44 / 88
44.城戸紬はからかわれる
しおりを挟む
文化祭のミスコンで、あたしは父親を半殺しにした噂の件を追及された。
ステージに立つあたしに向けられた目、目、目、目、目目目目目目目目……。
ステージ以外は照明が落とされた体育館で、観客の好奇心に輝いた目だけはハッキリと認識できてしまっていた。
様々な感情があたしに向けられている。
そのほとんどが、あたしには恐ろしいもので……。喉だけじゃなく身体中が萎縮してしまうだけの重圧があった。
「……」
知らない男の人に何か言われている。それがよくないものだとは理解できるのに、何も反論できなかった。
唇が震えていて、今にも膝から崩れ落ちそうで……。立っているのがやっとなのに、追及がやむことはなかった。
「ち、違うんだYoー!」
心がどうにかなってしまいそうになったあたしに、先輩の震えた声が届いた。
誰も味方がいない。そんな時に声を上げてもらえて、それがどんなに嬉しかったことか……。きっと、口下手なあたしじゃあ、この嬉しさは言葉で表現しきれない。
◇ ◇ ◇
文化祭が終わって、あたしは久しぶりに家に帰った。
唯花とのわだかまりが消えて、距離を置く必要がなくなったのだ。近いうちに住んでいたアパートを引き払うことになって、嬉しくて泣いてしまいそうになるのを我慢するので精一杯だった。
お母さんがご馳走を作ってくれて、唯花とも久しぶりにいっぱい話をした。
「たぬきのお兄さんカッコ良かったね!」
興奮する唯花の話題は矢沢先輩のことばかりだった。
「うん。本当にカッコ良かった……」
あの時のことを思い出すだけで胸がドキドキする……。
矢沢先輩がいなかったら、あたしはまたトラウマを抱えていただろう。
それどころか学校にも行けなくなっていたかもしれない。振り返ってみてもそう思うほどに怖かったから。
そんな状況を矢沢先輩がひっくり返してくれた。
先輩の勇気がなかったら、唯花だってとても声を上げられなかったと思う。
あたしも人前でしゃべるのが苦手だからわかる。矢沢先輩がどれだけ勇気を振り絞ってくれたかということを。
「ねえねえお姉ちゃん。あのたぬきのお兄さんのお名前はなんていうの?」
「え? 矢沢先輩だけど」
「じゃなくて下の名前だよ。お姉ちゃんの恩人なんだから、アタシはフルネームを知りたいの」
唯花が鼻息荒く前のめりになる。
唯花ってこんなにも圧が強い子だったっけ?
まだ小さいから成長が早いのかも。そんなことを考えながら、あたしは口を開いた。
「矢沢比呂……先輩」
「比呂……。うん、比呂さんかぁ……。名前もカッコ良いんだね♪」
あれ……?
唯花が恋する乙女のような顔をしている?
「……」
いや、これは「ような」ではない。
唯花は恋に落ちてしまったのだ。よりにもよって矢沢先輩に!
「あ、あの……唯花?」
「何かなお姉ちゃん?」
「あのー……」
こ、こういう時どんな言葉をかければいいの!?
普段しゃべらないあたしが、ずっと関係を断絶していた妹をどうやって言い聞かせるの?
「せ、先輩のこと……気に入ったの?」
「うん! 男子なんてバカばっかりかと思ってたけど、比呂さんだけは違ってたよね。アタシ……将来は比呂さんのお嫁さんになりたい!」
「おっ!?」
お、お嫁さん!?
表情を輝かせている唯花に、冗談や嘘といったものは感じられない。
男の先生や義理の父親に対して「好き」と言ったことは何度もあったけれど、明確に「お嫁さんになりたい」なんて聞いたのは初めてだ。
唯花の初恋……。それを素直に祝福できない自分がいることに驚いた。
「そ、それはどうかな?」
「え?」
ずっとはしゃいでいた唯花が、きょとんとした顔をあたしに向ける。
「ゆ、唯花は……矢沢先輩と年が離れているから」
「大丈夫。男は若い子が好きってテレビで言ってたから。それにアタシ可愛いし」
若い子? 幼いの間違いでは……。
「そ、それにほら、ああ見えて先輩モテるから……たぶん」
「カッコ良いから当然だよね。大丈夫。アタシの可愛さでメロメロにしてみせるから。他の女のことなんて忘れさせてあげるよ」
唯花は自信満々にウインクした。か、可愛い……っ。
じゃなくて! このままじゃあ唯花が矢沢先輩に何をしでかすかわからない。止められるのは姉であるあたしだけ……。
「そ、それにえっと……えっとー……」
「もしかして、お姉ちゃんって比呂さんのことが好きなの?」
「むぐっ!?」
突然の唯花の言葉に、舌を噛みそうになった。
「それならそう言ってよー」
「え、いや、そ、それは……」
ケラケラと笑う唯花に、あたしはしどろもどろになる。
しかし、唯花はすっと笑顔を引っ込めて、小さな拳を突き出してきた。
「だったら、お姉ちゃんはライバルだね」
「……」
唯花は一切退く気がなかった。年が離れている妹とは思えないほど、戦う女の目をしていた。
唯花ってもっとこう……あたしが守ってあげなきゃいけない子じゃなかったっけ?
唯花の瞳からは意志の強さを感じさせる。あたしが何を言おうとも、気持ちが変わらないだろうと予感させるほどに。
「……」
矢沢先輩……。純真無垢だったはずの妹をその気にさせて、罪な人……。
「で、お姉ちゃん」
「な、何?」
「距離を詰めたいと思ってるなら、『矢沢先輩』じゃいけないと思うなー」
「なっ!?」
意味ありげな微笑みを向ける唯花。
妹の言いたいことが伝わってきて、コントロールできない感情が顔を熱くさせる。
「今日はいっぱいお話ししようね。お姉ちゃん♪」
矢沢先輩のことを根掘り葉掘り聞かれるのだろうと、熱くなった頭でも察せられた。
「比呂、先輩……」
こっそりと、口の中だけで呟く。
からかってくる妹を眺めて安心する。唯花のこんな顔を見たのはいつぶりだろう?
あたしと唯花の姉妹関係は、良くも悪くもや……比呂先輩のおかげであっさり修復されていったのだった。
【後書き】
ここから2章です。ヒロイン視点が増えるのでよろしくお願いします(次回は松雪さん)
ステージに立つあたしに向けられた目、目、目、目、目目目目目目目目……。
ステージ以外は照明が落とされた体育館で、観客の好奇心に輝いた目だけはハッキリと認識できてしまっていた。
様々な感情があたしに向けられている。
そのほとんどが、あたしには恐ろしいもので……。喉だけじゃなく身体中が萎縮してしまうだけの重圧があった。
「……」
知らない男の人に何か言われている。それがよくないものだとは理解できるのに、何も反論できなかった。
唇が震えていて、今にも膝から崩れ落ちそうで……。立っているのがやっとなのに、追及がやむことはなかった。
「ち、違うんだYoー!」
心がどうにかなってしまいそうになったあたしに、先輩の震えた声が届いた。
誰も味方がいない。そんな時に声を上げてもらえて、それがどんなに嬉しかったことか……。きっと、口下手なあたしじゃあ、この嬉しさは言葉で表現しきれない。
◇ ◇ ◇
文化祭が終わって、あたしは久しぶりに家に帰った。
唯花とのわだかまりが消えて、距離を置く必要がなくなったのだ。近いうちに住んでいたアパートを引き払うことになって、嬉しくて泣いてしまいそうになるのを我慢するので精一杯だった。
お母さんがご馳走を作ってくれて、唯花とも久しぶりにいっぱい話をした。
「たぬきのお兄さんカッコ良かったね!」
興奮する唯花の話題は矢沢先輩のことばかりだった。
「うん。本当にカッコ良かった……」
あの時のことを思い出すだけで胸がドキドキする……。
矢沢先輩がいなかったら、あたしはまたトラウマを抱えていただろう。
それどころか学校にも行けなくなっていたかもしれない。振り返ってみてもそう思うほどに怖かったから。
そんな状況を矢沢先輩がひっくり返してくれた。
先輩の勇気がなかったら、唯花だってとても声を上げられなかったと思う。
あたしも人前でしゃべるのが苦手だからわかる。矢沢先輩がどれだけ勇気を振り絞ってくれたかということを。
「ねえねえお姉ちゃん。あのたぬきのお兄さんのお名前はなんていうの?」
「え? 矢沢先輩だけど」
「じゃなくて下の名前だよ。お姉ちゃんの恩人なんだから、アタシはフルネームを知りたいの」
唯花が鼻息荒く前のめりになる。
唯花ってこんなにも圧が強い子だったっけ?
まだ小さいから成長が早いのかも。そんなことを考えながら、あたしは口を開いた。
「矢沢比呂……先輩」
「比呂……。うん、比呂さんかぁ……。名前もカッコ良いんだね♪」
あれ……?
唯花が恋する乙女のような顔をしている?
「……」
いや、これは「ような」ではない。
唯花は恋に落ちてしまったのだ。よりにもよって矢沢先輩に!
「あ、あの……唯花?」
「何かなお姉ちゃん?」
「あのー……」
こ、こういう時どんな言葉をかければいいの!?
普段しゃべらないあたしが、ずっと関係を断絶していた妹をどうやって言い聞かせるの?
「せ、先輩のこと……気に入ったの?」
「うん! 男子なんてバカばっかりかと思ってたけど、比呂さんだけは違ってたよね。アタシ……将来は比呂さんのお嫁さんになりたい!」
「おっ!?」
お、お嫁さん!?
表情を輝かせている唯花に、冗談や嘘といったものは感じられない。
男の先生や義理の父親に対して「好き」と言ったことは何度もあったけれど、明確に「お嫁さんになりたい」なんて聞いたのは初めてだ。
唯花の初恋……。それを素直に祝福できない自分がいることに驚いた。
「そ、それはどうかな?」
「え?」
ずっとはしゃいでいた唯花が、きょとんとした顔をあたしに向ける。
「ゆ、唯花は……矢沢先輩と年が離れているから」
「大丈夫。男は若い子が好きってテレビで言ってたから。それにアタシ可愛いし」
若い子? 幼いの間違いでは……。
「そ、それにほら、ああ見えて先輩モテるから……たぶん」
「カッコ良いから当然だよね。大丈夫。アタシの可愛さでメロメロにしてみせるから。他の女のことなんて忘れさせてあげるよ」
唯花は自信満々にウインクした。か、可愛い……っ。
じゃなくて! このままじゃあ唯花が矢沢先輩に何をしでかすかわからない。止められるのは姉であるあたしだけ……。
「そ、それにえっと……えっとー……」
「もしかして、お姉ちゃんって比呂さんのことが好きなの?」
「むぐっ!?」
突然の唯花の言葉に、舌を噛みそうになった。
「それならそう言ってよー」
「え、いや、そ、それは……」
ケラケラと笑う唯花に、あたしはしどろもどろになる。
しかし、唯花はすっと笑顔を引っ込めて、小さな拳を突き出してきた。
「だったら、お姉ちゃんはライバルだね」
「……」
唯花は一切退く気がなかった。年が離れている妹とは思えないほど、戦う女の目をしていた。
唯花ってもっとこう……あたしが守ってあげなきゃいけない子じゃなかったっけ?
唯花の瞳からは意志の強さを感じさせる。あたしが何を言おうとも、気持ちが変わらないだろうと予感させるほどに。
「……」
矢沢先輩……。純真無垢だったはずの妹をその気にさせて、罪な人……。
「で、お姉ちゃん」
「な、何?」
「距離を詰めたいと思ってるなら、『矢沢先輩』じゃいけないと思うなー」
「なっ!?」
意味ありげな微笑みを向ける唯花。
妹の言いたいことが伝わってきて、コントロールできない感情が顔を熱くさせる。
「今日はいっぱいお話ししようね。お姉ちゃん♪」
矢沢先輩のことを根掘り葉掘り聞かれるのだろうと、熱くなった頭でも察せられた。
「比呂、先輩……」
こっそりと、口の中だけで呟く。
からかってくる妹を眺めて安心する。唯花のこんな顔を見たのはいつぶりだろう?
あたしと唯花の姉妹関係は、良くも悪くもや……比呂先輩のおかげであっさり修復されていったのだった。
【後書き】
ここから2章です。ヒロイン視点が増えるのでよろしくお願いします(次回は松雪さん)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~
桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。
高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。
見知らずの後輩である自分になぜと思った。
でも、ふりならいいかと快諾する。
すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。
現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話
そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん!
好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。
ほのぼのラブコメというか日常系小説
オチなどはなく、ただひたすらにまったりします
挿絵や文章にもAIを使用しております。
苦手な方はご注意ください。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる