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37.信じる心

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「むぎゅっ!?」

 唐突な頬の圧迫感に、一瞬何が起こったのかわからなかった。

「うふふっ。マサくんってば変な顔」

 思いのほか近い距離で、千夏ちゃんが笑っていた。
 彼女に両手で頬を摘ままれていた。押したり引っ張ったり、いろんな方向に伸ばされて遊ばれる。
 これは一体どういう……? 混乱した俺は千夏ちゃんにやられたい放題だった。

「……ねえマサくん」
「ひゃ、ひゃい?」

 千夏ちゃんの手が離れていく。さっきまで戸惑っていたのに、いざ彼女のぬくもりが離れていくと寂しかった。

「それって、そんなにも気にすることなの?」
「え?」

 千夏ちゃんは優しく微笑んでいた。

「あの時マサくんがいたとして、私がなんで助けてくれなかったのって怒るとでも思った?」
「だって……」

 好きな子がピンチなのに何もしなかった。それどころか自分のチャンスに変えた。それは、事実だから……。

「マサくんって、思ったよりも真面目なのね」
「ま、真面目?」
「そうよ。真面目にそんなこと気にしちゃって……可愛いとこあるんだ」
「か、かわっ!?」

 なんか、男として嬉しくないことを言われた気がする……。
 今度は手を握られた。緊張のせいか手汗がすごくて、触られるのが申し訳ない。
 でも、千夏ちゃんはそんなことを気にした風じゃなくて、俺の目を真っすぐ見つめていた。

「私は今までマサくんにたくさん助けてもらったわ。つらい時に話を聞いてもらって、危ない時は体を張って助けてくれて……。私の方こそ、感謝しきれないくらいのことをしてもらっているわ」

「だからね」と彼女は続ける。

「マサくんが気に病む必要は何一つないのよ。あの時は恋人でもなかったんだから。絶対に助けなきゃいけなかったって、そんな風に自分を責めないで。それに、もし助けに入ったとしても、あの時の健太郎は聞く耳持たなかったと思うわよ」

 確かに、この間の大迫の暴走を考えると無策で出て行けば余計に興奮させるだけだったかもしれない。

「じゃあ、千夏ちゃんは俺のこと……許してくれるのか?」
「だ・か・ら、許すも何もないって言っているでしょ。そんなことよりも、マサくんの責任は別のところにあるんだからね」
「べ、別のところって?」

 責任を取ることで、他に何かあっただろうか? 考えても思い当たることがなかった。
 俺が尋ねると、千夏ちゃんは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに言った。

「わ、私を好きにさせた責任……ちゃんと取ってもらうからね?」

 千夏ちゃんが上目遣いでそんなことを言うものだから、一気に顔が熱くなってしまった。
 そんな彼女だからこそ、俺は救われるんだ。
 本当に、千夏ちゃんだけは裏切りたくないな。幸せになってほしいと、心から思う。

「絶対に責任取るよ。俺は、千夏ちゃんを幸せにする」
「うぇっ!?」

 決意を口にすると、なぜか千夏ちゃんは変な声を漏らした。可愛い声だった。

「どうしたの千夏ちゃん?」
「それじゃあまるで……プ、プロポーズみたいじゃない……」

 俯いてしまった彼女の声はよく聞き取れなかった。
 でも、俺のことを嫌いにならないでくれた。それだけで充分だ。
 千夏ちゃんに素直に言って良かった。俺の心のわだかまりは、彼女のおかげで綺麗さっぱりなくなった。

「ありがとう千夏ちゃん」
「あ……」

 千夏ちゃんの顎に手を添えて顔を上げさせる。
 朱に染まった顔。千夏ちゃんの瞳に俺が映ると目元が緩んだ。

「本気で好きだから……覚悟して」
「んっ……」

 俺達はキスをした。
 深く深く……溺れていると錯覚するようなキス。熱くて甘くて、彼女と混じり合ったように感じた。

「ぷはっ。はぁ……はぁ……」

 唇を離した瞬間、思い出したかのように呼吸を取り戻す。
 頭がぼーっとする。視界には千夏ちゃんしかいなかった。
 彼女の顔が近づく。どっちから近づいているのか、もう判断できなかった。

「んっ……んっ、んくっ……ちゅっ……」

 求め合うがまま、再びキスをする。何度も、何度も……互いを求め合っていた。


  ※ ※ ※


 千夏ちゃんを家まで送り届けた。あとは帰るだけである。
 自宅へと向かう足取りは軽やかだ。もう羽でも生えてんのかってくらい飛んでいきそうだね。

「ふふふ……」

 表情筋がまともに仕事をしてくれない。鏡を見られないような顔をしていると自覚があった。
 でもいいのだ。千夏ちゃんは俺のことを好きでいてくれている。それだけじゃなく、悩む俺の心を癒やしてくれた。
 可愛くて優しい千夏ちゃん。俺は彼女をずっと信じていくと決めた。

「あれ……?」

 住宅地の一角。申し訳程度に小さな公園があった。
 その公園には滑り台と砂場くらいしかない。子供の遊び場にしては物足りないだろう。

「けんたろーすごーい!」
「けんたろーのおしろおっきいー!」

 そんな小さな公園の砂場で、大迫が小さな子供と戯れていた。
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