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44.人の考えはわからない

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 学校の一角。人気のないその場所で、この場面を目撃したのは必然だった。
 そこには三人の男女がいた。そして俺は隠れてその場面を覗いていた。

「綾乃……いいや、松雪さん。今まで僕の自分勝手なワガママに付き合わせてごめんなさい!」
「え、え?」

 突然、大迫に頭を下げられた松雪は困惑していた。
 それも仕方がないだろう。
 千夏ちゃんから呼び出されたかと思えば、待ち構えていた大迫にいきなり謝罪されたのだ。いつも涼しい顔をしている松雪でも、これには戸惑いを隠せない。

「ど、どうしたんですか健太郎くん!? 何が何やらまったくわかりませんよ」

 大迫は顔を上げる。今回土下座しなかったのは千夏ちゃんに怒られるからだ。止めていなかったらまた土下座して引かれていたことだろう。
 お目付け役の千夏ちゃんがいるからか、大迫の言葉に淀みがない。あれでもかなり緊張しているはずだ。
 だって、相手は自分の気持ちを折る勢いで勘違いを正してきたのだ。大迫にとって、できれば二度と関わりたくない相手かもしれない。

「……松雪さんは僕がいじめられてるって話をした時、親身になって聞いてくれたよね」
「え?」

 それでも、大迫はちゃんと謝罪をすると決めた。

「なのに僕は舞い上がっちゃってさ……。松雪さんの善意を誤解して、自分勝手なことばかりしてたよ。松雪さんの気持ち、何も聞かずにね……」

 大迫は俺に松雪との馴れ初めを教えてくれた。
 何が始まりだったのか。どう接してきたか。どう関係が終わったのか……。大迫にとっては恥ずかしくて知られたくないことだろうに、包み隠さず話してくれた。

「大迫……。お前、松雪がどうしたいとか、何が好きで何が嫌いなのかとか、どこに行きたいのかとか……まったくなんにも知らねえじゃねえか」

 話を聞き終わって、それが俺の感想だった。
 大迫は自分のことばかりで、松雪の話を何も聞いていなかったようだった。
 松雪も自分のことを話さなかったというのもあるが、仮にも恋人として接してきて、それはねえだろと思うのは俺だけじゃないはずだ。
 今の大迫は、その事実をちゃんと反省できていた。

「だから、ごめんなさい! 松雪さんに千夏を責めることまで付き合わせた。僕の気持ちばかりを押しつけて、君の気持ちをないがしろにした。……本当に、悪いことをしました」

 松雪がどういう意図があって大迫を勘違いさせたかはわからない。本人はそんなつもりはないといった口ぶりだったけれど、わざと勘違いさせたのは明らかだ。
 それでも、それが善意か悪意かは松雪本人にしかわからない。人の気持ちなんて勝手に判断できるもんでもないからな。

「……」

 松雪は口を開かない。何を考えているのか、やっぱり表情からじゃ読み取れない。
 何か言えよ松雪……。じゃないと何もわからないままだ。
 大迫の謝罪を受け入れてもいい。謝って許されることではない、と怒ったっていい。この際びっくりするくらい高笑いしたって構わなかった。
 何かリアクションがあれば、大迫だって次を考える余地が生まれる。でも、このまま黙っているだけなら、松雪との関係はここまでだ。

「ねえ、松雪さん」

 今まで黙って見守っていた千夏ちゃんが口を開いた。
 松雪だって今さら大迫と二人きりになるのは抵抗があるだろう。大迫のためだけじゃなく、松雪のためにも千夏ちゃんはあの場にいる。

「ふぇ!?」

 千夏ちゃんが松雪の手を握った。何か変な声が聞こえた気がしたけれど、気のせいだろうか?

「何か言いたいことがあるなら聞くわ。何も言いたくないのならそれでも構わない。今、あなた自身がどう思っているかだけ教えて?」
「……あの」

 松雪が口を開く。千夏ちゃんは優しく見守っていた。

「千夏さんは、私のこと……怒らないんですか?」
「怒る理由がないもの。私は松雪さんに責められた覚えはないしね」
「でも、私のことは嫌いですよね?」

 いつもの微笑みはなく、松雪の顔は真剣そのものだった。

「健太郎くんもそうです。謝ってはいますけど、私を嫌いにならないはずがないじゃないですか」
「そうだね。正直に言えば、僕は松雪さんに騙されたって思ったし、その時は嫌いになったよ」

 正面から「嫌いになった」と言われた松雪は、なんというか傷ついた表情になった。
 それも一瞬のことで、すぐに涼しい顔を取り戻して「やっぱり」と口にする。
 だけど、大迫が「でも」と松雪の続きの言葉を止めていた。

「佐野くんに言われて気づいたんだ。僕は松雪さんの言葉を何一つ聞いちゃいなかった。今になって考えれば、君は千夏を責めることにだって反対していたっていうのにね」
「……」
「僕が松雪さんを嫌うだなんて、それこそ自分勝手だ。僕は今までの僕自身を恥じている。そこに、松雪さんを嫌う要素は何もないんだよ」

 一呼吸置いて、松雪は口を開いた。

「私は……健太郎くんも、将隆くんも……嫌いです」
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