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11.心の拠り所
夕暮れの住宅地。千夏は一人で帰路についていた。
将隆に「家まで送るよ」と申し出をされたが断った。申し訳なさよりも、彼と二人きりで近所を歩くのが恥ずかしいからというのが真相だったりする。
「佐野くんったら、ほんと心配性なんだから」
周りに誰もいないからか。千夏の表情は素直に感情を表していた。
普段の彼女を知っている者なら驚いただろう。何か気に入らないことがあるのか、常にしかめっ面をしている。そんな女子が、今はだらしないと言っていいほどに表情を緩ませていた。
今日は将隆に「可愛い」や「似合っている」などたくさん褒められた。
否定の言葉を口にしながらも、嬉しくないわけがないのだ。容姿を褒められて、本当に不機嫌になる女子はいない。それは千夏も例外ではなかった。
数少ない友人どころか、幼馴染の健太郎にだって褒めてもらったことがない。だからこそ、千夏にとって将隆と過ごした時間は新鮮だった。
「ん、佐野くん?」
スマホにメッセージが届く。相手は将隆だった。
《無事に家に帰れた?》
そのメッセージの一文を読んだ千夏は思わずぷっ、と噴き出してしまった。
「もうっ。心配性にもほどがあるでしょ」
わざわざメッセージするほど気になるのかと、千夏は笑った。
「本当に、私のことを心配してくれているんだ……」
どれほど自分を気にかけてくれているのか。将隆の想いに胸が詰まり、涙が込み上げる。
いつも意地を張って、いつも気を張り詰めて、いつも素直になれなかった。
それが良いことだとは、千夏は一度も思ったことはない。なのに変えられない自分の在り方に、いつだって嫌気が差していた。
振り返れば心から安心していっしょにいられたのは将隆だけだったかもしれない。彼だけが、千夏の素直になれない心に寄り添ってくれていた。
「あっ」
千夏が声に反応して顔を上げれば、そこには健太郎の姿があった。
家が隣同士なのだから近所を歩いていれば出会ってもおかしくない。しかし突然現れたのが自分を罵倒した幼馴染ともなれば狼狽したくもなる。
「えっと……ぐ、偶然ね健太郎……」
それでも、千夏は勇気を出して話しかける。
仲たがいした原因は健太郎が騙されてしまっただけだ。誤解さえ解ければ、また以前の関係に戻れる。千夏にはそんな希望があった。
あれだけ傷つけられても、幼馴染への恋心が消えてしまったわけではなかった。
千夏は物心がついた頃には健太郎のことが好きだった。将来彼のお嫁さんになる、と千夏は信じて疑わなかったのだ。
彼女からすれば生まれた頃からの片思いだ。「大嫌い」と面と向かって言われようとも、恋人を見せつけられようとも、簡単に消えてなくなる思いではない。健太郎と過ごしてきた年月が、そのまま思いの深さとなり、そう簡単に揺るがされる気持ちではない。
「あ、ああ……そうだね……」
健太郎の態度は、あの日のような強気なものではなかった。
少しおどおどした態度。千夏が面倒をみなくちゃと、手を出したくなるようないつもの顔をしていた。
「健太郎。あのね」
千夏が一歩近づく。
敵意も何もない。それなのに、健太郎は怯んだ。
そこで何かを思い出したかのように健太郎の顔つきが変わった。自分の自信の源になっている恋人を思い出したのかもしれない。
あの日のような、強気な顔を見せたから。
「千夏、僕に気安く話しかけないでくれるかな」
「え?」
あの日のような強気な態度を取り戻し、健太郎は千夏を睨みつけた。
「僕はまだ君を許しちゃいないんだ。それに、これから綾乃とデートなんだよ。千夏に構っている暇なんかないね」
それだけ言い残し、健太郎は足早にこの場を去った。
「……何よ」
千夏の目から涙が溢れる。ついさっき込み上げてきたものとは別の感情の涙だった。
「……佐野くん」
震える声で、将隆の名を呟く。
今、将隆が傍にいないことが寂しくてたまらない。自分の悲しみを共有してくれるのは彼しかいないだろうと千夏は思った。
「今すぐ、逢いたいよ……」
なぜ将隆に家まで送ってもらわなかったのか。今さらになって千夏は後悔した。
──将隆に会えない悲しみでいっぱいの千夏には、もうすぐ日が暮れようかという時間にデートへと向かった健太郎に疑問を抱く余裕はなかった。
将隆に「家まで送るよ」と申し出をされたが断った。申し訳なさよりも、彼と二人きりで近所を歩くのが恥ずかしいからというのが真相だったりする。
「佐野くんったら、ほんと心配性なんだから」
周りに誰もいないからか。千夏の表情は素直に感情を表していた。
普段の彼女を知っている者なら驚いただろう。何か気に入らないことがあるのか、常にしかめっ面をしている。そんな女子が、今はだらしないと言っていいほどに表情を緩ませていた。
今日は将隆に「可愛い」や「似合っている」などたくさん褒められた。
否定の言葉を口にしながらも、嬉しくないわけがないのだ。容姿を褒められて、本当に不機嫌になる女子はいない。それは千夏も例外ではなかった。
数少ない友人どころか、幼馴染の健太郎にだって褒めてもらったことがない。だからこそ、千夏にとって将隆と過ごした時間は新鮮だった。
「ん、佐野くん?」
スマホにメッセージが届く。相手は将隆だった。
《無事に家に帰れた?》
そのメッセージの一文を読んだ千夏は思わずぷっ、と噴き出してしまった。
「もうっ。心配性にもほどがあるでしょ」
わざわざメッセージするほど気になるのかと、千夏は笑った。
「本当に、私のことを心配してくれているんだ……」
どれほど自分を気にかけてくれているのか。将隆の想いに胸が詰まり、涙が込み上げる。
いつも意地を張って、いつも気を張り詰めて、いつも素直になれなかった。
それが良いことだとは、千夏は一度も思ったことはない。なのに変えられない自分の在り方に、いつだって嫌気が差していた。
振り返れば心から安心していっしょにいられたのは将隆だけだったかもしれない。彼だけが、千夏の素直になれない心に寄り添ってくれていた。
「あっ」
千夏が声に反応して顔を上げれば、そこには健太郎の姿があった。
家が隣同士なのだから近所を歩いていれば出会ってもおかしくない。しかし突然現れたのが自分を罵倒した幼馴染ともなれば狼狽したくもなる。
「えっと……ぐ、偶然ね健太郎……」
それでも、千夏は勇気を出して話しかける。
仲たがいした原因は健太郎が騙されてしまっただけだ。誤解さえ解ければ、また以前の関係に戻れる。千夏にはそんな希望があった。
あれだけ傷つけられても、幼馴染への恋心が消えてしまったわけではなかった。
千夏は物心がついた頃には健太郎のことが好きだった。将来彼のお嫁さんになる、と千夏は信じて疑わなかったのだ。
彼女からすれば生まれた頃からの片思いだ。「大嫌い」と面と向かって言われようとも、恋人を見せつけられようとも、簡単に消えてなくなる思いではない。健太郎と過ごしてきた年月が、そのまま思いの深さとなり、そう簡単に揺るがされる気持ちではない。
「あ、ああ……そうだね……」
健太郎の態度は、あの日のような強気なものではなかった。
少しおどおどした態度。千夏が面倒をみなくちゃと、手を出したくなるようないつもの顔をしていた。
「健太郎。あのね」
千夏が一歩近づく。
敵意も何もない。それなのに、健太郎は怯んだ。
そこで何かを思い出したかのように健太郎の顔つきが変わった。自分の自信の源になっている恋人を思い出したのかもしれない。
あの日のような、強気な顔を見せたから。
「千夏、僕に気安く話しかけないでくれるかな」
「え?」
あの日のような強気な態度を取り戻し、健太郎は千夏を睨みつけた。
「僕はまだ君を許しちゃいないんだ。それに、これから綾乃とデートなんだよ。千夏に構っている暇なんかないね」
それだけ言い残し、健太郎は足早にこの場を去った。
「……何よ」
千夏の目から涙が溢れる。ついさっき込み上げてきたものとは別の感情の涙だった。
「……佐野くん」
震える声で、将隆の名を呟く。
今、将隆が傍にいないことが寂しくてたまらない。自分の悲しみを共有してくれるのは彼しかいないだろうと千夏は思った。
「今すぐ、逢いたいよ……」
なぜ将隆に家まで送ってもらわなかったのか。今さらになって千夏は後悔した。
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