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27.運命の日
──杉藤千夏が可愛くなった。
と、男子の間で話題になっている。クラス内での存在感を増してきた健太郎の耳にも入ってくるほどに。
「千夏が可愛いだって?」
盛り上がっているクラスメイトを眺めながら、健太郎は鼻で笑う。
健太郎にとって、杉藤千夏は幼い頃からずっといっしょだった女の子だ。
ことあるごとに健太郎の邪魔をした。横柄で傲慢なワガママ女。彼女の厳しい叱責を浴びてきたせいで、健太郎は今まで本来の実力を発揮できなかった。
その証拠に、綾乃が彼女になってから健太郎を抑えつけるものはなくなった。この事実から、どれほど千夏がひどい女かわかるはずだ。
性格は綾乃と比べるまでもない。形容するなら天使と鬼、どうやって比べろという話だ。
(性格は最悪……でも、中身と外見は別か)
しかし、外見だけなら綾乃と遜色ない美少女かもしれない。
優しくて清楚な綾乃の容姿は美しい。対する千夏はきつめの吊り目ではあるが、よく見れば整った顔立ちをしている。
いつも自分にまとわりついていた千夏から離れてみて、健太郎は改めて彼女を見てそう思った。
(千夏って、あんな顔をする奴だったかな?)
何より長い付き合いでありながら、千夏の表情の変化に気づいた健太郎は戸惑う。
周囲を威嚇するような雰囲気を放っているのが千夏だったはずだ。しかし、今は刺々しさを一切感じさせないどころか、思わず見惚れてしまうほどの女の色気が漂っていた。
健太郎ですら、初めて見る幼馴染の顔だった。
(いつの間にこんなに成長して……。千夏ってスタイル良いんだな……)
ずっといっしょにいたからこそ、幼馴染を異性として見てこなかった。
けれど、一度意識してしまえば女の魅力に気づいてしまう。
棘がなくなった千夏の顔は確かに可愛らしかった。制服越しでも確認できる胸の膨らみは綾乃以上だろう。
ゴクリ、と。健太郎の喉が鳴った。
(ま、まあ千夏が謝ってくるなら、許してやってもいいかな)
自分をいじめていた黒幕。なのに許しを与える気でいる健太郎は、自分はなんて器が大きいのだろうと思った。
※ ※ ※
綾乃とデートをする日。健太郎は早起きをした。
休日に彼女と会うのは初めてじゃない。けれど、いつも綾乃が用事を済ませた後で、ただ家まで送るだけの時間でしかなかった。それすらも健太郎が言わなければ、彼女と会える機会がなかった。
今日は違う。昼間からちゃんとしたデートができる。健太郎は気合を入れていた。
「服は新品。口臭も大丈夫っと」
パリッとした、買ったばかりの服を着る。入念に歯磨きをした。
(今日は……キスまでいけるよね)
良い雰囲気になったら綾乃にキスをする。そればかりが健太郎の頭の中を占めていた。
嫌がられるとは微塵も考えていない。綾乃はすべてを受け入れてくれる。恋人なのだから当然だ。
そう、都合の良い天使を妄想し続けていた。
※ ※ ※
健太郎は待ち合わせ場所に時間通り到着した。
「綾乃はまだ来ていないか」
人通りの多い駅前。綾乃の姿は見当たらなかった。健太郎は到着したと彼女にメッセージを送った。
恋人を待つ健太郎はワクワクしていた。何もしないこの時間でさえデートの醍醐味だろうとも考えていた。
しかし、約束の時間から三十分が経った頃。さすがに健太郎はおかしいと思った。
(なんで綾乃は来ないんだ? メッセージにも返事がないし……)
焦りでも心配でもなく、健太郎が抱いたのは苛立ちだった。
連絡もせずに自分を待たせ続けるのは一体どういうことなのか。綾乃が到着したら、彼氏として注意してやらなければならない。
健太郎が態度にも怒りを滲ませてきた時、綾乃が姿を現した。
「お待たせしました、健太郎くん」
「遅いよ綾乃。僕がどれだけ待ったと……」
健太郎の文句が途切れた。
学校で有名な清楚な美少女。そんな彼女の白のワンピースに麦わら帽子という格好は、健太郎の想像の中にある、深窓の令嬢そのものだった。
「うふふ。健太郎くんはこういうのが好きなんだろうなって思っていました」
上品に笑う綾乃に、健太郎は顔を赤くした。
「ぼ、僕のためにおしゃれしてくれたんだね。嬉しいよ」
「いえいえ、そういうわけではありませんよ」
頭をかいて照れる健太郎の言葉を、綾乃は否定した。
その表情はとても優しげで、いつもの彼女と変わらないはずなのに、なぜか健太郎の胸をざわつかせた。
「健太郎くん」
「な、何?」
「……健太郎くんは彼氏気取りをしているようですけれど、私はあなたと恋人になったつもりはありませんよ」
綾乃の唐突な言葉に、健太郎は意味を理解できずに固まる。
綾乃は微笑んでいる。健太郎を魅了した天使の笑顔だ。
だから、今のは聞き違いなのだろうと健太郎は思った。
「健太郎くんの話に付き合ってあげます。いっしょに昼食をとることも付き合います。帰り道を二人きりで歩くことだって付き合ってあげましょう」
なのに、綾乃の言葉は止まらない。
「でも勘違いしないでくださいね。私は健太郎くんの彼女ではありません。あなたと恋人になることは、絶対にありませんから」
喉が引きつる。なぜ綾乃にこんなことを言われているのか皆目見当がつかなかった。
「それでも、私は健太郎くんのことを友達だと思っていますよ。だから今日は、友達として、いっしょに遊びましょうね」
混乱する思考でも、健太郎は結論を出した。
──これは、裏切りだ。
健太郎は綾乃に恋人として接してきた。大切にしてきた。それが勘違いだった? そんなの認められるはずがない。
「ふ、ふざけるなっ!」
行き交う人々から目を向けられる。一瞬委縮しそうになる健太郎だったが、ここは言ってやらなければならない。
「人をバカにするのも大概にしろ! 恋人のつもりはなかった? そんなのあり得ないだろ!」
怒りのまま健太郎は綾乃に手を伸ばした。
「痛っ!」
その手を、綾乃によって叩き落とされる。
「触らないでください。あなたに、触られたくないです」
「このっ」
「いいんですか? こんなところで女の子に手を出したら、健太郎くん、大変なことになってしまいますよ」
「うっ……」
周囲から注目されている。その目が、自分にとって悪い感情であることは容易に読み取れた。
手を出せないでいる健太郎を前に、綾乃は微笑む。
「健太郎くんがプライドの高い人で良かった。周りの目を気にするところが、健太郎くんらしいですよね」
明らかに自分をバカにする言葉に、健太郎は悔しさで今にも地面に膝をついてしまいそうだった。
「あ、やの……」
「いつ言おうか迷っていたんですよ。健太郎くん、人気のない場所では何をするかわかりませんでしたし。学校でこんな醜態をさらしたくはないでしょう? 安全にわかってもらうには、これが一番だと思いました」
「えっへん」と胸を張る綾乃。可愛い彼女だったはずなのに、今は憎たらしかった。
「それでは健太郎くん、遊びに行きましょうか。くれぐれもデートだと勘違いしないでくださいね」
「う、嘘だ……綾乃は僕の彼女で……恋人として付き合っているんだ……」
「違います。何度も言わせないでください」
初めて見る、綾乃の蔑んだ眼差し。
健太郎は耐えきれずうずくまった。涙が流れ、声にもならない。
「何あれ? 修羅場?」
「冴えない男に見えるし振られたんだろ」
「うわっ、泣いてんじゃん。だっせー」
「おもしれー。動画撮ってもいいよな」
周囲の心無い言葉に健太郎は打ちのめされた。
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
限界に達した健太郎は、一刻も早くこの場から離れるべく駆け出した。
健太郎の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
今日は楽しい日になるはずだったのに……。なんでこんな目に遭わなければならない? どうして綾乃は態度を急変させたのだろう?
答えが出ない問いが何度も浮かんでは消えていく。
ただ、健太郎は頼りたい人の名前をすぐに浮かべていた。
「ち、千夏……っ」
──健太郎がいつも頼りにしていた幼馴染は、現在彼氏と楽しくデートをしていることを、彼はまだ知らない。
と、男子の間で話題になっている。クラス内での存在感を増してきた健太郎の耳にも入ってくるほどに。
「千夏が可愛いだって?」
盛り上がっているクラスメイトを眺めながら、健太郎は鼻で笑う。
健太郎にとって、杉藤千夏は幼い頃からずっといっしょだった女の子だ。
ことあるごとに健太郎の邪魔をした。横柄で傲慢なワガママ女。彼女の厳しい叱責を浴びてきたせいで、健太郎は今まで本来の実力を発揮できなかった。
その証拠に、綾乃が彼女になってから健太郎を抑えつけるものはなくなった。この事実から、どれほど千夏がひどい女かわかるはずだ。
性格は綾乃と比べるまでもない。形容するなら天使と鬼、どうやって比べろという話だ。
(性格は最悪……でも、中身と外見は別か)
しかし、外見だけなら綾乃と遜色ない美少女かもしれない。
優しくて清楚な綾乃の容姿は美しい。対する千夏はきつめの吊り目ではあるが、よく見れば整った顔立ちをしている。
いつも自分にまとわりついていた千夏から離れてみて、健太郎は改めて彼女を見てそう思った。
(千夏って、あんな顔をする奴だったかな?)
何より長い付き合いでありながら、千夏の表情の変化に気づいた健太郎は戸惑う。
周囲を威嚇するような雰囲気を放っているのが千夏だったはずだ。しかし、今は刺々しさを一切感じさせないどころか、思わず見惚れてしまうほどの女の色気が漂っていた。
健太郎ですら、初めて見る幼馴染の顔だった。
(いつの間にこんなに成長して……。千夏ってスタイル良いんだな……)
ずっといっしょにいたからこそ、幼馴染を異性として見てこなかった。
けれど、一度意識してしまえば女の魅力に気づいてしまう。
棘がなくなった千夏の顔は確かに可愛らしかった。制服越しでも確認できる胸の膨らみは綾乃以上だろう。
ゴクリ、と。健太郎の喉が鳴った。
(ま、まあ千夏が謝ってくるなら、許してやってもいいかな)
自分をいじめていた黒幕。なのに許しを与える気でいる健太郎は、自分はなんて器が大きいのだろうと思った。
※ ※ ※
綾乃とデートをする日。健太郎は早起きをした。
休日に彼女と会うのは初めてじゃない。けれど、いつも綾乃が用事を済ませた後で、ただ家まで送るだけの時間でしかなかった。それすらも健太郎が言わなければ、彼女と会える機会がなかった。
今日は違う。昼間からちゃんとしたデートができる。健太郎は気合を入れていた。
「服は新品。口臭も大丈夫っと」
パリッとした、買ったばかりの服を着る。入念に歯磨きをした。
(今日は……キスまでいけるよね)
良い雰囲気になったら綾乃にキスをする。そればかりが健太郎の頭の中を占めていた。
嫌がられるとは微塵も考えていない。綾乃はすべてを受け入れてくれる。恋人なのだから当然だ。
そう、都合の良い天使を妄想し続けていた。
※ ※ ※
健太郎は待ち合わせ場所に時間通り到着した。
「綾乃はまだ来ていないか」
人通りの多い駅前。綾乃の姿は見当たらなかった。健太郎は到着したと彼女にメッセージを送った。
恋人を待つ健太郎はワクワクしていた。何もしないこの時間でさえデートの醍醐味だろうとも考えていた。
しかし、約束の時間から三十分が経った頃。さすがに健太郎はおかしいと思った。
(なんで綾乃は来ないんだ? メッセージにも返事がないし……)
焦りでも心配でもなく、健太郎が抱いたのは苛立ちだった。
連絡もせずに自分を待たせ続けるのは一体どういうことなのか。綾乃が到着したら、彼氏として注意してやらなければならない。
健太郎が態度にも怒りを滲ませてきた時、綾乃が姿を現した。
「お待たせしました、健太郎くん」
「遅いよ綾乃。僕がどれだけ待ったと……」
健太郎の文句が途切れた。
学校で有名な清楚な美少女。そんな彼女の白のワンピースに麦わら帽子という格好は、健太郎の想像の中にある、深窓の令嬢そのものだった。
「うふふ。健太郎くんはこういうのが好きなんだろうなって思っていました」
上品に笑う綾乃に、健太郎は顔を赤くした。
「ぼ、僕のためにおしゃれしてくれたんだね。嬉しいよ」
「いえいえ、そういうわけではありませんよ」
頭をかいて照れる健太郎の言葉を、綾乃は否定した。
その表情はとても優しげで、いつもの彼女と変わらないはずなのに、なぜか健太郎の胸をざわつかせた。
「健太郎くん」
「な、何?」
「……健太郎くんは彼氏気取りをしているようですけれど、私はあなたと恋人になったつもりはありませんよ」
綾乃の唐突な言葉に、健太郎は意味を理解できずに固まる。
綾乃は微笑んでいる。健太郎を魅了した天使の笑顔だ。
だから、今のは聞き違いなのだろうと健太郎は思った。
「健太郎くんの話に付き合ってあげます。いっしょに昼食をとることも付き合います。帰り道を二人きりで歩くことだって付き合ってあげましょう」
なのに、綾乃の言葉は止まらない。
「でも勘違いしないでくださいね。私は健太郎くんの彼女ではありません。あなたと恋人になることは、絶対にありませんから」
喉が引きつる。なぜ綾乃にこんなことを言われているのか皆目見当がつかなかった。
「それでも、私は健太郎くんのことを友達だと思っていますよ。だから今日は、友達として、いっしょに遊びましょうね」
混乱する思考でも、健太郎は結論を出した。
──これは、裏切りだ。
健太郎は綾乃に恋人として接してきた。大切にしてきた。それが勘違いだった? そんなの認められるはずがない。
「ふ、ふざけるなっ!」
行き交う人々から目を向けられる。一瞬委縮しそうになる健太郎だったが、ここは言ってやらなければならない。
「人をバカにするのも大概にしろ! 恋人のつもりはなかった? そんなのあり得ないだろ!」
怒りのまま健太郎は綾乃に手を伸ばした。
「痛っ!」
その手を、綾乃によって叩き落とされる。
「触らないでください。あなたに、触られたくないです」
「このっ」
「いいんですか? こんなところで女の子に手を出したら、健太郎くん、大変なことになってしまいますよ」
「うっ……」
周囲から注目されている。その目が、自分にとって悪い感情であることは容易に読み取れた。
手を出せないでいる健太郎を前に、綾乃は微笑む。
「健太郎くんがプライドの高い人で良かった。周りの目を気にするところが、健太郎くんらしいですよね」
明らかに自分をバカにする言葉に、健太郎は悔しさで今にも地面に膝をついてしまいそうだった。
「あ、やの……」
「いつ言おうか迷っていたんですよ。健太郎くん、人気のない場所では何をするかわかりませんでしたし。学校でこんな醜態をさらしたくはないでしょう? 安全にわかってもらうには、これが一番だと思いました」
「えっへん」と胸を張る綾乃。可愛い彼女だったはずなのに、今は憎たらしかった。
「それでは健太郎くん、遊びに行きましょうか。くれぐれもデートだと勘違いしないでくださいね」
「う、嘘だ……綾乃は僕の彼女で……恋人として付き合っているんだ……」
「違います。何度も言わせないでください」
初めて見る、綾乃の蔑んだ眼差し。
健太郎は耐えきれずうずくまった。涙が流れ、声にもならない。
「何あれ? 修羅場?」
「冴えない男に見えるし振られたんだろ」
「うわっ、泣いてんじゃん。だっせー」
「おもしれー。動画撮ってもいいよな」
周囲の心無い言葉に健太郎は打ちのめされた。
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
限界に達した健太郎は、一刻も早くこの場から離れるべく駆け出した。
健太郎の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
今日は楽しい日になるはずだったのに……。なんでこんな目に遭わなければならない? どうして綾乃は態度を急変させたのだろう?
答えが出ない問いが何度も浮かんでは消えていく。
ただ、健太郎は頼りたい人の名前をすぐに浮かべていた。
「ち、千夏……っ」
──健太郎がいつも頼りにしていた幼馴染は、現在彼氏と楽しくデートをしていることを、彼はまだ知らない。
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