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39.始めるのに「もう遅い」なんてことはない
俺の身長が急激に伸びたのは中学時代の半ばを過ぎてからだった。
それまではチビ扱いで。だからどうしたって話なんだけど、たったそれだけのことでバカにしてくる奴はいた。
「ムカつく……」
そんな連中に俺も真っ向から腹を立てていた。
たかが身長。けれど、何一つ誇れることがない俺は、いくつもある欠点の一つを笑われるだけでムカついてしょうがなかった。
「できないことがあるのは俺のせいじゃねえよ」
悪態をつくのは日常茶飯事だった。
勉強も運動も自信がない。見た目だって地味で根暗そうなチビだった。そして、見た目通りの性格をしていた。
バカにされることに腹を立てながら、そんなことを言わせないための努力はしてこなかった。
変わるべきはあいつらで、俺は間違ってないとさえ思っていた。
「わかりません……」
とある日の授業で、先生に問題を当てられた千夏ちゃんは答えられなかった。
当時の俺は頭が悪くて、その問題の解き方なんて全然わからなかった。たぶんクラスメイトもわかった奴の方が少なかったと思う。
「なんだ、杉藤さんも大したことがないんだ」
「いつも偉そうにしているくせにわからないんだってさ」
「うわー、恥ずかしいー」
なのに千夏ちゃんはこそこそと悪口を言われていた。小声だけど、本人には聞こえるような声量で。
彼女は普段から他人に対してツンツンしていた。
勉強も運動もできて、見た目だって大抵の人が美少女だと認めるほどに優れていた。だからこそ彼女の態度にムカついても、面と向かって文句を言う奴はいなかった。
しかし、弱味を見つければ話は別だった。ここぞとばかりによってたかって千夏ちゃんを責め立てる。
「……」
俯く千夏ちゃん。表情が見えなくても、その悔しさは伝わってきた。
正直に言えば彼女に同情した。
バカにされる苦しみは知っているつもりだったから。浅はかにも、気になっている美少女に共感したつもりになっていた。
でも、それは間違いだった。
千夏ちゃんは悔しさをバネに勉強に取り組んだのだ。
俺のようにしょうがないだろうと諦めてはいなかった。苦手を克服し、実力を見せつけてうるさい連中を黙らせた。
「格好良い……」
素直にそう思った。そして、そんな彼女に憧れた。
「俺もあんな風になれたら……」
チビだから、陰キャだからバカにされるんじゃない。
本当にいけないのは悪い自分を肯定し続けること。そんな自分のままで胸を張れるわけがないんだから。
「……なりたい、じゃない。なるんだ」
俺も千夏ちゃんのようになりたいと思った。そう思って彼女を目で追っているうちに、千夏ちゃんのことが好きだと自覚した。
しょうがないと諦めているばかりだった俺に、目標ができたのだ。千夏ちゃんに好きになってもらうために、彼女のようにがんばろうと決めた。
※ ※ ※
現在、自室でくつろぐ俺の横で、大迫は漫画を読みふけっていた。
「うぅ……。コウヘイくんはなんて健気なんだ……」
大迫は感情移入しているのか泣いていた。その気持ち、俺はよくわかるぞ。
大迫が読んでいるのは少女漫画だ。妹から度々借りているうちに自分でも買ってしまった俺のおすすめ作である。
この作品に登場するコウヘイくんという男子。最初は王子様キャラとして主人公の前に現れる。
だが彼は小さい頃に主人公の女の子に恋をした男の子だった。当時は何をやってもダメダメなコウヘイくんだったけれど、物語開始時に主人公と再会した頃には立派な男になっていた。
それまでにたくさんの努力を重ねてきたコウヘイくん。彼はトラブルを抱える主人公の良き理解者であり、彼女のピンチには体を張れる熱い一面も持っていた。
「格好良い……格好良すぎるよコウヘイくん!」
「わかってくれるか大迫。コウヘイくんはすげえ男なんだよ!」
この漫画は俺のバイブルだ。
普通の男の子だったコウヘイくんが、恋を知って自分を変えた。健気で優しくて思いやりのある姿に、彼なりの譲れない強さを見た。
コウヘイくんのようになりたいと、そう思えたからこそ俺は努力の方向性を決められたのだ。こんな男になれたら千夏ちゃんを幸せにできる。そんなビジョンが見えた気がした。
「でもどうして……どうして主人公はコウヘイくんとくっつかないんだよぉぉぉぉぉーーっ!!」
「それな!」
この漫画に不満な点があるとすれば、主人公はコウヘイくんではなく別の男を選んだってことだ。
物語の展開を考えれば納得できるんだけど……、こればかりは感情の問題である。
とにかく、ここで重要なのはコウヘイくんの在り方だ。
「佐野くん……僕もコウヘイくんみたいに自分を変えたい……」
「コウヘイくんを目標にすればできるはずだ。俺も大迫と同じことを思って変わったんだからな」
「でも、佐野くんと違って僕はもう遅すぎるんじゃないかな……」
「バッキャロー!!」
弱音を吐く大迫をぶった。グーは痛いのでパーでやった。……パーでも痛かったかな?
「始めるのにもう遅いなんてことはないんだよ。変わりたいって強く思ったなら、今がそのタイミングだろうが!」
「さ、佐野くん……」
「もうすぐ夏休みだ。こっからがんばって、夏休み明けにはみんなを驚かせてやろうぜ」
大迫の目に火がともったのを見逃さなかった。
「僕、やるよ……。精いっぱいやって、コウヘイくんみたいになってみせる!」
「おう! がんばれよ大迫。がんばってコウヘイくんみたいになってみせろ!」
「「目指せコウヘイくん!!」」
変なテンションになっていた自覚はある。しかし今は勢いこそが大切だった。
最初の一歩がしんどいことを知っているから。自分を変えるということは、しんどいことの繰り返しだと実感していたからだ。
それでも、強い気持ちがあればなんとかなる。たとえイメージ通りに変われなくたって、何かが変わることには違いないんだから。
※ ※ ※
大迫の帰り際、妹とばったり会った。
「あ、お兄帰ってたんだ。……友達?」
「ああ、こいつは大迫ってんだ」
「ど、どうも……」
妹と大迫が会釈をする。初めて会う人だったからか妹はすぐにリビングへと引っ込んだ。
「さ、佐野くん……今の妹さん?」
「ああ。俺の妹だ」
「へ、へぇー……か、可愛いんだね」
リビングのドアを見つめる大迫。見つめるっていうか釘付けだった。
脳内に響く警告音に従って、大迫に拳骨を食らわせた。
「痛ってぇー! な、何をするんだよっ」
「……兄として必要なことだと思ってな」
大迫がコウヘイくんのように紳士になれる日は、まだまだ先になりそうだった。
それまではチビ扱いで。だからどうしたって話なんだけど、たったそれだけのことでバカにしてくる奴はいた。
「ムカつく……」
そんな連中に俺も真っ向から腹を立てていた。
たかが身長。けれど、何一つ誇れることがない俺は、いくつもある欠点の一つを笑われるだけでムカついてしょうがなかった。
「できないことがあるのは俺のせいじゃねえよ」
悪態をつくのは日常茶飯事だった。
勉強も運動も自信がない。見た目だって地味で根暗そうなチビだった。そして、見た目通りの性格をしていた。
バカにされることに腹を立てながら、そんなことを言わせないための努力はしてこなかった。
変わるべきはあいつらで、俺は間違ってないとさえ思っていた。
「わかりません……」
とある日の授業で、先生に問題を当てられた千夏ちゃんは答えられなかった。
当時の俺は頭が悪くて、その問題の解き方なんて全然わからなかった。たぶんクラスメイトもわかった奴の方が少なかったと思う。
「なんだ、杉藤さんも大したことがないんだ」
「いつも偉そうにしているくせにわからないんだってさ」
「うわー、恥ずかしいー」
なのに千夏ちゃんはこそこそと悪口を言われていた。小声だけど、本人には聞こえるような声量で。
彼女は普段から他人に対してツンツンしていた。
勉強も運動もできて、見た目だって大抵の人が美少女だと認めるほどに優れていた。だからこそ彼女の態度にムカついても、面と向かって文句を言う奴はいなかった。
しかし、弱味を見つければ話は別だった。ここぞとばかりによってたかって千夏ちゃんを責め立てる。
「……」
俯く千夏ちゃん。表情が見えなくても、その悔しさは伝わってきた。
正直に言えば彼女に同情した。
バカにされる苦しみは知っているつもりだったから。浅はかにも、気になっている美少女に共感したつもりになっていた。
でも、それは間違いだった。
千夏ちゃんは悔しさをバネに勉強に取り組んだのだ。
俺のようにしょうがないだろうと諦めてはいなかった。苦手を克服し、実力を見せつけてうるさい連中を黙らせた。
「格好良い……」
素直にそう思った。そして、そんな彼女に憧れた。
「俺もあんな風になれたら……」
チビだから、陰キャだからバカにされるんじゃない。
本当にいけないのは悪い自分を肯定し続けること。そんな自分のままで胸を張れるわけがないんだから。
「……なりたい、じゃない。なるんだ」
俺も千夏ちゃんのようになりたいと思った。そう思って彼女を目で追っているうちに、千夏ちゃんのことが好きだと自覚した。
しょうがないと諦めているばかりだった俺に、目標ができたのだ。千夏ちゃんに好きになってもらうために、彼女のようにがんばろうと決めた。
※ ※ ※
現在、自室でくつろぐ俺の横で、大迫は漫画を読みふけっていた。
「うぅ……。コウヘイくんはなんて健気なんだ……」
大迫は感情移入しているのか泣いていた。その気持ち、俺はよくわかるぞ。
大迫が読んでいるのは少女漫画だ。妹から度々借りているうちに自分でも買ってしまった俺のおすすめ作である。
この作品に登場するコウヘイくんという男子。最初は王子様キャラとして主人公の前に現れる。
だが彼は小さい頃に主人公の女の子に恋をした男の子だった。当時は何をやってもダメダメなコウヘイくんだったけれど、物語開始時に主人公と再会した頃には立派な男になっていた。
それまでにたくさんの努力を重ねてきたコウヘイくん。彼はトラブルを抱える主人公の良き理解者であり、彼女のピンチには体を張れる熱い一面も持っていた。
「格好良い……格好良すぎるよコウヘイくん!」
「わかってくれるか大迫。コウヘイくんはすげえ男なんだよ!」
この漫画は俺のバイブルだ。
普通の男の子だったコウヘイくんが、恋を知って自分を変えた。健気で優しくて思いやりのある姿に、彼なりの譲れない強さを見た。
コウヘイくんのようになりたいと、そう思えたからこそ俺は努力の方向性を決められたのだ。こんな男になれたら千夏ちゃんを幸せにできる。そんなビジョンが見えた気がした。
「でもどうして……どうして主人公はコウヘイくんとくっつかないんだよぉぉぉぉぉーーっ!!」
「それな!」
この漫画に不満な点があるとすれば、主人公はコウヘイくんではなく別の男を選んだってことだ。
物語の展開を考えれば納得できるんだけど……、こればかりは感情の問題である。
とにかく、ここで重要なのはコウヘイくんの在り方だ。
「佐野くん……僕もコウヘイくんみたいに自分を変えたい……」
「コウヘイくんを目標にすればできるはずだ。俺も大迫と同じことを思って変わったんだからな」
「でも、佐野くんと違って僕はもう遅すぎるんじゃないかな……」
「バッキャロー!!」
弱音を吐く大迫をぶった。グーは痛いのでパーでやった。……パーでも痛かったかな?
「始めるのにもう遅いなんてことはないんだよ。変わりたいって強く思ったなら、今がそのタイミングだろうが!」
「さ、佐野くん……」
「もうすぐ夏休みだ。こっからがんばって、夏休み明けにはみんなを驚かせてやろうぜ」
大迫の目に火がともったのを見逃さなかった。
「僕、やるよ……。精いっぱいやって、コウヘイくんみたいになってみせる!」
「おう! がんばれよ大迫。がんばってコウヘイくんみたいになってみせろ!」
「「目指せコウヘイくん!!」」
変なテンションになっていた自覚はある。しかし今は勢いこそが大切だった。
最初の一歩がしんどいことを知っているから。自分を変えるということは、しんどいことの繰り返しだと実感していたからだ。
それでも、強い気持ちがあればなんとかなる。たとえイメージ通りに変われなくたって、何かが変わることには違いないんだから。
※ ※ ※
大迫の帰り際、妹とばったり会った。
「あ、お兄帰ってたんだ。……友達?」
「ああ、こいつは大迫ってんだ」
「ど、どうも……」
妹と大迫が会釈をする。初めて会う人だったからか妹はすぐにリビングへと引っ込んだ。
「さ、佐野くん……今の妹さん?」
「ああ。俺の妹だ」
「へ、へぇー……か、可愛いんだね」
リビングのドアを見つめる大迫。見つめるっていうか釘付けだった。
脳内に響く警告音に従って、大迫に拳骨を食らわせた。
「痛ってぇー! な、何をするんだよっ」
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