにちは」
女の子に声をかけてみる。彼女は俺をじーっと見つめると、やがてこっくりと頷いた。それあいさつ返したことになってないからね?
教室に入らせてもらい、女の子に近づく。何かトラブルでもあったのかと心配になったのだ。
「ご飯一人で食べるの? お父さんとお母さんは?」
女の子はふるふると頭を横に振った。頭の動きに合わせて髪の毛が頬にぺしぺし当たっている。葵ちゃんみたいに髪を結べばいいのにと思った。そんな俺の考えをよそに、彼女はぽつりと呟くように言った。
「……おばあちゃん、これなくなったから」
親はどうしたのかと尋ねたのにおばあちゃんが出てきた。もしかして複雑な家庭環境ってやつなのか? あまり突っつかない方が得策に思えた。
さて、どうするか。このまま「じゃあさよなら」というのは気が引ける。
俺が去ってしまえば女の子は一人、この誰もいない教室で昼食をとるのだろう。外ではがやがやと楽しげな声が聞こえてくる。そんな中で食べるご飯。それはあまりいい思い出にならないのだろうと誰もが想像できるだろう。
女の子は無表情だ。この状況に悲しんでいるのか、それとも単に表情に乏しいだけなのか。どちらにしても放ってはおけなかった。
「俺は高木俊成。君の名前は?」
俺は自己紹介をした。女の子の体操服についているゼッケンで名前はわかっているものの、彼女の口から名前を聞いた方がいいと判断したのだ。
女の子はしばし俺を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「赤城美穂……」
「赤城さん、か。よろしくね。それでよかったらなんだけど、俺達といっしょにご飯食べない? 女子もいるからさ」
赤城さんは俺をじーっと見つめる。なかなか表情の変わらない子だな。ちょっとばかし見つめられるのがプレッシャーだよ……。
見つめられる時間が十秒、二十秒と過ぎてきたあたりで断られるかな? と心配になった。内心焦ってきた俺とは対照的に赤城さんはマイペースな調子で首を縦に振った。よ、よかったぁ……。
「じゃあ行こうか」
そう促すのに赤城さんはなかなか動こうとしない。あんまりにも待たされると食べる時間がなくなっちゃうんだけど~。いい加減じれったくなって俺は赤城さんの手を引いた。
「それじゃあ走って行くよ」
「……うん」
俺は赤城さんを引っ張りながら小走りで運動場へと戻った。
「ごめーん。遅くなっちゃった」
「まったく。早く食べないと時間がなくなっちゃうんだから……ね」
家族が集まっているところに辿り着くとみんなに出迎えられた。瞳子ちゃんの言葉がなぜか尻すぼみになる。
というかみんな固まっていた。心なしか空気が冷えた気さえする。
ああ、と納得する。いきなり知らない子をつれてきたから誰かと思っているのだろう。俺は赤城さんの背中を軽く押して紹介した。
「三組の赤城美穂さん。ご飯一人だったから誘ったんだ」
俺が促すと赤城さんはぺこりと頭を下げた。口数は少ないけれど礼儀はなっているらしい。
「そ、そう……よ、よろしくね赤城さん」
ぎこちないながらも瞳子ちゃんがあいさつをする。面倒見の良い彼女なら赤城さんを放ってはおかないだろう。
「よろしくね赤城さん。こっちに座っていいからね」
葵ちゃんがにぱーと笑いながら赤城さんをシートに座らせる。気遣いなのだろう。ちょうど葵ちゃんと瞳子ちゃんの間に赤城さんのスペースを作ってあげていた。
突然新しいお友達を昼食に招いたにも関わらず、大人達はとくに何を言うわけでもなかった。俺の言葉から彼女の事情を察してくれたのだろう。感謝だ。
「将来プレイボーイにならないか心配デスネ」
「こんなところでそういうこと言わないっ」
何やら瞳子ちゃんと葵ちゃんのお母さんがこそこそ話していたようだけどよく聞こえなかった。まあ他愛のないママ友会話だろう。
昼食を終えて昼からの種目に備える。一年生はあとダンスだけなので楽なものだ。一応振りつけのおさらいをしておくけども。
「高木」
赤城さんとの別れ際に名前を呼ばれた。名字を呼び捨てとかちょっと新鮮だ。
彼女は相変わらずの無表情だった。空の弁当箱をぎゅっと握りしめている。また俺をじーっと見つめてから、ゆっくり唇を動かした。
「……ご飯、誘ってくれてありがとう」
「うん、どういたしまして」
せっかくの運動会だ。赤城さんの思い出にちょっとでもいい形で残ってくれればと思う。
予想通りと言うべきか、一年生のダンスは瞳子ちゃんが観客を魅了していた。銀髪の超絶かわいい女の子が綺麗な踊りを見せれば目を惹くというものだ。
しかし葵ちゃんも負けてはいなかった。運動は瞳子ちゃんに劣る彼女だけど、リズム感がとてもいいのだ。流れる動きには瞳子ちゃん以上の上手さがあった。
お遊戯程度になりがちな一年生のダンスは、超絶かわいい葵ちゃんと瞳子ちゃんの活躍によって心からの拍手をいただくこととなった。俺? 端っこでがんばってたよ。
最終結果で四組の優勝が決まった。まあ六学年もあると一学年だけよくても勝てないよねー、と自分を慰めた。でも野沢先輩が優勝したと思えば、それはそれで良い結果だったのだと納得できた。
九月の体育は運動会の練習ばかりだった。それはどの学年も同じで、高学年の子達なんかは練習だけじゃなく準備の手伝いでテントや機材などを運ばされていた。
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運動会でどんな奴が活躍できるのか? それはすばしっこい奴である。
種目として走るものが多い以上必然である。二人三脚や障害物競争、借り物競走だって足の速い人が有利だ。
ちなみに、俺の足はクラスで一番速い。つまり、運動会に対して何の不安もないということだ。
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運動会当日。着替えを終えて準備ができたらしい葵ちゃんが俺に駆け寄ってきた。示された髪型はポニーテールになっていた。運動するからと結んだらしい。
「うん、とっても似合うよ。かわいいね」
そう言うと葵ちゃんはにぱーと笑った。純真無垢な笑顔である。
夏休みに彼女から告白されてから、とくに関係が激変するというわけでもなかった。葵ちゃんはあれからもいつも通りの態度で接してくれている。
あれは子供特有の衝動的なものだったのだろうか? そうだとしても俺の気持ちに変化を与えたのは確かだった。あの衝撃を忘れてはいけないとも思う。
葵ちゃんはくるりと回ってポニーテールをなびかせる。髪型を変えてテンションが上がっているようだった。
「葵ー。走ると危ないわよ」
瞳子ちゃんが小走りで近づき葵ちゃんをたしなめる。姉というよりも母親みたいだな。
この小学校の体操服は男子はショートパンツ、女子はブルマである。久しぶりに目にした時は懐かしい気持ちになってしまったものだ。
こうやって二人並んで見ても、太ももからふくらはぎにかけての肉付きが薄いのがわかる。やっぱりまだ子供。だけど侮ってちゃいけない。
あの時の葵ちゃんのように、女の子の成長は早いのだ。いつまでも待っててもらえるだなんて考えない方がいい。
……って今はそれよりも目の前の運動会だ。気を散らしてケガをしましたなんてことになったら恥ずかし過ぎる。
「よし! 葵ちゃん瞳子ちゃん、今日は運動会がんばるぞー!」
「おー!」と続いてくれたのは葵ちゃんだけだった。瞳子ちゃんは「まったく二人とも子供なんだから」とやれやれ顔である。だからあなたも子供でしょうに。
一学年のクラスは五組まである。それがそのまま五つのチームとなって分かれていた。俺達は一年一組なので、全学年の一組を応援していればいい。
運動会が始まり、入場行進からだ。親御さん達が我が子の雄姿を撮影しようとカメラを向けている。俺の両親の姿を見つけた。どうやら宮坂家と木之下家といっしょに固まっているようだった。俺達の交友関係もあってか、親同士も本当に仲良くなったものだ。
準備体操も終わり、競技へと移っていく。最初の大玉転がしは一年生からだ。
「いっちょやってやるわよ!」
小川さんはやる気満々だ。なんだかんだで女子のリーダー的存在の彼女が声を出せばみんなもやる気を上げていく。
「がんばろうな高木くん」
「おうよ!」
佐藤がふにゃりと笑う。がんばろうって感じの顔じゃないけど、こういう奴ってのはよく知っている。佐藤はがんばると言ったらがんばる奴なのだ。だから俺は拳を作って返す。
大玉転がしは三位に終わった。この可もなく不可もなくといった成績が俺らしいといえばそうなのだが、別に個人競技ではなかったんだけどな。団体競技の難しいところである。
この後も球入れや綱引きなどの運動会らしい種目が続く。それからようやく俺の個人種目がきた。
「トシくんがんばってね!」
「絶対に勝つのよ!」
葵ちゃんと瞳子ちゃんから応援のお言葉をちょうだいする。俺のやる気が上がった!
俺が出るのは直線を走るだけのもの、かけっこである。
単純でありながら注目される競技だ。足の速さがそのまま順位に直結する。ゴールテープを切る姿はさぞカメラ映えするだろう。
ロケットスタートして誰にも追い抜かれることなくゴールした。朝の走り込みと水泳で鍛えられた俺に死角はなかった。
ああ……、初めて一等賞を取ったぞ。ゴールテープを切るのってこんなにも快感だったのか……。前世では知らなかった気持ち良さに酔いしれる。
ほわほわ気分でいると、野沢先輩の姿が見えた。五年生のかけっこに出るらしく、入場門で待機していた。
俺は駆け足で野沢先輩の元へと向かった。
「野沢先輩!」
「あっ、後輩くんだー」
「おーい、春香ー……じゃなかった先輩ー。後輩くんが来てくれたぞ」
「ちょ、ちょっと、先輩って呼ばないでよっ」
俺が近づくと、野沢先輩の同級生らしい女子が気づいてくれた。
というか野沢先輩のあだ名が先輩になってる? もしかしなくても俺のせいじゃないか。
野沢先輩は同級生にからかわれながらも、俺に顔を向けてくれる。五年生にもなるとブルマの破壊力がすごくなっていた。
「もしかして応援に来てくれた? でも私、俊成くんとは別の組みだよ」
野沢先輩のゼッケンには「五年四組」の文字があった。一組の俺とは敵同士ということになる。
それでも関係ない。野沢先輩を応援することは、そんなことくらいでやめる理由にはならないのだ。
「野沢先輩、応援してます。がんばってくださいね!」
「……うん!」
野沢先輩は力強く頷いてくれた。他の五年生から「かわいいー」という声が上がる。なんか恥ずかしくなったのでさっさと一年生の待機場所へと走った。
五年生のかけっこでは野沢先輩が見事一着に輝いた。俺は惜しみない拍手を送った。なぜか瞳子ちゃんに「うるさい!」と怒られてしまった。盛り上がるのが運動会じゃないのん?
着々と競技は進み、昼休憩の時間になった。それぞれ親の元に行き昼食タイムとなる。
「トシくん早く行こ?」
葵ちゃんに手を握られて引っ張られる。それを見た瞳子ちゃんには反対側の手を握られ、同じように引っ張られた。
俺達の家族同士でシートをくっつけ合っている。すでに弁当を食べられる状態にしてくれている。
そこで俺は急ブレーキした。
「ごめん、教室に忘れ物取りに行ってくる」
「あっ、水筒……」
葵ちゃんがはっとしたように口にする。そう、朝から教室に水筒を忘れてしまった俺は午前中、水分補給のため葵ちゃんの水筒からお茶を分けてもらっていたのである。
本当はタイミングを見つけて昼食前には取ってこようかと思っていたのだが、競技に出たり、応援していたりですっかり忘れてしまっていたのだった。
まあ急がなくても昼休憩はけっこう時間がある。教室に行って戻ったとしても昼食を食べる時間は充分あるだろう。
俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんに「先に食べててね」と告げてからダッシュで一年一組の教室へと向かった。
「あったあった」
自分の水筒を回収する。運動会なのにこれを忘れてしまうだなんて我ながら間抜けだな。いろいろと気を取られていたから、というのは理由にはならないか。
さて、運動場に戻るか、と思ったが先にトイレに行っておくことにした。
一年生の教室は一組から三組が並んでおり、トイレと階段を挟んで四組と五組がある。ここからだとトイレが近いのでせっかくだから今行っておこうと思ったのだ。
二組と三組の教室を横切ってトイレへと入る。用を足してから、俺は一年三組の教室を覗いた。
「……」
「……」
一人の女の子と目が合った。やっぱり見間違えじゃなかったか。
一年三組の教室には一人ぽつんと席に座っている女の子がいた。みんな運動場で家族と昼ご飯を食べている。そんな時に教室にいるのが不思議だったのだ。
俺と同じように忘れ物をしたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。女の子の机の上には弁当箱が置かれていた。まさかここで一人で食べるつもりなのだろうか?
「こんにちは」
女の子に声をかけてみる。彼女は俺をじーっと見つめると、やがてこっくりと頷いた。それあいさつ返したことになってないからね?
教室に入らせてもらい、女の子に近づく。何かトラブルでもあったのかと心配になったのだ。
「ご飯一人で食べるの? お父さんとお母さんは?」
女の子はふるふると頭を横に振った。頭の動きに合わせて髪の毛が頬にぺしぺし当たっている。葵ちゃんみたいに髪を結べばいいのにと思った。そんな俺の考えをよそに、彼女はぽつりと呟くように言った。
「……おばあちゃん、これなくなったから」
親はどうしたのかと尋ねたのにおばあちゃんが出てきた。もしかして複雑な家庭環境ってやつなのか? あまり突っつかない方が得策に思えた。
さて、どうするか。このまま「じゃあさよなら」というのは気が引ける。
俺が去ってしまえば女の子は一人、この誰もいない教室で昼食をとるのだろう。外ではがやがやと楽しげな声が聞こえてくる。そんな中で食べるご飯。それはあまりいい思い出にならないのだろうと誰もが想像できるだろう。
女の子は無表情だ。この状況に悲しんでいるのか、それとも単に表情に乏しいだけなのか。どちらにしても放ってはおけなかった。
「俺は高木俊成。君の名前は?」
俺は自己紹介をした。女の子の体操服についているゼッケンで名前はわかっているものの、彼女の口から名前を聞いた方がいいと判断したのだ。
女の子はしばし俺を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「赤城美穂……」
「赤城さん、か。よろしくね。それでよかったらなんだけど、俺達といっしょにご飯食べない? 女子もいるからさ」
赤城さんは俺をじーっと見つめる。なかなか表情の変わらない子だな。ちょっとばかし見つめられるのがプレッシャーだよ……。
見つめられる時間が十秒、二十秒と過ぎてきたあたりで断られるかな? と心配になった。内心焦ってきた俺とは対照的に赤城さんはマイペースな調子で首を縦に振った。よ、よかったぁ……。
「じゃあ行こうか」
そう促すのに赤城さんはなかなか動こうとしない。あんまりにも待たされると食べる時間がなくなっちゃうんだけど~。いい加減じれったくなって俺は赤城さんの手を引いた。
「それじゃあ走って行くよ」
「……うん」
俺は赤城さんを引っ張りながら小走りで運動場へと戻った。
「ごめーん。遅くなっちゃった」
「まったく。早く食べないと時間がなくなっちゃうんだから……ね」
家族が集まっているところに辿り着くとみんなに出迎えられた。瞳子ちゃんの言葉がなぜか尻すぼみになる。
というかみんな固まっていた。心なしか空気が冷えた気さえする。
ああ、と納得する。いきなり知らない子をつれてきたから誰かと思っているのだろう。俺は赤城さんの背中を軽く押して紹介した。
「三組の赤城美穂さん。ご飯一人だったから誘ったんだ」
俺が促すと赤城さんはぺこりと頭を下げた。口数は少ないけれど礼儀はなっているらしい。
「そ、そう……よ、よろしくね赤城さん」
ぎこちないながらも瞳子ちゃんがあいさつをする。面倒見の良い彼女なら赤城さんを放ってはおかないだろう。
「よろしくね赤城さん。こっちに座っていいからね」
葵ちゃんがにぱーと笑いながら赤城さんをシートに座らせる。気遣いなのだろう。ちょうど葵ちゃんと瞳子ちゃんの間に赤城さんのスペースを作ってあげていた。
突然新しいお友達を昼食に招いたにも関わらず、大人達はとくに何を言うわけでもなかった。俺の言葉から彼女の事情を察してくれたのだろう。感謝だ。
「将来プレイボーイにならないか心配デスネ」
「こんなところでそういうこと言わないっ」
何やら瞳子ちゃんと葵ちゃんのお母さんがこそこそ話していたようだけどよく聞こえなかった。まあ他愛のないママ友会話だろう。
昼食を終えて昼からの種目に備える。一年生はあとダンスだけなので楽なものだ。一応振りつけのおさらいをしておくけども。
「高木」
赤城さんとの別れ際に名前を呼ばれた。名字を呼び捨てとかちょっと新鮮だ。
彼女は相変わらずの無表情だった。空の弁当箱をぎゅっと握りしめている。また俺をじーっと見つめてから、ゆっくり唇を動かした。
「……ご飯、誘ってくれてありがとう」
「うん、どういたしまして」
せっかくの運動会だ。赤城さんの思い出にちょっとでもいい形で残ってくれればと思う。
予想通りと言うべきか、一年生のダンスは瞳子ちゃんが観客を魅了していた。銀髪の超絶かわいい女の子が綺麗な踊りを見せれば目を惹くというものだ。
しかし葵ちゃんも負けてはいなかった。運動は瞳子ちゃんに劣る彼女だけど、リズム感がとてもいいのだ。流れる動きには瞳子ちゃん以上の上手さがあった。
お遊戯程度になりがちな一年生のダンスは、超絶かわいい葵ちゃんと瞳子ちゃんの活躍によって心からの拍手をいただくこととなった。俺? 端っこでがんばってたよ。
最終結果で四組の優勝が決まった。まあ六学年もあると一学年だけよくても勝てないよねー、と自分を慰めた。でも野沢先輩が優勝したと思えば、それはそれで良い結果だったのだと納得できた。
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